第16話  一万ボルトの瞳

 クリスマスも終わり、世間は歳末商戦真っ盛りだ。

 今年もあと数日。また、何の出会いもなく終わるのか。

 堀はため息をついた。

 シニア読書会とシニア創作サークルの世話係なんてものを引き受けている今。釣り合う年齢の女生と出会うのは無理だ。

 今日は銀次郎の妻・キミ子から、大事な話があると呼び出されている。


「いらっしゃい、堀さん」

 今日のキミ子はマスク姿だ。もちろん堀も。

 先日までは感染者も激減し、お気楽ムードだったが、新たな変異種が出てきたので用心しないと。

 本日、銀次郎は友人たちと会うとかで出かけている。

 お茶を飲みながら、キミ子が早速、用件に触れた。

「またコロナの田心配が出てきたし、うちに集まるのは控えてほしいんです」

「そうですよねえ」

「猫柳さん宅なんかどうかしら。あの方、独身だし。お家も広いのでしょう?」

 とにかくよそでやってほしい。騒々しい根自子が押しかけてくるのは我慢できない。

 銀次郎が創作に盛り上がり、仲間を呼びたがるので、堀は、なかなか切り出せないでいた。

 早い話が、お世話係は、もうやめたいのだ。

 そのためにネット小説サイトで書いてもらい、徐々に自分は離れていくつもりが、さっぱりそうなっていない。

 キミ子が迷惑しているのだから真剣に考えなくては。

「確かにその通りです。ネットでやりとりするようにしましょう」

「よかったわあ。堀さんならわかってくださると思ってましたよ」


 どこからか甘い香りが漂ってくる。

「お母さん、焼けたよー」

 女性の若々しい声が聞こえた。

「はあい」

 君子は立ち上がり、

「堀さん、クッキー召しあがる?」

「は、はい」

 いそいそと部屋を出ていくキミ子。やがて、

「お待たせしました」

 焼き立てのクッキーが山盛りの皿を持ってきた。

 後ろから、カップを乗せたお盆を手に、見知らぬ女性が続く。

「いらっしゃいませ」

 つややかな髪、形の良い眉、長いまつげに輝く瞳。

 ああっ、女神様!

 堀の全身に電流が走る。

 マスクで顔はわからないが、こんなマスク美人、見たことがない。

 すごい目力。まさに一万ボルトの瞳だ。

「堀さんは初対面だったかしら。娘のマキ子です」

「ほ、堀です。堀辰徳です」

 堀が、座卓に頭をぶつけそうに深くお辞儀する。

「堀さん。マキ子です、よろしくお願いします」

 春風のように爽やかな声。顔が赤くなり、胸の動悸が高鳴る。


「どうぞ、ご遠慮なく」

 勧められ、ほかほかのクッキーを口に入れる。サクサクとしておいしい、バニラとバターの風味が絶妙だ。手作りクッキーなんてめったに口にしたことがない。ましてや、この美女が焼いたと思うと、堀は感激で口もきけない。

「いただきまーす」

 マキ子がマスクを外した。その素顔は、堀が想像した以上の美貌だ。

 天使だ。

 地上に降りた最後の天使。

 古臭い歌の文句しか出てこない堀。

 キミ子は、堀の様子にピンと来て、にこにこしながら言った。

「マキ子は先日、離婚しましてね。当分、うちにいることになったんですよ」

 よかった、マキ子さんはフリーだ。

 堀は、涙が出るほど感激した。


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