【一話完結】女子トイレ大混雑の中、幼馴染のアレが限界になったので男子トイレまで付き添ったら、なぜだか夏祭りデートする流れになった話

BIG納言

短編(一話完結)

「あんた、こんなところで何してんの?」


突然、背後から呼びかける声があった。

振り返ればそこにいたのは、浴衣姿の幼馴染、夏葉なつはだった。


◆◆


ここは地元で一番大きな〇〇駅。地方中心都市の中心駅なので、そこそこ大きな駅だ。

そうだな、イニシャルをとってF駅とでも呼んでおこう。


今晩は、F駅近くの神社で夏祭りがあるらしく、駅構内は大量の人出でごった返している。

そんな中、俺は一人、予備校をあとにし、家に帰ろうとしていた。

そこを、幼馴染の夏葉に呼び止められた、というわけ。


「なんであんたがこんなところにいるのよ?」

「はあ? 俺がここにいちゃ悪いかよ?」

「いやだって、今日は夏期講習があるって言ってたじゃない?」


先週の日曜日、夏葉から今週の予定を訊かれたことを、そのとき思い出した。


「ああ、その話か。それがな、講師の体調不良かなんかで、今日は休講になったんだよ。俺もさっき知らされたところなんだ。仕方ねえから、今から家に帰るところだ」

「へえ〜? 夏休みにわざわざ勉強しに予備校まできたのに、勉強することさえ叶わず、夏祭り参加するあたしたちを寂しく見送りながら帰宅するのねww」


夏葉が生意気な口調で俺を小馬鹿にした。


……うぐっ。……うざい。この上なくうざい。


この幼馴染、外見だけ見ればかなりの美少女である。

しかし、一言でも言葉を発した瞬間にこの様だ。

こいつ、黙ってさえいればホント可愛いんだけどなあ……。


そういう夏葉は浴衣姿である。きっとこれから誰かと夏祭りに行くのだろう。

くそっ。なんか腹立つ。俺だって勉強なんかそっちのけにして、誰かと夏祭りに行きてえよ……。

まあ俺には、その『誰か』がいないんだけどな……。

ああ〜もういい! どうでもいい! そんな青春なんてもん、俺には無関係な話だ!


「うっせえわ。俺は夏祭りとか興味ねえんだよ。もう帰る。じゃあな」


そう言って、改札の方に足を向け、立ち去ろうとした――そのとき。


「ちょっと待って!」


夏葉が後ろから俺を呼び止めた。


「何だ?」


その声がやけに真剣な声色だったので、めんどくせえと思いながらも、仕方なく後ろを振り返る。

しかし、夏葉は下をうつむいたまま何もしゃべらない。


「何なんだよ?」


それでも夏葉は口を閉じたままだ。

……ホント何なんだよ?

と、文句を言おうとした矢先。


ん?

そのときになって俺は気が付いた。


――夏葉の様子がおかしい。


さっきは分からなかったが、よく見れみれば彼女の脚がぷるぷると小刻みに震えている。


「……おい、大丈夫か?」


俺は心配になって彼女に声をかけた。


「あたし……その……限界なの……」


夏葉が元気なさそうにぼそりとつぶやく。


「どうした? 体調悪いか? どこが痛い?」

「ちがう……そうじゃない……」

「気にすんな、言ってみろ。熱中症か? しんどいなら休んだほうがいいぞ?」


すると夏葉は恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、女子トイレ前にできた長蛇の列を指さした。


「……へ?」


え、どういうこと……? 一瞬、俺は理解できなかった。

しばらく思考を巡らせて、ようやく気付いたのである。


あ、もしかしてそういうこと……?

こいつはその……まさかアレを我慢してるのか……?


夏葉の方を見てみると、内股をしているのが妙にリアルだ。

マジかよ……。いざそうと分かると、なんだか気まずいな……。


「お前……トイレ行きたいのか……?」

「仕方ないでしょ! 熱中症対策で、たくさんお水飲んでたから!」

「そりゃ可哀想に。……で、俺にどうしろと?」

「どうにかして!」

「無茶言え! どうにもできねえよ!」


トイレに行くのが面倒くさいから私の代わりに行って来て、というよくあるアレじゃねえか。

そんなの俺に言われたってどうにもできねえよ!

