サイモンの話によると、ヤツが飼われている割烹料理店から、一節ひとふしが三万円もする高級鰹節が消えたらしい。それで、もともと猫嫌いだった女将さんに疑いをかけられてしまい、結局は追い出されてしまったそうだ。


「子猫の頃からお世話になっている大将に、そんな罰当たりなことはしないよ! 第一、なんでいまになって盗むのさ!」


 サイモンの必死の弁明に、おれは耳をかたむける素振りだけは一応してみせた。明日からどこで寝泊まりすればよいのかと、話を続けるサイモンは泣きじゃくるばかりだ。

 たしかに、サイモンは恩を仇で返すような猫ではない。面倒は御免だが、他ではない旧友からの頼み事を断る気にもなれなかった。


「ああ、わかったよサイモン、落ち着けって。とにかく、おれがなんとかするから、ほとぼりが冷めるまでのあいだ、ここにいろよ」


 おれのそんな言葉を聞いたサイモンは、〝待ってました!〟と言わんばかりに両目をかがやかせてよろこび、その場でピョンピョン飛び跳ねてみせる。それに合わせてスウェット生地のシートからは、雨水の飛沫しぶきがリズミカルに延々と吹き出していた。

 そして、咽喉のどをゴロゴロと鳴らしながら、おれの身体からだに自分の頬を何度もこすりつけてきた。


「ありがとう、肉三郎! もつべきものは親友だね!」

「あーもう! わかったから、いいかげんにやめてくれ!」


 こうしておれは、致し方なく犯人探しへと繰り出すことになった。




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