学祭二日目4 『ネタばらしは伝わらない』

「これで……良かったの?」


 走り去るナギサの背中を見届けながら、カレンがそう呟いた。


「ああ……これで、これでいい」


「でも、いきなりキミに『付き合ってください』って言われたときは、シンプルに頭おかしくなったのかと思った…………よ。なんでキミがそんな悲しそうな顔してるわけ……?」


「……こんなことやりたくてやってるわけじゃない。仕方なかったんだ……」


 これは僕のケジメであり、罰でもある。ナギサを犠牲にしたこと、ナギサを貶めたこと。流石にあそこまで最低な言葉を並べることに躊躇いはあったが、この機会を逃すわけにもいかない。


 …………仕方なかったんだ。


「手の甲にチュウは結構効いたかもね」


 キスシーンを演出するために、カレンは自分の手の甲にキスをしてわざとらしく音を立てた。

 キス経験者なら違いに気づけるとのことだが、未経験の僕とナギサにはわからない。それが功を奏したと言うべきか。


「キミも酷いこと言うし、言わせるよね。あんなこと好きな人に言われたら、私なら自殺しちゃうかも。…………私、刺されたりしない……?」


「ナギサはそんなことしない、大丈夫だ」


「まじで頼むよ……? 女の愛は怖いからね。特に、拗らせた純愛は」


「怖いんなら、あのルカとかいう人に守ってもらうんだな」


 僕は皮肉のつもりで言ったのだが、カレンは露骨にモジモジと手遊びをしだした。


「そ、そ、そう……だ、だね。る、ルーくん体術とかも、す、すごいし。う、運動神経も、が、学力も、お、お話も、す、すごいもん……」


 カレンはところどころ吃らせながら、弱々しく、幸せそうにルカを褒める。


 昨日ツムギが言っていたカレンの過去が垣間見えた気がした。この性の悪い女も、恋に関しては純情なのだな、と素直に感心。


 僕とカレンは二年六組の教室に入った。

 扉のすぐそばには、僕がナギサに貸した眼鏡が落ちていた。


「え、あの子が割ったの?」


「たぶん違う」


 ナギサは物に八つ当たりするような子じゃない。

 だからおそらく、モモコにやられたか、モモコとの揉め合いで事故になったか、単なる事故か。


 きっとこのどれかだ。しかし三つ目はないだろう。それは、さきほどすれ違ったモモコの焦り具合を見ればわかる。切迫感でモモコの顔はいっぱいになっていて、逃げるように走り去っていったからだ。


 ほぼ確実にナギサと一悶着があったと言える。


「付き合わせて悪かったな。もういいぞ」


 僕は眼鏡を拾い、ポケットに入れてからカレンに感謝を述べる。


「これで貸し借りなしよ?」


「ああ、もちろん」


「……というか、あの子……いや、なんでもない。じゃ、私ルーくんのとこ行くから」と言い残し、悪女――カレンは去っていった。


 僕はその後屋台に戻ったが、ナギサの姿は見当たらなかった。モモコもだんまりを決め込み、全く指示をしなくなった。


 クレープグループの司令塔はリンカだからいいものの、ドーナツグループはそうもいかない。ナギサというリーダーを失ったドーナツグループは指揮系統が崩壊し、以前のような華やかさは失われた。


 結局そのまま教室展示および模擬店を閉める時間になり、昼休憩となる。

 皆が二年六組の教室で休憩しているときも、ナギサは現れなかった。数名がナギサの捜索を始めたが、目撃証言すら取れず、ついにステージ発表の時間がやってきた。


 体育館には、まるで有名な歌手のライブのようにぎっしりと人が詰め込まれていた。

 体育館の中心には黒西生徒、その周りを固めるように黒東生徒が集まっていた。他には保護者もいたが、外部の人の数は圧倒的に黒東生徒の方が多かった。


 僕の席は体育館の丁度中央あたりだ。左がユウで、右がフウマ。


 休憩時間などにカレンやツムギ、ルカを見かけるも、特に会話することもないまま時間が過ぎていく。


 午後一時、二時、三時、四時と時間だけが刻一刻と歩みを進めるが、ナギサが見つかる気配はない。

 二年六組のステージ発表のスタンバイは午後四時四十五分からだ。五時ちょうどから発表が始まり、初めにリンカ、その次にナギサという順番。最低でも五時には舞台裏にいなければまずい。


 今朝までナギサを慕っていた女子たちからも不平不満が漏れ始める。

 そして、ついに午後四時三十分を回った。


「ナギサ……」


 僕が探してはダメだ。絶対にそれだけは避けなくてはならない。


 だから、早く戻ってきてくれ……。

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