ってか、そんなの異性から言われたの初めてだよ!


「あ、そうだ。多目的トイレ使えばいいんじゃねえのか? こういうときだから、多少使っても許されるだろ?」

「だめ……そっちもさっきからずっと誰か入ってる」


くそっ。その手は使えないか。


「じゃあ、近くのコンビニに行こう。そこならきっと空いてるだろ」

「ダメ。さっき行ったけど、そこも列できてた……」


じゃあもう無理だよ。どうにもできねえよ。

つーか、そういう繊細な話を、異性である俺にすんじゃねえよ。


しかし、夏葉の顔は真剣である。

よく見てみたら、ちょっと泣きそうな顔してんじゃねえか!


「男子トイレの方なら、空いてるでしょ……?」


限界をむかえた幼馴染は、とうとうそんなことを言い出した。


「あぁ……まあ、 いいんじゃねえか? こういうときは特別だから、ちょっとくらい使わせてもらっても文句は言われないよ。何か言われたら、ちゃんと事情を説明するんだぞ? いいな? まあでもよかった。体調壊したわけじゃなくて安心したよ。じゃあな」


そう言って、俺は夏葉に別れを告げ、改札に向かおうとする。


その瞬間、立ち去ろうとする俺のTシャツの裾を、夏葉がぎゅっとつかんだ。


「%×$☆♭#▲!※ て来て……」

「……はい?」

「%△#?% ついて来て……」

「ごめん、何言ってるかよく分からなかった」


「……おしっこするから……男子トイレまでついて来て!」


一世一代の決心をしたかのように、夏葉がそんなセリフを言い放った。


「ぶはっ⁉︎ な、なんでだよ⁉︎ 嫌だよ! なんでお前なんかと一緒にトイレに行かなくちゃならないんだよ⁉︎」

「ちょっとくらい察しなさいよ! あたし、もう我慢できないの!」

「だから、男子トイレ借りればいいつってんだろ」

「ダメ! 一人じゃムリ!」

「はあ? 知らねえよ! 俺、もう帰るから!」


彼女の手を払いのけて、俺がその頼みをあしらうと、その途端、夏葉はその場に座り込み、小さくうずくまった。

なんだかおそろしい予感がして、そんな幼馴染の様子を見守る。


「ど、どうした?」

「……ダメ、あたし限界。もう……ここでしちゃうかも……」


衝・撃・発・言。


しゃがみ込んだ夏葉の顔がみるみる青ざめていく。

こいつまさかホントに……。そこまで我慢してたのかっ⁉︎


おい待て!

女子高生としてそれだけは許されないぞ!


「わ、わかったから! 一緒に男子トイレついて行ってやるから! もう少しだけ我慢しろっ!!!!!」


こうして俺は、浴衣姿の幼馴染を連れて、男子トイレに直行するのであった。


◆◆


「どう……?」

「大丈夫だ、誰もいない」


奇跡的に、男子トイレ内に誰もいない瞬間が訪れた。

ピッタリと俺の左肩に張り付いた夏葉とともに、トイレの中へと侵入する。


「ほら、ついて来い! 誰もいないから安心しろ。ほら、入れ」


内股のままついて来た夏葉を、個室内へと押し込む。


「ここで待っててよ……? お願いだよ……?」

「分かってるから。さっさと済ませろ」

「逃げたらマジでキレるからね……ひゃっ! 誰か来た!」


その瞬間、夏葉は俺を個室の中に引き込んで、ガチャリと鍵を閉めた。


トイレの個室に幼なじみと二人きり――これ、どういう状況ですか?


「なんで俺を連れ込むんだよ⁉︎」

「だ、だって、誰か来たから。……ごめん、なんだか怖くなっちゃって」

「はあ……もういい加減にしてくれよ」


そう言って、俺は個室から外に出ようとした。


「ダメ! 行かないで! 今、ドア開けたらバレちゃう」

「ったってどうすりゃいいんだよ? もう限界なんだろ?」

「いいからそこにいて。このまま……するから」


俺の後ろで、夏葉が静かに腰を下ろしたようだ。


……嘘だろっ⁉︎

こいつ、正気か?


