第5話

 たいらは綺麗だ。顔の造作が……というより、纏う色が綺麗だ。光の加減で銀色にも見える髪は明るいグレーで、瞳の色は淡いブルーだ。作りは流と似ているはずなのに、水がいつもニコニコしているせいか似ていないと言われることもしばしばある。少し目線を上げなければ目が合わないことに腹が立つ。

「ん?どした?」

 首を傾げる姿が、水を年齢の割に幼く見せる。遠くのほうからキャーとか言う黄色い声援が聞こえなくもないけれど、ながれはスルーを決め込む。

「……とりあえず、帰る」

「はいはーい。オレも帰る帰る」

 くるりと方向転換をして寮に向かう流のあとから、水も跳ねるようについてくる。

「やっぱり流のその髪と目、慣れないな〜」

「仕方ないだろ。そのままだと目立つんだから……」

 何を今さら……と思い、溜息を吐きながら流は言葉を返す。

 今の流の髪と瞳は濃い茶色をしている。がしかし、本来の流の髪色は水と同じグレーだ。その髪色は、太陽の下で銀色に輝く。瞳の色は流のほうが水よりも若干濃いブルーをしている。高校入学をきっかけに流は髪を染め、濃い茶色のカラコンを入れ始めた。学院の規則としては、髪色や瞳の色に制限はないのでそのまま入学することもできるにはできたが、目立ちたくない思いが先立った。おかげでクラスに馴染めていると自負している。

「えー、皆別にそんなに気にしないだろ?」

 そういう水は高校時代を地色で過ごしたタイプだ。

 真珠パールってだけで目立つんだから……

 真珠寮に暮らす生徒たちが獣人だということは、一般生徒には知らされていない。しかし、一つだけ離れた立地や所属する生徒の少なさから「特別扱い」されていると言われることも少なくない。真珠寮に入ることのできるのは、獣人の一族のみなのである意味特別扱いではあるが、そこには隔離の意味もあるのだ。

「オレは気にすんの」

 とは言え、こんなに目立つ水と一緒に歩いているところを、まあまあの人数の生徒に目撃されている。明日以降しばらく好奇の目にさらされるのを覚悟しなければならないだろう。

「はぁ〜」

「なっく〜ん、溜息吐くと幸せ逃げちゃうよ?」

 二十五を過ぎた男が可愛く言っても可愛くない。溜息の一つや二つ許してほしい。

「うるっさい……」

 呟く言葉が聞こえているのかいないのか。水は変わらずニコニコと嬉しそうに笑いながら流に後をついてくる。目を輝かせながらキョロキョロと周囲を見回している様子は、自分が学生だった頃でも思い出しているのだろうか。

 寮の門をくぐると、ちょうど玄関前で花壇に水をやっていた奈子なこが、二人の姿を見て少し驚いた表情を浮かべている。

「ただいま……」

「たいちゃんも一緒に帰ってきたの?おかえりなさい」

「ただいまー!奈子ちゃん久しぶりー!」

 水は腕を広げて奈子の前に立つとギュッと強くハグをする。奈子は水の腕の中でクスクスと笑いながら、小さい子どもにするように背中をトントンと優しく撫でる。奈子も水と同じ頃に青海学院に通っていた寮生なので、二人はきょうだいのような関係と言えるかもしれない。はいはいと言いながら笑う奈子は、水よりも一つ年上だ。

「面談室使う?」

 カラカラと玄関の引き戸を開けながら言う奈子に流が返す。

「うん。使う」

「じゃあ鍵開けておくわね。お茶の準備するから、たいちゃん手伝ってくれる?」

「はいはーい」

 トコトコと奈子のあとをついて行く水の背を見送ると、流は着替えのために自室へと向かった。

 水が突然やってくるのはいつものことだけれど、今回は何の用だろうか。水への連絡はあまりしていないけれど、父には定期的に連絡は入れているつもりだ。最後に連絡したのは……一ヶ月ほど前だっただろうか。新学期が始まる前に一度連絡を入れたはずだ。特にこれといって用事は思いつかない。

 スウエットに着替えた流は、軽い足取りで階段を降りると玄関のすぐ側にある面談室のドアを開ける。

 ……と、獣人型に変化した水が応接セットのソファに座って足を組み、優雅にお茶を飲んでいた。そのヒョコヒョコと揺れる尻尾に、黒い子猫がじゃれて遊んでいる。反対側のソファには、ちょっと不機嫌な表情を浮かべた制服姿のたすくが座っていた。

「お、来たな」

 流の姿を確認した水は、湯呑をテーブルに置くと尻尾で遊んでいた子猫……圭斗を抱えてドアの外へと運ぶ。

「悪いな、またあとで遊んでやるから」

 そう言って頭を撫でると、圭斗は「ナーン」と嬉しそうに小さく鳴いて廊下を駆けていった。その間に流は、翼の隣の空いているところに腰を下ろす。ドアを閉めた水は、ご丁寧に鍵までかけて元の位置へと戻ってきた。

「……で?何の用?」

 再び湯呑に手を伸ばそうとする水を遮るように流は言う。

 正直面倒なので、できれば手短に済ませたい。

「あー、まぁ、まずはコレ見てくれる?」

 そう言うと水はポケットからスマホを取り出し、流と翼に見えるようにテーブルの上に置く。そして、動画を流し始めた。

 広がる闇。篝火かがりびの炎で浮かび上がるのは、舞台のような場所だった。

 流たちもよく見知った、実家の神社にある屋外の能舞台だ。そこは、一年間の行事のなかでも特別な祭事のときに使われる。

 じっと観ていると、舞台に巫女装束に身を包んだ女性が現れた。闇に溶ける艷やかな黒髪と黒曜石のような輝きの瞳。整った顔の造作は、翼とよく似ていた。その美しい顔の左側……こめかみから頬にかけてのあたりには大きな傷跡がある。

「姉さん……」

 翼の声に少しだけ嬉しそうな響きが交じる。炎に照らされて舞を舞っているのは、翼の姉・とおるだった。

「綺麗だろーー。もう、めちゃめちゃ可愛くってさーー」

 デレデレとした表情で、体をクネクネさせながら水は言う。まぁ、何というか水と竜は、従兄妹いとこではあるがそういう関係でもある。

「姉さんが綺麗なのは、いつもだろ」

「そりゃ、いつも綺麗だけど、舞ってるときはまた格別だろ!」

「それには同意する」

 そして美人な姉のことが大好きな翼と恋人を溺愛する水は、こういうときだけ意見が合う。

「てゆうか。そんな動画見せにきたわけじゃないだろ?」

「「そんなって言うな」」

 二人に声を揃えて言われ、流は少し身を小さくする。

 ホント、こういうときだけ。

「で、何の用?」

 動画が終わりスマホをしまう水に、流は気を取り直して聞く。

「うん。今の舞はこの間の月例祭の舞なんだけど、そのときにどうやら神託が降りたらしくってさ」

 ……

「動画見せる必要なくね?」

「竜の美しさは、いつ見てもいいんだよ」

 当然だろという顔をして言い放つ水と共に、翼も大きく頷く。

「……わかった。竜が美人なのは知ってるしわかってるから。話、進めてくれ……」

 頼むから。

「まぁ、話は簡単なんだよ。神託が降りたから次の休みに二人で帰ってこいって、親父が」

「父さんが?」

 聞き返す流に水は「そうそう」と続ける。

「二人で?」

 翼の問いにも水は頷く。

「流と翼二人に関係があることだから、二人揃って帰ってこいって」

 にっこり笑って言う水に流は今日何度目かになる大きな溜息を吐いた。

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