*  *

 仕事終わりに、友人が部屋へやって来た。

「全く、何か隠していると思って来てみれば」

 乱暴に放ったのは、共有スペース備えつけの救急箱。

「別に隠してたわけじゃなっいっつ!」

 消毒液に浸した脱脂綿が、ピンセットで容赦なくぐりぐりと押し付けられた。

「なるほど、では正々堂々と絆創膏一枚貼っただけで訓練と書類仕事と食事とシャワーを済ませていたのですね。なぜか手袋をしたまま。なぜか気まずそうな顔で私をちらちら見ながら」

「分かった、分かったからアブデラ、僕が悪かった!っていうかこれただの嫌がらせだろ……!」

「いーいえー?まーさかー。……縫合するほどではなさそうですね。テーピングだけで済ませましょう。ですが、あまり動かさないようにしてくださいよ」

 医療用のテープを広げ、慣れた手つきで傷口へ。時間が経てばしっかりと癒合するはずだ。

「ただですね、お怪我をなされたなら私にも一声かけて頂きたかったと」

「お前に言ったら暁姫はどうなる」

「……」

 しばらく黙りこくった後、友人はよそいきの笑みを浮かべた。

「今からどうにかしてきましょうか?」

「やめろ」

 ふうとため息をつきながら、丁寧に包帯が巻かれた手を見る。

 これではいつもの手袋が入らない。指先をさらすことになる以上、明日の朝の出迎えはできないだろう。

 なるべく早く元気な姿を見せて安心してもらいたかったのだが、まあ仕方あるまい。

「あの人達も色々と辛いんだよ。特に暁姫はな、一歳の頃からあの性格の悪いメイド長に育てられてきたせいで、預言者になることこそ全て、他の姫達は皆敵だって思い込んでいるんだ。そこに今回の件で他二人が仲良くし始めただろ?パニックを起こして当然だよ」

「ほう。それはそれは」

 友人が薬や包帯を救急箱の中に元通りしまう。

 この几帳面さには、いつも助けられてばかりだ。

「つまらない話ですね」

 この口の悪さには困らされてばかりだが。

「……それ絶対外では言うなよ」

「分かっておりますよ」

 肩にタオルをかけたままベッドに腰を下ろす。

 休暇と言われはしたが、今日はむしろ余計に疲れた。

「真夜姫もちょっと突っ走りすぎたな。あそこでもう少し用心深く小間使いを使っておけば暁姫とメイド長との関係にも気付けたし、その分のフォローもできたんだ」

「彼女にそれだけの知能があったのかどうか」

 友人はあくまで、彼女らを馬鹿にしたいようだ。

「あまり人を舐めると痛い目見るぞ、アブデラ」

 動かすなと言われたばかりの右手で濡れた頭を掻きまわすと、当然友人の三白眼に睨まれた。

「あまり怪我を舐めると痛い目見ますよ、レイ」

 友人はそのまま、五階の窓に片足をかける。

「アブデラ。念のためもう一度言っておくぞ。いいか、今回のことは忘れろ。関係者にも一切手を出すな。神命だ」

 友人は、面倒くさそうに肩をすくめた。

「はいはい、ご神命でございますね。かしこまりました。それではお休みなさいませ」

「ああ、お休み」

 そのまま姿を消した友人には特段驚くこともなく、いつも通りに窓を閉める。

 姫に会えない以上、どうせ明日は内勤と訓練だ。ドライヤーは済んでいないが、一刻も早く寝かせろと駄々をこねる身体を、たまには甘やすことにしよう。

「明日は大人しくしててくれよ、姫様」

 一つあくびをして、ルームランプの灯りを消した。

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