能力検査と『色持ち』
光聖が確かな意思表明をしてみせた後、生徒たちは場所の移動を求められた。
本来であれば、この後は王国を治める国王と王妃に謁見するという何とも重要な予定が組まれていたらしいのだが、現在、国王を含めた王族は魔族問題における他国との会談で忙しいらしく、謁見は後日に回された。
王宮の中、荘厳な柱が一定の間隔で立ち並ぶ巨大な回廊を歩きながら、集団の先頭を歩むフィルヴィスは良く通る声色で背後の生徒達へと告げた。
「皆様にはこれより、各々の魔力値や特性を把握する為の能力検査を行って頂きます。この検査によって、皆様の中で誰が勇者としての資質を持っているのかが判明するでしょう。仮にそうでなくとも、異世界人の皆様にはそれぞれ個別に特化した技能が備わっている筈です。それらは全て、我等人族が勇者軍を編制する上で重大な要素になってきます。ですからどうか、心して臨んで頂ければ幸いです」
真剣味を帯びた声に、生徒の殆どが緊張するかのように顔を強張らせる。
暫く歩き続けた後、一行は大きな扉の前に辿り着いた。左右に控えていた騎士がその扉を開ければ、回廊よりも豪奢な内装に彩られた空間が表れる。
その最奥、数段高くなっている場所の中央に、一際目立つ水晶が鎮座していた。
「あれは、我がブラッドルフ王国に代々伝わっている魔導宝具、王級秘宝『
そう説明した後、フィルヴィスは人間の背丈以上もある球体を正面に見て、おもむろに手を触れた。
彼の全身が淡い燐光に包まれる。それに伴い、『
恐らく水晶の持つ能力を起動させたのだろう。
「では、お一人ずつ前へお願い致します。これより『
告げられた言葉に、しかしすぐには誰も動かなかった。
皆一様に周囲と顔を見合わせて、一番手を自分ではない誰かに行かそうとしている。斯く言う七夜も同様だった。彼もまた、自分から積極的に動いたり、矢面に立つというような行動を避けてきた人間であるからだ。
再び膠着した時間だけが流れる。
故にこの場でも。
足踏みして誰一人として動かない集団の中から、一人、光聖が歩み出た。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ。……お名前を伺っても?」
「九条光聖です」
その名乗りにフィルヴィスは一つ頷き、少し離れた場所で待機していた騎士から銀色の板のようなもの受け取った。
遠目にはスマートフォン程度の大きさに見えるそれを、巨大水晶の傍らに設けられた台のようなものに設置する。
「こちらの魔道具は、『
「はい!」
フィルヴィスの指示を受けた光聖が、少しだけ緊張した面持ちで右手を水晶に伸ばした。
途端、それまで仄かな光を発し続けていただけの魔道具が、唐突に強い光を放つ。あまりの大質量に、その場にいた殆どの者が軽い悲鳴を上げて自身の視界を遮った。
黄色味を帯びた強烈な発光は十秒以上続き、やがて収束した後に訪れたのは静寂だった。
突然の出来事に生徒達だけでなく周囲に控えている騎士達までもが唖然として固まっている。
そんな中、フィルヴィスが最初に動き、台に設置していたスキルプレートを掴み、そこに転写されたらしい情報を見た。
「……これはわたくしも驚きました。まさかお一人目からこれほどとは」
多少の興奮を混ぜた声で、彼はそう言った。
怪訝な表情を浮かべる光聖へスキルプレートが差し出される。その後に、フィルヴィスは水晶が判定した光聖の能力について解説を始めた。
「最初期の判定時において、スキルプレートに書かれる事柄はそう多くありません。当該の人物名と魔力値は例外なく誰であれ。そして異世界人である皆様の場合は、本来であれば厳しい修行の末に会得する固有技能が一つ、刻まれている筈です」
そこまで言ってから、フィルヴィスは光聖に好奇の視線を注いだ。
「クジョウさまの魔力値は〝3100〟。これは、王国最高峰の魔導師が集められた宮廷魔導師団、そのトップ陣営を僅かに超える総量です。今後の修行如何によって数値が増大する事を考えれば、これだけで感嘆してしまうのですが……わたくしが最も驚いたのは、技能の項目なのです」
