学祭二日目1 『嫌われるためにすること』

 7月13日――コクセイ祭二日目――最終日が始まった。


 天気は快晴らしい。雲も見受けられないし、なにより体に太陽の日差しがよく当たる。


 昨日に引き続き、僕はタピオカをカップに詰めまくっている。一種の競技なのでは、と勘違いするほど。


 今日は土曜日なので一般公開されている。よって昨日より遥かに人の数が多い。大きな公園の夏祭りを彷彿させるくらいだ。そのおかげというべきか、昨日よりも二年六組の模擬店は繁盛していた。


 ナギサは昨日と同じ三角巾を被り、僕の眼鏡をかけて忙しそうにしている。

 ナギサ率いるドーナツグループに負けじとリンカも闘志を見せている。

 ユウ率いるサボりグループは怠惰に雑談している。

 相変わらずだ。


 あまりの来客の多さに人手が足りず、シフト外での手伝いを余儀なくされた。

 そんなこんなで午前十一時を過ぎ、ようやく僕に休憩がやってきた。


 全身から汗が湧き出ているので、熱中症対策を兼ねた水分補給のためにスポーツドリンクを購入する。


「おいおい、シグレ。大丈夫なのか?」


 背後からユウの声が聞こえた。

 本当に疲れるから勘弁して欲しい。


「なにが」と、わざと不服を表現しながら僕は言う。


「モモコとナギサちゃんのやつ」


 具体性に欠ける説明。だがそんな抽象的な言葉でも、全身に危機感が走った。


「具体的に」


「モモコがナギサちゃんのこと呼び出したんだよ」


「は?」


「教室に呼び出してた。モモコはとっくについてると思うぞ。ナギサちゃんは一、二分前に向かったから、そろそろ合流するんじゃねーか……っておい!」


 ユウの言葉を聞き終える前に僕は走り出す。

 モモコはナギサに何を言うかわからない。下手をしたらステージ発表を辞退しろとも言いかねない。止めなければならない。助けなくてはならない。

 ナギサを…………?


「助けて、どうするんだ……」


 僕のやるべきことは二つ。


 一つ目が、ナギサを自立させ、周囲に溶け込めるようにすること。

 二つ目が、ナギサに嫌われ、眼球を潰させること。


 これでモモコからナギサを助けてしまえば、これから僕が何をしようとナギサが僕を嫌うことはないだろう。ただでさえここ最近、心が痛むせいでナギサという存在を無下にできなかった。そのツケが回ってきたのか……。


 僕は足を止め、必死に熟慮する。どうするべきか。何が適切なのか。何が最適解なのか。


 ふと、周りを見渡すと少女の姿が見えた。ボブ髪がよく似合う、華奢な乙女。一度目にすれば当分は海馬に刻まれる容貌。見た目とは相反する、たちの悪い心根を持つ悪女。


 その悪女を見て、僕は一つの手段を思いつく。

 それは、数秒前まで僕がしようとしていたこととは真逆で、倒錯的な手段。


「カレン!」


 カレンが独りでスマホをいじりながら壁に寄りかかっていた。


 彼女は僕の方を見て、ぎょっとするように体を震えさせ、僕とは真逆の方へと歩いていく。

 僕が走って彼女の腕を掴むと、


「わ、悪かったって。謝る、謝るから……」と謝罪の意を示した。


 昨日とは対照的にしおらしいカレン。僕は違和感を覚えながらも彼女の腕を解放する。


「悪いと思ってるなら、一つ頼み事をいいか?」


 カレンは眉をしかめ唇を結んだ。そして、「な、なに……?」と動揺した。



「――僕と付き合って欲しい」

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