第8話 これが処女作だ

「カケヨメ」のトップに戻ったが、さすがに残ったジャンルは少ない。

「評論、どうでしょう?」

「うわー、論理的なの苦手」

「童話は?」

「皆目、見当がつかん」

 柳之介は、首をぶんぶんと振った。

「じゃあ。詩はどうですか」

 堀が提案した。

「詩なんて書いたことあるかなあ」

 国語の時間に何か書かされたような気もするが、遠い記憶だ。


「なんでもいいんですよ。ひとつ書いたら、今日から詩人」

 詩人。悪くない響きだが、自信がない。

「そんなガラじゃないよ」

「最近、『へたくそポエム』というものが、ちょっと流行っています」

 堀が、意外なことを言った。

「下手でいいのか」

「そうですよ。上手に書こうと思うのがいけない。とにかく書いてみないと」

「そうだけど」


 煮え切らない柳之介に、堀はまたイラっとなった。

「いいんですか、このままで。皆さんに置いて行かれますよ。矢野さんは、すでにいくつか、パロディを書き上げています」

「矢野さん?」

 読書会仲間が、何か書いてるなんて初耳だ。白髪とはいえ七十三で髪がふさふさの銀次郎に負けたくない。

「巻上さんも、矢野さんに刺激されて、やる気になってます。戦う女子が書きたいそうです」

 巻上根自子まで! 読書会が創作サークルに変身中、なのか。


 確かに、こうしてはいられない、いい加減に始動しなければ、何も書けないまま、あの世行きだ。それだけは避けたい。

 書けない苦しみを詩にする。

 それならば書けそうだ。連日連夜、味わってきた苦しみを、どうでもいいから言葉にして吐き出そう。

 柳之介は、いきなりキーボードに向かい、一気に打ち上げた。


「いいじゃないですか、猫田さん」

 完成したへたくそポエムに、堀が眼を輝かせる。

 さっそくアップしましょう、と、乗り気だ。

「そ、そうかなあ」

 短くても、へたくそでも、とにかく書き上げたのだ。

「今日も小説を書けなかった」と一行日記を書くしかなかった柳之介は、久々に晴れ晴れとした気持ちだ。


 書き上げた柳之介の処女作は、下記のようなものであった。



   誘惑


 書くなと言われても 今さら遅すぎる

 ブラジルまでも行こう ジグザグサンバ踊ろう


 書くなと言われても すでに決めた心

 書けない焦りだけが 胸をしめつける


 もしも小説が書けるならば

 どんなことでもしちゃうだろう


 だけど人生を変えてしまうのか

 へたくそポエムの誘惑

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