学祭二日目8 『もう一つの物語』

 片付けを終え、解散となった二年六組。

 だが、大半の生徒が残るように、僕も学校に残っていた。


 ――現在時刻は、六時五十分。


 僕はある場所へと向かうために歩いていた。

 その場所への扉の前に到着し、僕はドアノブを捻り開ける。


「もういたんだ」

 約束より十分も早く来たんだが、彼女は随分前から来ていたらしい。


 周囲には誰もいない。それは当たり前か。


 ――だってここは、立入禁止なんだから。


「時雨くん」


 サイドテールに触角を垂らした美少女。その少女は、鉄柵から外を眺めていた。体を反転させ、僕に笑顔を投げかける。


「……来てくれたんだね。勝負は互角だったけど」


「いいや。リンカの圧勝だ。あれはナギサの惨敗だよ」


 歌の勝者は、リンカとナギサの二人という曖昧なものだった。でも、リンカが助け舟を送らなければ、ナギサは殻に閉じこもったままだっただろう。

 だから、リンカの勝ちだ。


「その……ね。時雨くんに言わなきゃいけないことがあるの」


 僕は言われることを予期する。それはひどく自分を買いかぶったものかもしれない。でも、僕の推測が正しければ、僕は彼女の想いに応えることはできない。


 たとえ僕が彼女を想っていようと、僕がそれを許さない。 


「いくつか……あるんだけどね……」


「ゆっくりでいいよ」


 今から振る相手に優しさを見せてどうする。僕は本当に僕が嫌いだ。


「まずは、昔話から」


 お洒落かつロマンチックな導入の仕方だ。だが、最後の一言を僕は知っている。それを受け入れたいのに、拒絶しなければならないのだ。残酷すぎる。


「私、いじめられてたって言ったでしょ?」


「うん」


「その理由は二つあってね。一つ目が、一人称が『ボク』だったから」


 ボク? リンカがボクと自称していることを僕は知らないのに、知っている?

 妙なざわつきが胸の中で音を立て始めた。


「二つ目は、ある病気を患っていたこと」


「……過去形ってことは、もう治ってるの?」


 リンカはゆっくりと首を縦に振った。


「中学一年生の夏。四年前――2015年の7月31日。私の病気は治りました」


 僕の頭が内側から抉り出されるような痛みを感じる。無関係の異物同士が、重なり、合併し、混雑するような。


「……ちょ、ちょっと……まっ――」


「その病気の名前は――」


 リンカは続ける。確固とした意思を持って、『決意』を、『勇気』を目に宿しながら。

 リンカは……凛奏? ……リンカは深呼吸してから、




「――全色盲」




 リンカは四年前に起こった、たった三ヶ月の短い物語を――過去を、赤裸々に話し始めた。

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