小さな小屋のつくりかた

「昨日、聖女様からのご神命を賜りました」

 朝のお祈りの後、私は預言者様に向かってそう言った。

 二人の姫達からはもちろん睨みつけられる。

 神命。それは年に一回だけ聖姫に顕現する、聖女様からのご命令だ。

 預言者様も含め全ての人間が、この神命からは逃れられない。

 もちろん、聖女様が降りてきて私にこの問題を何とかしろだなんて言ったわけじゃない。真っ赤なでまかせだ。

 これから一年、私は本物のご神命が下ったらとびくびくして過ごすだろう。

 でもそんなもの、彼女達の安全を守るためならどうってことはない。

「ほう、どのような?」

 向かいで微笑む預言者様の目を見るのは、やっぱりちょっと緊張した。

「わたくしども聖姫の部屋へと別れる四つ辻の端に小屋を作り、止まり木とすべし、と」

 止まり木。つまり、本来は素通りするはずの人々が、そこで一服して休むことができる場所のことだ。

「なるほど。――よいでしょう。好きになさい」

「有り難き幸せにございます、預言者様」

 手順通り頭を下げながら、この人もメイドに手を上げたんだろうか、と思った。


*  *

 二か月をかけて出来上がったのは、なかなかにお洒落なログハウスだった。

「うん、いいんじゃない?」

 中には指定した通り、六人掛けの大きなソファとローテーブル。多分これも高いやつだ。

 壁には空っぽの本棚も置いたし、コンセントもばっちり。

 これなら、休憩時間もゆったりと過ごせるだろう。

 後は。

 本来教典や楽器の訓練に充てる一時間半の自由時間を使って、朔夜ちゃんに便箋を持ってきてもらった。

「えーと、なんて書いたらいいかなぁ?」

 後ろに控える朔夜ちゃんに助けを求めると、ドアの前からとてとてと歩いて来てくれた。

「姫様ぁ、絵を描かれるのはちょっとぉ、お止めになられた方がよろしいかと」

「えっ、そうかな?かわいいと思ったんだけど」

「お可愛らしい、お可愛らしいですよぉ?わたくしがそちらを頂いたら飛び跳ねて喜びます。ですがぁ、今回のお相手となるとぉ……」

「あー、それもそっか。うーん、じゃあもう少し文体もきっちりさせて……」

 結局十枚以上も便箋をゴミ箱に放り投げ、朔夜ちゃんに何回も助けてもらいながら、一時間かけて二通の便箋を書き上げた。

 レース状の模様がついた便箋は、なかなかに派手でかわいい。

 まだ二人とも十代の女の子だ、きっと喜んでくれるだろう。

 次に心配なのは、メイドさんに暴力を振るうような人の所へ朔夜ちゃんを行かせること。

「大丈夫?怖くない?」

 朔夜ちゃんは首を横に振る。

「怖い、などということはございませんがぁ……失礼ながら、来てくださるでしょうかぁ?」

「そうだといいな。散々お金使わせちゃったし」

 私の一言のために、教会の財産が一体いくら消えたのか。聞きたいような、聞きたくないような。

 朔夜ちゃんは、別れ別れになった私の親友とよく似た目元で、にっこりと微笑んだ。

「そのようにおっしゃるのは、姫様だけですよぉ」

「貧乏酒屋の娘ですもの!」 

「まーぁ、姫様ったらぁ」

 今回の件で、彼女との距離も少し縮まった気がする。

 作法に逆らってスカートを揺らす朔夜ちゃんを見て、私は嬉しくなった。

 さて。彼女の仕事をこれ以上邪魔しないためにも、いい加減切りあげなくちゃ。

 私は朔夜ちゃんにしっかりと向き直ると、両手で封筒を差し出した。

「では、よろしくお願いします」

「はぁい。確かに承りましてございます」

 二つの封筒を大切に抱えて、朔夜ちゃんは部屋を出ていった。


*  *

 その日の夜。

 私は例の小屋にいた。

 今回の作戦はこうだ。

 神命を使って、まずはこの止まり木の小屋を作らせる。

 そして出すのは、他の姫二人への招待状。

 神命だからと無理矢理止まり木の小屋へ呼び出し、後はひたすら、二人と仲良くなる。

 メイドさん達とうまくいかないのは、きっと身分に差があるからだ。

 だったら、同じ聖姫の私なら、コミュニケーション能力次第ではまだ希望があるはず。

 そして、私というストレス発散場所を見つければ、きっとメイドさん達への当たりも優しくなる!

 名付けて、人類皆友達大作戦!

 ちょっと厳しいのは分かっている。でも、誰も傷つけずにこの問題を解決する方法は、正直他に思いつかなかったのだ。

 朔夜ちゃんにはああ言ったものの正直不安だったから、手元にはお気に入りの本とナイトガウン。

 十二時まで誰も来なければ部屋に戻って寝ようと決めて、ソファに腰掛けた。

 九時半。扉をノックする音がした。

「はぁい」

 開けるとそこにいたのは、夕霧姫だった。

「ご、ご神命となっては仕方なく……」

 なんとなくバツが悪そうだ。

「ええ!仕方のないことです。さ、お茶でも飲みましょ?」

 夕霧姫を小屋に招き入れながら、私は心の中でガッツポーズした。

 ――よし!第一の関門クリアだ!