「お前、この状態で本気でする気か?」

「もう我慢できないから……」

「ってもな、お前……」

「バカっ! こっち見んな!」


夏葉が腰を下ろしたまま、振り返ろうとした俺の背中をど突く。


「あたし今、浴衣だから! 振り返られると、全部見えちゃうから!」

「わざわざ説明せんでいい!」


何という状況……男子高校生には刺激が強すぎる。


こうして小競り合いをしながら、俺と夏葉の奇妙な時間が流れていった――。


(脳内でお花畑の風景をイメージ願います)


ふう、と夏葉が一息つく。

ひとまず、最悪の事態だけは回避できたようだ。


「出たか?」

「……で、出たって何がよ⁉︎ もうちょっと上品な言い方しなさいよ! 変態!」


背後から、幼馴染のローキックが見舞われる。

こんだけ世話してやってんのに、どうして俺が怒られてるんだか。


◆◆


その後、無事、用を済ませて、誰かに見られやしないかとビクビクしながら、俺たちは男子トイレを脱出した。


「それはそうと、一緒に来てた友達はどこで待ってんだ? もしかして、お前のこと心配してんじゃねえのか?」

「は? そんなのいないけど? あたし、一人で来たから」

「一人で来た⁉︎」


俺はてっきり友達か誰かと来たのかと思っていた。


「仕方ないでしょ……誘う人いなかったんだから……」

「あっ、もしかして。この前、お前、俺に今週の予定訊いて来たよな? あのときは夏期講習があるからって断ったけど、まさかお前、俺を誘うつもりだったとか?」

「ち、違うわよ! 勘違いすんな、バカ!」


やけに動揺して否定する夏葉。

……なんか怪しいな。

まあ、別にどうでもいいんだけどさ。


そうして俺が、ようやく家に帰れるとため息をつきながら、次に発車する電車の時刻を確かめようと、電光掲示板を見上げたとき。


「……ねえ」


夏葉が俺に声をかけた。


「あんた、暇なんでしょ? ……だったらさ、今からあたしと一緒に夏祭り見て回らない?」


なんだか、この幼馴染がやけに可愛い。


もしかして、さっきのトイレの一件が吊橋効果となって、俺にデレたとか……?

だとしたら人生最悪の吊橋効果だな……。


それはそうと、一緒に見て回るかどうかか……。その場合、帰宅が九時以降になりそうだな。


「うち、親が厳しいからさ。帰宅が遅くなることをなんて説明すればいいか……?」

「あたしと夏祭り行ってくるって、正直に言えばいいじゃない?」

「まあ確かに、それもそうだな」


俺は夏葉の言う通り、親に電話して、事情を説明した。

俺の隣で夏葉が心配そうに、返答の結果を待っている。


「……どうだった?」

「いいってさ」

「ほんと⁉︎ やった!」


手を上げて、幼い子どものように喜ぶ夏葉。

こうして俺たちは、夏祭りデートをすることになった。


「どう、この浴衣!」


夏葉がくるりと一回転し、浴衣を披露する。金魚の柄をした水色の布がひらりと舞った。


「……まあ……かわいい」


こんなの言いたくないが……正直、可愛かった。


「やっぱり⁉︎ でしょ⁉︎ この浴衣、今日のために買ったんだよ!」


キャッキャはしゃぎながら、夏葉が俺の左腕に抱きつく。


いろいろとスッキリした幼馴染は、持ち前の元気さを取り戻したようだった。



◇◇


ここまでお読みいただきありがとうございました。本作品は短編であり、これで完結となります。


シチュエーションが好き、幼馴染が可愛いと思えた方は、★いただけると幸いです!

その評価が作者の励みになります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【一話完結】女子トイレ大混雑の中、幼馴染のアレが限界になったので男子トイレまで付き添ったら、なぜだか夏祭りデートする流れになった話 BIG納言 @lambda2139

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