第8話

「……ながれは、オレが守ります」

 その言葉に流は驚いて隣を見る。

 真っ直ぐに泉を見つめるたすくの黒い瞳には、何か強い思いすら感じる。

「そうだね。二人で助け合って、今回のことを乗り越えると良いよ」

 いずみの言葉に流と翼は揃ってこくんと大きく頷く。

「正直、狼族は扉を開けることには興味はないからねぇ……」

 確かに。

 泉はどこか間延びするような声で苦笑しながら言い、流たちもそれに頷く。

 狼族に古くから伝えられている文書がある。原文はさすがに読むことができないが、神職を務める傍らで、泉が趣味として現代語訳をした文書を流は以前読んだことがあった。それによると歴代の狼族の鍵と守護者は、扉を開けることには興味がなかったようだった。大体が鍵狩りを追い返したとか巻き込まれて迷惑だったとかそういう記述だったので、流や翼も「そんなもんか」とほとんど興味はなかった。

「とは言え。君たちに興味はなくとも、他の一族は違うかもしれないからね。重々気を付けるんだよ」

 泉の言葉に、流と翼は再び大きく頷いた。

「さて、話はこれでおしまい。今日はとおるが張り切ってたから、きっと美味しいご飯が待ってるはずだよ」

 そう言って立ち上がった泉が隣の部屋との間の襖を開けると……

「きゃぁ!!」

 可愛らしい声とともに少女がピョンと飛び上がった。

「「しずく??」」

 流と翼の声が揃う。

「……と、たいらもね」

 泉の苦笑を含む声に少女……雫の隣にいた水がテヘと笑う。

「あのね!竜ちゃんがごちそう作ってるの。でね、ごはんできたからみんなを呼んでおいでって!だから、にぃにといっしょに呼びにきたの!」

 大きな金色の瞳をキラキラさせて、雫がぴょんぴょんと飛び跳ねるのに合わせてサラサラの黒髪が揺れる。ニコニコ笑っている顔は横に並んだ水とよく似ている。水と親子に間違われることもあるが、雫は流と水の歳の離れた妹だ。今年で十歳になる。

「そうなんだね。じゃあ、一緒に行こうか」

「うん。でも、今日はちぃにぃといっしょに行くの」

 抱きかかえようとする泉の腕をするりと抜けた雫は、流の元に来るとぎゅっと抱きついて上目遣いに見上げる。

「ちぃにぃ、手つなご?」

 …………

 ウチの妹がマジ天使!

 ぱっちりした母譲りの金色の瞳を縁取る睫毛はバッサバサだし、子どもらしい柔らかそうなバラ色の頬もぷるんとした唇も全部可愛い!!

 ウチの妹がマジ天使!!!

「もちろん」

 差し出された手を流が優しく握るとと、雫は嬉しそうに流の腕をぎゅっと抱く。

 しばらく会わない間に大きくなったようで、流の記憶の中の雫よりも身長が高い。つないだ手から伝わる子どもらしい少し高い体温にほっこりした気分になりながら、流はそのまま食卓へと向かった。

「えー、雫ぅにぃにじゃダメなの?」

 流の後を追いながら言う水に雫が言葉を返す。

「にぃには明日ね。ちぃにぃはすぐ行っちゃうから」

 その言葉に流は内心グッと言葉に詰まる。

 学院に通い始めてから、流が家に帰ってきたのは数えるほどしかない。帰ってきたとしても、滞在期間は長いときで一週間ほどだ。

「もっと帰ってきてくれてもいいんだけどねぇ」

 食卓に着きながら泉が零すように言う。それに対して流は言葉が出ない。

 帰ってくるのが嫌なわけではない。父も竜も雫もいるこの家は、居心地がいい。みんな流を受け入れてくれる。でも、成長するに従って、それだけではダメだという思いが流の中で大きくなってきた。いつか現れるかもしれない「扉」が現れたとき、「鍵狩り」から翼を守るのは流の役目だ。その役目に不満はないし、生まれたときから側にいる翼は、流にとって本当のきょうだいと大差ない存在だ。でも、それだけじゃ足りない。翼を、家族を、守る力が欲しかった。

「水は毎月のように帰って来てるのよ」

 竜の言葉に水はニコニコしながら続ける。

「流は母さんそっくりだからな!」

 流たちきょうだいの母…泉の妻は、泉と結婚するまでは世界中を渡り歩いた写真家だった。北は北極圏から南は南極大陸の入り口まで。都会から秘境まで、自分の足で行って、目で見て、その風景を写真に切り取ってくるような人だった。底抜けに明るくて、芯が強くて、太陽のような人だと泉は言う。結婚して水や流を生んでからも、世界中を飛び回って帰ってくるたびにたくさんのお土産と美しい写真、現地のさまざまな様子を話して聞かせてくれた。そんな母に、きょうだいの中で一番似ていると言われるのは流だった。

「そうかもしれないね」

 少し目を細めて流を見ながら泉は言う。その瞳は、流の向こうに母を見ているようだった。

「さぁ、ご飯が冷めちゃうから、いただきましょう」

 竜が言い、その言葉にみんなが頷き「いただきます」と箸を取る。並べられた料理は、唐揚げやポテトサラダ、茄子の煮浸しなどどれも家庭的なものばかりだけれど、そのどれもが流と翼の好物だった。久しぶりに口にした竜の味に思わず流の頬も緩む。

「竜ちゃんのごはんはいつもおいしいけど、みんなで食べるともっとおいしいね!」

 雫がニコニコと嬉しそうに笑いながら言う。

 その顔が見れるだけでも、帰省した甲斐があったというものだ。

「そうだね」

 泉も同意して微笑む。

 少し変わった形だけれど、流にとっては自然な家族団らんの姿だ。

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