その言葉につられて該当する欄に視線を移した光聖は、何故か怪訝な様子で眉を顰めた。
「……あの、フィルヴィスさん。これって何なんですか? たった一つだけ技能の欄に書かれてるんですけど……『黄』? 『ルア』? どういう意味なんですか?」
光聖の呈した疑問に、しかし。
周囲に控えている数十名の騎士達が、一斉にどよめいた。
光聖を含めた生徒達が一体どうしたのかと困惑する中、フィルヴィスが穏やかな物腰で説明する。
「魔法には全て、ある程度のランク付けが成されています。一般人でも簡単に扱える生活魔法から、主に騎士や魔導師が戦場で使う戦闘魔法まで、その種類は多岐に渡ります。……ですが、後者である戦闘魔法の中でも、特別秀でた能力を備えた魔法体系が一つ、この王国には存在しているのですよ」
生徒達全員に向けて、言葉が続けられる。
「その魔法体系とは――『
フィルヴィスの言葉に、暫しの沈黙を経て、生徒達や周囲の騎士から感心やら称賛の声が上がった。
生徒の殆どは、フィルヴィスの言っている事を細部まで理解出来てはいないだろうが、単純に、天才で完璧超人の光聖が特別な力を手に入れた事に、納得の意を混ぜて歓喜しているようだった。
流石は光聖だ。彼こそ勇者に相応しい。そんな声が、七夜の周りでは巻き起こっていた。
「……フィルヴィスさん」
「何でしょう、クジョウさま」
「皆さんは勇者っていう存在を望んでるみたいですけど、誰が勇者なのかって、明確に分かるものなんじゃないんですか?」
その問い掛けに、数瞬、フィルヴィスは沈黙した。
何の意味もないと思わせられる、ほんの刹那の沈黙だった。
やがて、中性的な美貌を持つ男は変わらぬ涼し気な笑みを湛えて、光聖の問いに応じた。
「そうですね……勇者とは固有の名称ではなく、魔王を討つに相応しい強力な力を持つ者を指しています。それを思えば、『色持ち』のクジョウさまは充分に勇者としての資質をお持ちですし、もしかすれば、この場にいる皆様全員が勇者となり得る可能性もゼロではありません」
上手いこと焚付けるな、と七夜は思った。
あれは偽りの笑みだ。群衆を扇動する為に被った仮面の笑み。
しかしこの世界に来たばかりで右も左も分からない自分達にとっては、フィルヴィスの言う事に従う他ない。
そう判じて、七夜は浮上しかけた疑心を心の奥底に仕舞い込んだ。
それから暫くは、事務的な時間が続いた。
一人ずつ前に歩み出ては、水晶に手を当てて、それぞれの持つ技能を確認する。
フィルヴィスの言う通り、異世界から召喚された生徒達は誰しも特別性のある技能を有しているようで、検査結果が発覚する度に、周囲の騎士達が感嘆の声を上げていた。
全員の視線を背に浴びながら歩み出た七夜は、フィルヴィスに自身の名を告げてから、これまでの者達と同じように水晶へと手を翳した。
そっと触れる。
発光の程度は今までと変わらなかった。やがて能力検査の結果がスキルプレートに転写されたのだろう。
フィルヴィスが台座から銀色の板を持ち上げてその内容を確認した。
ふと、中性的な貌が顰められるのを、最も近くにいた七夜は見た。
だが怪訝とも思える表情をすぐに収め、フィルヴィスはこれまでと同じように提示された検査結果を口頭で告げた。
「……驚きました。シバさまの魔力値は、
その言葉に、暫しの沈黙を置いてこれまでで一番の歓声が周囲の騎士達から上がった。
七夜を含めて生徒側の者達は、置いてけぼりになったかのように固まっている。だが少しずつ、フィルヴィスの言った事を理解し始めたのか、ざわめきが波及していった。
「え……? なに、要は斯波がスゲェ数値叩き出したって事か?」
「魔力値6400って、九条くんよりも上じゃん。それって凄くない? フィルヴィスさんも見た事ないって言ってるし……」
「なになに? て事はさ、この中で勇者の資質があるのって斯波なの? 光聖じゃなくて?」
「そんな事ってあるの? いや、斯波くんも光聖くんみたいに頭は良かったけどさぁ」
割合としては困惑の色が多い喧騒を、七夜は背中に聞いていた。
