第10話 デジタルへの道
土曜の午後。銀次郎宅に、堀、根自子、柳之介が集まった。シニア読書会のうち三人が創作に意欲的であり、独立して創作サークルを作ろうかという話。
キミ子は、根自子の笑い声にうんざりしていた。
体格が良く、横幅も広い。地声が大きく、笑い声も当然、大きい。小柄で、ほっそりしたキミ子は、とにかく根自子が苦手なのだ。創作サークルだか何だか知らないが、自宅に根自子が来るのは迷惑だ。
「コロナワクチンを打ち終えたとはいえ、あまり集まるのもどうかと。皆さんがネット小説サイトに登録し、ネットでやりとりするのがいいと思うのですが」
「そうですよねえ」
既に登録を済ませた柳之介は、すぐ賛成してくれた。根自子も、
「やり方を教えてくれれば、私もそれでいいよ」
だが、デジタルはファックス止まりの銀次郎は渋い顔だ。
「私には無理だねえ。堀さん。私の原稿を、パソコンで代筆してくれないかなあ」
あつかましいことを言いだした。
「え、それはちょっと」
マスクの下で、堀は顔をしかめた。
銀次郎のくだらない小説を、なんで自分がアップせにやならんのだ。もう読書会の世話人を辞めたいと思っているのに。
「それはダメよ、おとうさん」
お茶を替えにきたキミ子が、珍しくきつい口調で言った。
「堀さんに、そこまで迷惑をかけてはいけませんよ」
帰りがけに、キミ子は堀に尋ねた。
「堀さん。パソコンのキーボードって、ワープロといっしょ?」
「はい、そうですね、大体」
「私、昔、ワープロで仕事してたの。ブラインドタッチできるのよ」
「それは凄い!」
「この際、パソコンに挑戦してみようかな」
「いいですねえ。指を使うのは脳の活性化につながるらしいし」
堀は、ほっと胸をなでおろした。
キミ子は、さっそく動いた。
敦に頼んでパソコンの機種選定、セットアップなどをやってもらい、ネットとメールのやり方だけ教えてもらった。
「カケヨメ」に銀次郎を登録し、便せんに書かれたパロディを打ち込む。
なんてくだらない話、と、キミ子は、あきれた。
「戦国五種競技」で、信長と光秀を戦わせる。
関ヶ原の勝敗も、大運動会で決着。
ばかばかしいにもほどがある。我が夫ながら愛想が尽きる、とうんざりしながら作業を続けるキミ子。
サルを打ち出の小づちで巨大化したって、キングコングになるわけないじゃない。あれはゴリラでしょう。どうせサルを巨大化するなら、モンチッチが、かわいくていいわよ。
と思いながらも、
打つべし!
打つべし!
打つべし!
英文タイプとワープロで鍛えたキミ子のブラインドタッチは、いささかの衰えもなく、あっという間に銀次郎のしょーもないパロディを打ち終えた。
「は、早いな」
銀次郎もびっくりのスピードである。
こんなでたらめな話でいいんなら、私だって書けるわよ。
ふいに、闘志がわいてきた。
七十歳だが、人生まだまだこれから。
あの根自子にだけは負けたくない。
これでも作文は得意だったんだから。
よおし。私も、書くわよ!
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