第18話 正月ってめでたいな

 新しい年が明けた。今年も堀は実家で年末年始を過ごしたが、例年と違って希望に満ちた年明けだった。年末に、マキ子という女性を紹介されたからで、ここ数日、堀は夢見心地。

 キミ子は帰りがけに堀の正月の予定を尋ねた。

「実家に顔を出しますが、二日には戻ります」

「だったらウチにもいらっしゃいよ。三日は如何?」

 と誘ってくれたのだ。

「伺います!」

 やったー、と叫びたい気分。

 雨が降ろうがミサイルが降ろうが絶対に、と堀は固く決意した。這ってでも駆け付ける!


 実家では、なるべく食べすぎ飲みすぎに気を付けた、四十台になってから、腹回りが気になっている。少しでもマキ子にいい印象をもってもらいたい、とお節や雑煮は控えたつおりだが、やはり調子に乗って食べすぎたことは否めない。

 三日の朝、一番いいスーツに袖を通すと、いやにきつい。ボタンが飛びそうなほど、パッツンパッツンなのだ。しまった、と思ったが、もう遅い。仕方なく、そのまま出かけた。


「あけましておめでとうございます」

 直立不動で、矢野家の玄関に立つと、

「あら堀さん、おめでとうございます。お待ちしてましたよ」

 笑顔でキミ子が出迎える。

 応接間に入ったとたん、堀はクラッとなった。言うまでもなく、マキ子が放つ、まばゆいオーラのせいだ。

「あけましておめでとうございます」

 華やかな和服に身を包んだマキ子は、先日よりさらに美しい。

 つややかな笑みに、卒倒しそうになった。


 立てば芍薬 座れば牡丹 歩く姿は百合の花


 立とうが座ろうが歩こうが、何をやっても美女は美女、と、堀は改めて実感した。

「堀さん、今年もよろしく頼みますよ」

 銀次郎は上機嫌だ。

「こちらこそ。よろしくお願いいたします、おと」

 うっかり「お義父とうさん」と呼びそうになった。すっかり気持ちが先走っているが、それでもいい。銀次郎は話好きで騒々しいが、気のいい人だし、キミ子も自分を認めてくれている、ような気がする。

「いやあ、酒がうまい。今年は、あの男もおらんし。気障で嫌なヤツだったよ」

「お父さん、やめてよ」

 マキ子が眉をひそめた。

「あの人のことは思い出すのもイヤ」

 堀はドキッとした。あの人、とは、もしかしてマキコの元夫?

 何かマキ子に嫌なことをしたのだろうか、まさか浮気とか。こんな素晴らしい妻がいながら、そんなこと。


「まだ三十五じゃない。これからいくらでも、いい人が」

 マキ子さんは、三十五歳か。とてもそんな年には見えない、自分のような何のとりえもない四十男が振り向いてもらえるだろうか?

 堀の胸に不安が広がる。

 銀次郎は話題を変えた。

「今年はウルトラマンの新しい映画があるんじゃろう」

「はい、五月公開ですね」

「ほう、五月か。楽しみだな、久しぶりに映画館に行ってみるか」

 特撮大好きな銀次郎は大乗り気だ。

「どうかね、堀さん。一緒に見に行かんかね」

「いいですねえ」

 と、堀のスーツの上ボタンがプチっと弾けて宙を舞った。

「あっ」

 ころころ転がり、

拾い上げたのはマキ子の白い指。


 なんてことだ、一番カッコつけたい人の前で。滝汗が流れる。

「す、すみません」

「お正月って、つい食べ過ぎますもんね」

 やさしくフォローするマキ子。

「どうも四十過ぎてから、腹まわりが」

「筋肉が落ちるからですよね」

「ダイエットしなくちゃ、とは思っているんですが」

 汗が出て仕方がない。

「私もダイエットしなくちゃ。一緒に始めません?」

「えっ」

 思わずマキ子の顔を見たが、からかっているとは思えない。

「堀さん、それがいいわよ。私も一緒にやろうかな」

 キミ子が口を挟んできた。

「マキ子は栄養士なんですよ。きっとうまくいくと思うわ」

 上手くいくとは、ダイエットのことか、それとも?

 キミ子の意味深な笑顔に翻弄される堀であった。


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