 ソファでくつろいでいると、どちらともなく出自の話になった。

 夕霧姫の実家は、実はよく分からないらしい。

 三歳の頃にはここへ居たので、おそらく能力の発現が早かったのだろう、と言っていた。

 能力は、水を花びらに変えること。

 見せてもらったら、ミルクティーが一瞬で薔薇の花に変わった。

 勧められてかじるとなんとミルクティーの味がして、驚く私に夕霧姫はどこか自慢げだった。

 私も、実家は造り酒屋で本当は杜氏を目指していること、能力は結界を作ることであること、そしてここへ来るきっかけとなった怖い事件の話をした。

 散々泣きも慌てもした辛い出来事だったけれど、その分人を引きつける話題としてはぴったりだ。

 実際夕霧姫は目を輝かせて、何度も頷きながら聞いてくれた。

 ――よかった。仲良くなれそうだ。


 お互い明日も頑張ろうね、と言って、まだ十三歳の夕霧姫のため、十時半には部屋へ帰した。

 それから一時間半は残念ながら収穫無し。

 暁姫が来てくれなかったのは残念だが、まあ上々の結果だろう。

 ――そう、思っていた。



*  *

 週に2~3回夕霧姫と小屋でお喋りをする、そんな生活が続いて一か月。

 朔夜ちゃんから、姫の暴力がなくなったらしい、と聞かされた。

「よかった!やっぱり効いたんだ」

「ええ。作戦大成功ですねぇ、姫様」

 朝の準備で髪を梳いてくれていた朔夜ちゃんは、またしても百夜さんに叱られた。

 ――後は、暁姫さえ来てくれればいいんだけれど。

 あの時泣いていたメイドさん。実は、暁姫の部屋側の廊下にいた。

 私は、ひょっとして彼女は暁姫のメイドさんだったんじゃないかと思っている。

 プライドの高い暁姫を説得するなんて難しいのは分かる。だけど彼女達のためにも、なんとか会話できれば。


「ごきげんよう」

「ごきげんよう」

 いつも通り十字路で挨拶をする、その時も、夕霧姫と私はちょっとだけ笑いあうようになっていた。

 ――あれ?

 今日に限って、人一倍礼儀にうるさいはずの暁姫がすぐに挨拶しなかったのだ。

 暁姫はうつむいたまま、小さく肩を震わせている。

 心配になったけれど、ここでライバルである私が声をかけると見下していることになってしまう。

 助けを求めて目の前にいる暁姫の近衛を見るが、面倒くさそうに目をそらされた。

 後ろのメイド長に至っては、鬼のように恐ろしい目で暁姫の後ろ姿を睨みつけている。

 ――なんなのよ、この人達!

 仕方なく私が声をかけようとすると、突然、暁姫が、ぽつりと呟いた。

「……んで」

「え?」

「なんであたしばっかり!!!」

 その裾で、部屋の祭壇に飾るための小刀が光る。

「皆いなくなればいいのよ!!」

「ひっ!」

 せめて夕霧姫を護ろうと手を差し出した、その時。


「……わざわざ床に落ちた小刀を拾ってくださるとは、誠に恐縮でございます、姫様」

 私の前に、いつの間にか男の人が立っていた。

「黎くん!」

 私の近衛、穂積黎くんだ。

 そう思うとほっとして、でも次に血の気が引いた。

 姫の身体に触れてはならない。その掟を守るために黎くんは、小刀の刀身を手のひらで強く握りしめていたのだ。

 ぽたぽたと床に血が落ちる。

 白の手袋が真っ赤に染まった。

「あ、ああ……」

 その光景に驚いたのだろう、暁姫はその場で崩れ落ちた。

 黎くんはただ無表情で声も出さず、暁姫が離したナイフをくるりと回して持ち直すと、持っていたハンカチを自分の手ではなく刀身に巻き付けた。

 それはこの場で起きたのがあくまで『暁姫が偶然拾った小刀を黎くんに差し出した』ことにするためだと、後で百夜さんに教わった。


「あ、あたしだってひとりぼっちだったのよ……なのに、なのに……!」

「暁姫」

 止めようとする黎くんの手をすっと下ろして、私は暁姫の前で膝をつく。

「ご神命は、『止まり木とする』ことでございました。ここであなた様がいらっしゃらなければ、ご神命に背いたことになってしまいます。――ですので」

 大丈夫。この人は怖くなんてない。

 ただちょっと、寂しくなってしまっただけなんだ。

 私はそう確信して、なるべく明るく微笑んだ。

「今度はいっしょにお喋りしましょ?ね?」

「あああああ!!」

 子供のように大声を上げて泣き出した暁姫を、メイド達が部屋へ連れ帰る。

 その姿が見えなくなったところで、私はさっと黎君の方に向き直った。


 手袋は血まみれ。それでも庇おうとしないのは、姫の前では居住まいを正す、肌はさらさないといった規律を守るためだろう。

 黎くんは一歩下がる。

「恐れながら姫様、こちらへ来てはお召し物が」

「構いません。――穂積近衛兵。今すぐ医務室へ行きなさい。今日は一日休暇とします。代わりの者を呼んでいらっしゃい。命令です」

 私のハンカチも手渡す。

「……助けてくれてありがとう。でも心配なの、早く行って?」

「かしこまりました」

 機械のように礼をして、黎くんは去って行った。

 暁姫とは反対方向へ向かう、その後ろ姿を目で追う。

 角を曲がる瞬間に廊下の絨毯から外れた、あれは多分掃除をしやすくするためなんだろう。

「姫様方、そろそろお祈りのお時間が」

 夕霧姫のメイド長に言われてはっとした。

 こんなことがあっても、お祈りは変わらず続けるのか。

 今日は黎くんと暁姫が元気になるようお祈りしよう。

 そう思いながら、私達は礼拝堂へ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る