最近完成した駅ビルからは、次々と大勢の人間たちがされては吸い込まれてゆく。

 強い陽射しの下で、おれはそんな光景を尻目に、路地裏の近道を通り抜けて飲み屋街へ入った。やがて、サイモンが住む割烹料理店の勝手口へとたどり着く。

 店の正面は、黒を基調としたモダンで高級そうなつくりなのだが、客が寄りつかない裏側には、乗れるのかわからないようなボロい自転車が一台放置されていた。

 その他にあるものといえば、大きなポリバケツのゴミ箱とタバコの吸い殻が突っ込んである空き缶(従業員か誰かの灰皿なのだろう)が隠すようにして隣の店舗との隙間に置かれているだけだ。

 ほのかな磯の香りに導かれて顔を向ければ、運良く勝手口の扉が少し開いていたので、おれは難なく店内へと入ることができた。

 ピッカピカの銀色に光る厨房には二人の若い料理人と白髪頭の大将、それと厚化粧の女将さんがいて、老夫婦は向かい合って大声で話をしている最中だった。


「だからよぉ、何度も言わせんなって。サイモンが冷蔵庫の鰹節を盗むわけないだろ、ったくよぉ」

「いいえ、絶対に間違いありません! 今日日きょうびの猫は、水洗トイレも自分で流すんですから!」

「おメェなあ、トイレと冷蔵庫を一緒にすんなよ!」


 鰹節は冷蔵庫のなかで保管されていた。だとすると、猫の腕力と肉球では開けられない。犯人は人間の線が濃厚となるのだが──おれは犯人の尻尾シッポを掴むため、注意深くその場にいる全員の様子をうかがう。

 二人の若い料理人たちは、困り顔で立ち尽くしているだけで喧嘩を止める気配はない。おそらく、大将と女将さんは、しょっちゅうこんな感じなのだろう。


「ばあば」


 すると急に、料理人たちの腰くらいの背丈をした人間の女の子が厨房に姿を見せる。


「あれま! みっちゃん、厨房ここに入っちゃダメって言ってるでしょ?」


 おや?

 あの小さな指に握られているのは、もしや……


「はい、これ返すね」

「あらっ? これって、鰹節じゃないのよ!」

「なんでい、みっちゃんが持ってたのか?」

「うん。お友だちに鰹節のお母さんを見せたんだよ」

「鰹節のお母さん? ああ、削り節のことね。そっか、いまはパック入りの削り節ばかりだもんねぇ」

「ハッハッハ! だから言ったじゃねぇか、サイモンじゃねえってよ!」


 どうやら、事件は無事に解決したようだ。

 おれは尻尾をくねらせつつ、きびすを返して厨房から出ると、黄色い蝶々を追いかけながら来た道を戻った。


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