第9話 怒りの鉄拳
長年、書こうとしても書けなかった猫田柳之介。苦しみ続けたが、へたくそポエムという形式で、ついに一作、書き上げてネット小説サイトに投稿を果たした。その手伝いができたことで、堀は気分が良かった。
シニア読書会の面々に振り回され、うんざりし、もう世話役はやめようと思っていたが、今日はやりがいを感じた。とはいえ、柳之介は、穏やかな性格。猛々しく騒々しい銀次郎や根自子に比べたら扱いやすい相手だ。
夜風に吹かれながらの帰り道、堀のスマホに電話がかかってきた。
根自子からだ。やだなあ、と思ったが、スルーするわけにもいかない。
「はい」
「堀さん。出来たわよぉ、私の一作目。うふっ」
周囲に聞こえそうな大きな声だ。
「そ、そうですか」
「タイトルはね。『ジュリエット怒りの鉄拳』ていうの、いいでしょ」
ロミオの恋人、ジュリエットのことだろうか。悲劇のヒロインと「鉄拳」が、どうにも結びつかないが。
「シェイクスピアですか。戦う女子はどうしたんですか」
「もちろんジュリエットも戦うよ!」
根自子の声が、さらにでかくなった。
「ロミオは、ジュリエットと出会う前、別の女にぞっこんだった」
「へえ」
「そんな軽薄男は許せん、と、ジュリエットがバズーカをぶっ放す」
「バズーカを、ロミオに?」
「当たり前でしょ」
疑問をさしはざむ余地はない、といった口調だ。
「スプラッタじゃないですか。バズーカは対戦車砲でしょ」
跡形もなく吹き飛んでしまう、と仰天する堀。
「いいんだよ。そういう軽い男は成敗してやる。二人が計画通りハッピーになったとしても、ゼッタイ浮気するんだ、ああいう手合いは」
根自子は怖い声で言った。
「次はハムレット。あいつは、恋人のオフェリアに『尼寺へ行け』なんて言った。恋人を出家させるアホがどこにいる。おかげで彼女は気が変になった」
「そうでしたっけ」
「そんなことで落ち込むオフェリアもだらしない。バズーカでハムレットをぶっ飛ばせ!」
根自子の迫力に、堀は、たじたじとなった。
巻上さんは、男に恨みでもあるのだろうか。ご主人とうまくいっていないのか。
「ひどい男は、まだいる。オセロは、妻、デスデモーナの不倫疑惑を信じこみ、殺してしまった、許せない。オセロにもバズーカをお見舞いする」
シェイクスピアの名作が、ぼろぼろだ。
どう答えていいのやら、堀は混乱するばかり。
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