第13話

 研太けんたが出ていくと、急に部屋が静かになった気がする。窓の外で風に揺れる木々のざわめきが耳に届く。

「さて……君たちに残ってもらったのは、理由わけがある。君たち自身もわかってると思うけどね」

 白夜びゃくやの表情は柔らかい。ながれは素直に小さく頷く。

「……君たち狼族は、僕に……僕たちにずいぶん力を貸してくれているからね。いずみはもちろん、たいらとおるも……。扉の出現がわかったのだって、狼族のおかげだ」

 やはり、情報を流していたのは流の父・泉のようだった。そして、きっと白夜は知っているのだ。狼族の鍵の存在を……

「他の一族の鍵のことも間もなくこちらに情報が入ってくるだろう。鍵狩りのこともね。だから、それまでは決して無茶はしないでほしい」

 鍵だということは黙っていて、息を潜めていれば滅多なことでは鍵の存在は明らかにはならないだろう。だから、しばらくは大人しくしているように。

 白夜の言いたいことはつまりそういうことなのだろう。

 流は頷き、たすくもそれに倣うように頷く。

「君たちは決して二人きりじゃないんだからね。何か困ったことがあれば、遠慮なく頼るんだよ?」

 白夜の表情は柔らかく、優しい。でもどこか悲しそうにも見える。

「「はい」」

 流と翼が声を合わせて言うと、白夜はその優しい笑みを一層深くした。

「さぁ、これで話は本当におしまいだよ」

 白夜が勢いよく両手を合わせると、パンッと乾いた音が部屋に響く。その音は部屋に漂う少し重たい空気を一掃するようだった。その音に押されるように、流と翼は白夜にいとまを告げる。

「あ……」

 重い扉を押して院長室を出るときに、流はふと思い出して振り返る。翼は、廊下の少し先に歩いていっている。

「先生、一つ聞いてもいいですか?」

「もちろん」

 二人を見送ろうと扉の側にいた白夜は、自分を少し見上げる流の瞳に笑みを返す。

「何だい?」

「虎族は本当に絶滅したんですか?」

 その言葉に白夜の眉が一瞬ピクリと動いたのを流は見逃さなかった。

「……そうだね。正式に確認がとれているわけではないけれど、絶滅したと言われて久しいよ」

「絶滅の理由は?」

「憶測は様々だけど、はっきりした理由は明らかにされてはいない。元々虎族は僕らとは縁遠かったからね。でも、どうしてそんなことを聞くんだい?」

 薄いグレーの瞳は、真っ直ぐに流を捉えている。流は小さく首を振る。

「何となく。聞きたかっただけです」

「そう。それなら良いよ。でも、あんまり深く首を突っ込んではいけないよ」

 白夜の言葉に流は頷いて「おやすみなさい」と小さく返し、翼を追ってその場を後にした。

「虎族……か……」

 閉まった扉を見つめながら白夜は呟く。

 美しい獣の一族だった。その毛並みの美しさは、狼族と並ぶほどの美しさだった。狼族との違いは、他の一族と馴れ合うことを良しとしなかったところ。周りの他の獣人一族と手に手を取って人間たちとの共生を目指していたのが、白夜や狼族や今学院に子どもたちを通わせている一族だった。しかし、虎族は違った。その強さと美しさは、人間と自分たち獣人とは違うという強い意識を持たせた。そのプライドの高さが、絶滅の一因とも言われている。

「……まぁ、真実は闇の中……だけどね」

 白夜が窓の外に目をやると、学院の裏庭である森とその先の真珠寮の建物が見える。長い歴史の中で獣人たちは、その存在を崇め奉られることもあれば強い迫害にさらされることもあった。それがようやく落ち着いて、人間たちの中に紛れてひっそりと心穏やかに過ごせるようになってきたのは本当につい最近のことなのだ。

「獣人同士で争うのが、一番不毛なことなんだよ……」

 白夜の呟きは、誰の耳にも届くことなく闇に溶けて消えていった。

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