第12話

 寮生が皆無事に食事を済ませ、談話室で寛いでいるときだった。

「はーい。みんな集合ー」

 寮監である研太けんたが寮生に向かって声をかけた。寮生たちと共に夕食を済ませた彼自身も、上下スウェットというラフな格好をしている。

「いないやつも呼んできてくれるか?」

 そう言われて、男子の寮長である光太郎こうたろうと女子の寮長である兎族うさぎぞく稲葉兎実いなばとみがそれぞれ部屋に声をかけにいく。洗い物を終えた奈子なこ圭斗けいととともにやってきた。

 ……なんだ?

 研太はいつも通り少し面倒くさそうな様子ではあるが、幾分表情が硬く緊張感を感じる。

「男子全員揃いました」

「女子も揃ってます」

 寮長たちの報告を聞いて研太は頷き、みなを見回す。その瞳はいつもよりも真剣だ。

「んじゃ行くぞ」

 そう言うと研太は玄関を出て寮の裏手に回る。その後を各寮長を先頭にぞろぞろとついていく。最後尾には少し眠そうな表情の圭斗を連れた奈子が続く。

 寮の裏には、学院の敷地と繋がる通用門があった。普段ここを使うことが許されているのは、寮監の研太と寮母の奈子だけで門の鍵を持っているのも二人だけだ。どうやら学院に行くらしいと気付き寮生たちの間にざわめきが広がる。

「うっそ。スッピンなんだけど」

「キッコちゃんは眉がなくっても可愛いから大丈夫よー」

 声を上げるキッコににこにこ笑いながらのんびりと言葉を返すのは、大熊猫族パンダぞく判田はんだ鈴音すずねだ。

「はぁ〜、すずはのんきでいいわね〜。そんなんじゃ彼氏できないわよ?」

「うふふ〜」

 大柄でふっくらとした鈴音と小柄で華奢なキッコは、ぱっと見鈴音のほうが年上に見られることが多いが、実際はキッコのほうが一つ上で鈴音はたすくと同じ高一だ。

 真珠寮には高等部三年生の光太郎と総士そうしを筆頭に、中等部一年の生徒まで十二人が暮らしている。流と同じ高等部二年には、狐族のキッコこと常木つねき桐子きりこ、兎族の兎実、光太郎の弟で馬族のしば裕次郎ゆうじろう、一年が翼と鈴音、中等部三年が鼠族ねずみぞく根津ねづ千奈ちな由奈ゆな、二年が研太の妹・犬族いぬぞく和久井わくい一葉いちは、一年が真珠寮で唯一の人間である人見ひとみじんとなっている。仁の一族は学園の創始者であり、獣人と人間を繋ぐ存在なので、特別に真珠寮への入寮が許されている。

 このタイミングで呼ばれるってことは多分……

 門をくぐり、研太に続いて寮生たちは学院の敷地に足を踏み入れる。

 ……思った以上に森だ

 初めてくぐった門の先は、森と言っても過言ではなかった。

「へ〜、裏庭の森に繋がってたんだね。光太郎知ってた?」

「大体想像つくだろ?」

「いや〜、考えたことなかったから」

 のんきな会話をしているのは、高三コンビだ。

 緊張してるのオレだけなのかな……

 ちらりと翼に視線を向けるが、普段どおりには見える。

 裏口から校舎に入り、階段を登ると一際大きな扉の前に到着した。研太が軽くノックをすると、「どうぞー」と軽い声が返ってくる。研太はドアを開けると、生徒たちに中に入るように促す。足を踏み入れた先には、人が一人いた。

 あれは……

「待ってたよ」

 ニコニコ笑顔を浮かべているのは、白髪はくはつで身長の高い男性だった。白髪だけれど、高齢には見えない。穏やかな声音も張りがあって、やはり年齢は感じられない。

 彼の名前は久慈くじ白夜びゃくや。ここ青海学院おうみがくいんの院長で、彼自身も獣人だ。

「みんないるね?」

 それに答えるように研太が頷く。広い院長室に集められた真珠寮に暮らす獣人たちを前に、白夜はその表情をキリリと引き締めた。

「もうすでに聞いている者もいるかもしれないけれど……」

 言葉を切った白夜に誰のものか、喉がゴクリと鳴る音が響く。いや、もしかしたら流自身のものだったのかもしれない。

「近々、この世界に『とびら』が現れるそうだ」

 その言葉に、室内の空気がざわりと揺れる。

「……扉が……」

 誰かの呟きが溢れる。年長者である研太と奈子は事前に聞いていたのだろうか。寮生たちよりも落ち着いているように見えた。けれど、奈子は自分の前に立つ圭斗の肩を強く抱いていたし、その奈子の肩を研太が支えていた。

「それぞれの一族に扉や鍵がいるのかどうかは、僕は知らない。けれど、扉や鍵、守護者だけじゃなくって、『獣人である』ということだけで襲われることもあるからね。重々注意してほしいんだ」

 白夜は小さく微笑む。

「君たち一人ひとりが、それぞれの一族の中で鍛えられていることは知ってるよ。でも、相手が正攻法でくるとは限らないからね」

 白夜の目は、真っ直ぐに流と翼を見つめていた。寮生の中で一番獣人としての能力が高いのは狼族である二人だろう。狼族は、獣人族の中でも最強と言われている。獣としての能力もそうだが、多分他の一族とは鍛え方が違う。たとえ他の一族の鍵狩りに襲われたところで、基本的には問題ないだろう。とは言え、それも相手が正攻法できた場合に限る。一対一の戦いであれば、逃げ切ることはできる。けれど、一対多であるとすれば……。

 流の背筋を嫌な汗が流れる。

 きっと、今日感じた気配はどこかの獣人族の鍵狩りだ。あんな気配を出す相手と向き合うことが流にできるだろうか。あんな相手から、翼を守ることができるだろうか。

 ……できるかどうか……じゃなくて、やらなきゃいけないんだ。

 一度軽く目を閉じて、大きく息を吸ってゆっくりと吐く。そして静かに目を開く。

「今夜の話はこれでおしまい。寮に戻ってゆっくり休むといいよ」

 にっこりと笑って白夜に言われ、研太の解散の掛け声とともに寮生たちはぞろぞろと連なりながら院長室を後にする。

「あ。流と翼は残ってくれる?」

 みんなと共に部屋を出ようとしたところで、声をかけられて流は一瞬ビクッと身を固くする。

「そんなに驚かなくても大丈夫だから……」

 苦笑する白夜に頷き返して、流は白夜の座る広い机の前に戻る。

「研太は戻っていいよ」

「はい」

 白夜に言われた研太は、流と翼の肩をポンポンと軽く叩いて部屋を後にした。

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