第6話  書きたいのに書けない

 堀は、猫田龍之介の家を訪ねた。

「いらっしゃい」

 笑顔で迎える柳之介。

 ぴかぴか頭の柳之介は六十五歳。和風の家に一人暮らしだ。

 シニア読書会の中では寡黙な方で、始終けたたましい銀次郎と違って、ほっとできる存在である。ずっと独身というのも、女性に縁のない堀には、好感が持てる。


 テーブルに積まれた本の中に、「エンタメ小説入門」を、堀は目ざとく見つけた。それを指さし、

「猫田さん、小説を書かれるんですか」

「いや、書きたいとは思ってるんだが」

 長年、書こうとしているのに未だに実現できないと、柳之介は明かした。

「猫田さんは、パソコンをやるんだから、ネット小説はどうですか」

「ネット小説」

 聞いたことはあるが、どのようなものか、よくわからない。

 何せ一行も書けていないのだ。

「登録だけでもしてみませんか。読むだけの人も多数、登録してるんですよ」

「そうなんだ」

 堀は、自分が登録している「カケヨメ」にアクセスし、猫田の登録を済ませた。

「あとは書くだけです」


「なんといっても今は『異世界ファンタジー』がめちゃくちゃ人気です。次が『現代ファンタジー』」

 ファンタジー、と聞いて、柳之介は、固まった。

 昔から大の苦手分野なのだ。

「どうにも訳のわからん世界、としか思えなくてね」

「SFは?」

「うーん。鉄腕アトムは好きだったが」

 恋愛、ラブコメ

「私のようなシニアには無縁の世界だ。経験もないし」

 現代ドラマ

「範囲が広すぎて、雲を掴むような」

 ホラー

「無理無理。怖い話はからっきしダメ」

 ミステリー

「トリックは考えつかないし、殺人とか、物騒で気が進まない」

「歴史はどうですか、猫田さん世代はファンが多いのでは」

「嫌いじゃないが、時代考証とか大変」


 堀は、いらいらしてきた。

 書きたいと言いながら、書きたいテーマが全くなく、ただ「書けない」と、時間を浪費してきたのか、この人は。

 堀は、ため息をついたが、すぐに気を取り直し、

「エッセイ。どうですか、日記でもいいんですよ」

「日記か。日記なら毎日、書いてるよ」

「それはいい。ネットで発表しましょう」

「しかしなあ」

 ほぼ毎日。「今日も小説が書けなかった」という一行日記、と聞いて、がっくりくる堀。しかし、すぐに顔を上げ、

「どんなにくだらない話でも、書かなくては先に進めません!」

「う、うん」

 堀の迫力に、柳之介は、圧倒された。


「異世界ファンタジー、挑戦しましょうよ」

 堀が、大胆な提案をする。

「他人から学ぶことも大事です。もともと『学ぶ』は『真似ぶ』、つまりマネすることから始まるといいます」

「うむ、確かに」

「大ヒット異世界ファンタジーを分析し、ウケる要素を取り入れて、人気作を書いた人もいるんですよ」

「へえ」

 人真似をするのか。

 あまり気が進まないが、堀の言うとおりだ。

 このままでは何も書けずにあの世行き。それは、あまりにも情けない。無意味な人生で終わるのは、嫌だ。


「わかった、挑戦してみよう」

 書くぞ、前に進むぞ、と、柳之介は決意した。




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