そこで彼自身の理解も追い付く。自分がクラスメイトの中で一番優れた結果を出したと言う事が分かり、喜びに笑いそうになって――、
「しかし」
不意に割り込んできたフィルヴィスの声が、場に静寂を
全ての者の意識が、美貌の男へと向けられる。七夜のスキルプレートを見ていた彼は、その端麗な貌に険しい色を浮かべて、ゆっくりと口を開いた。
その寸前、七夜に気の毒そうな視線を差し向けてから。
「原因は不明ですが、シバさまのプレートには、何の技能も記述されていません。先程までの測定結果や過去の文献を見るに、異世界から召喚された者は少なくとも一つ以上、必ず固有の魔法を会得している筈なのですが……何故かシバさまのスキルプレート、その技能の欄は、わたくしが見る限り、空白となっています……」
戸惑うように顔を顰めながら、フィルヴィスは七夜にスキルプレートを差し出してきた。
それを受け取り、自分でもプレートの転写結果を確認する。
フィルヴィスの言う通り、6400と刻まれている魔力値の下、技能を示す項目には何の記述もなかった。
困惑する七夜に、フィルヴィスが捕捉するかのように言葉を続けた。
「ですが、現段階で何の魔法も取得していないとは言え、今後の訓練次第では一般的な生活魔法や戦闘魔法を会得できる筈です。確かに固有技能が無かったのには驚きましたが、シバさまには誰よりも膨大な魔力があります。あまり気を落とす必要はないかと……」
理解が追い付いておらず、慰めのような言葉を聞き流すしかなかった七夜の耳に、再びクラスメイトの声が聞こえてきた。
「って事はよ、斯波って今、俺達と違って何の魔法も使えないって事? スゲェ量の魔力持ってんのに? え、それって所謂宝の持ち腐れじゃね?」
「うわぁ……みんな一人ずつ個別の魔法覚えてんのに、斯波くんにはないの? 何か期待外れじゃない? ちょっと可哀想なんだけど」
「これから魔法覚えるって言っても、私達と違って誰でも覚えられるようなものばっかなんでしょ? そんな普通な奴が勇者とかありえなくない?」
「だよねー、やっぱ期待値で言ったら光聖くんが一番だって。何の魔法も覚えらんなくて、無駄に魔力値だけ光聖くんよりも上とか、何か斯波くんっぽくてウケるんだけどー」
思わず七夜は背後を振り返った。
自分を見て来るクラスメイトの大半は、一様に気の毒そうな顔を浮かべたり、呆れや嘲笑の色を何とか隠そうとしていた。
その中に、光聖と奏の姿を見止める。
二人とも、周囲の者達とは違って嗤う事も同情を見せる事もなく、ただ真剣な面持ちで七夜を見据えていた。
その二人が注いでくれる瞳に、少しだけ救われた気がした。
クラスメイトから発せられる嘲笑を聞きながら、それでも顔を俯かせる事なく正面を向き続けた七夜は、フィルヴィスに再び向き直って言った。
「――構いません。今は何も魔法を覚えてなくても、頑張れば色々な魔法を覚えられるんですよね?」
「え? え、えぇ、そうですね。戦闘訓練を受けていない一般人でも、日常生活を送る過程で生活魔法を覚える事があります。戦闘魔法は言わずもがな。きちんと訓練をして、様々な戦闘魔法を会得すれば、史上最高値の魔力量を持つ斯波さまであれば他の皆様に後れを取る事なく成長できるでしょう」
「分かりました。頑張って皆の足を引っ張らないようにします」
七夜がそう告げると、フィルヴィスは少しだけ驚いたような顔を見せ、しかしすぐ後にいつもの柔らかな笑みに戻って頷いてくれた。
決して下を向く事無く、身を翻してクラスメイトの許へと戻る。
落胆の色を見せない彼の姿勢に、周囲の者達は少しずつ嘲笑や侮蔑の声を収める。その様子を見て、光聖と奏は揃って安堵の息を溢した。
何かを学ぶ事は得意で、何より好きだ。
だからこそ七夜は後ろ向きにならない。いつもとやる事は変わらない、変わったのは、学ぶ内容と、その環境だけだ。
そう思うだけで、七夜の心は少しだけ軽くなる。
それゆえに。
彼に対して、変わらず侮蔑や嘲りの視線を向けて来る女子生徒の集団がいる事には、全くとして気付かなかった。
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