学祭一日目裏 『ナギサの独白』

 女子の作戦会議も終わり、ナギサは三人の女子と仲睦まじく談笑していた。

 話題は、今日場を荒らしていったカレンという女の子。そして、貴公子のように現れたルカという男の子。ほとんどこの二人の話題だ。


 下校時刻が迫ったことから、ナギサを含めた女子四人は教室を出た。


「ごめん! ちょっと用があるから、ナギまだ帰れないや」


「オッケー。じゃ、また明日ねナギサちゃん」


「じゃーねー」


「バイバーイ」


 三人からの別れの挨拶を笑顔で返し、見えなくなるまで見送ってから、ナギサは屋上に向かった。用事なんてない。ただ、少し独りになりたかっただけだ。


 階段を素早く駆け上がり、屋上の鉄扉を開ける。やはり、屋上のアスファルトにいるのは儚い夕陽の陽射しのみ。世界が昏いオレンジに染められるなか、ナギサだけは何色にも染まらない。


 ナギサの心は空っぽで、隕石が衝突したような空洞――というより深淵ができている。黒に何を塗ろうが、黒に変わりないように、ナギサの心に綺麗な夕陽が届くことはない。


 泣きたくなる孤独を打ち付けられるが、枯れ果てた涙腺からは涙さえ出てこない。涙さえ流せないナギサは、自分の心を潤すことすらままならない。その時、ナギサは理解した。涙は自分の心を慰めるためにあるのだと。


 しかし、砂漠のように枯渇したナギサの心には三滴の雫がこぼれ落ちていた。


 ユウコ、アカネ、ミドリ。先刻話していた三人の名前だ。彼女たちからすれば、友達と話したり友達を心配したりすること、それは造作もないことかもしれない。

 でも、それを経験してこなかったナギサにとって、それは初経験であり、至福の時間だった。やっと掴めそうな『普通の時間』。それがあと二週間で消えてしまう。


 今、空に浮かんでいる夕陽が消えたあとのような暗闇が、闇い世界がナギサを待っている。

 ナギサの本能と理性がぶつかり合う。その二つは判別できないほどぐちゃぐちゃに入り乱れ、ナギサに淡い混沌を抱かせる。混濁したナギサが導き出した結論――否、本望はたった一つ。


 それが腹を、胸を、喉を、口蓋を、唇を通り、空気として、音として溢れ出した。



「…………失明……したくないなぁ」



 語尾が涙声のように震えるが、やはり眼球から雨粒が降ってくることはない。 

 ナギサの声は、陽射しを浴びる宙を漂い、音となり、空気となり、やがて何事もなかったように喪失する。


 ナギサの本懐は誰にも届くことはなく、世界の一部となり、まるで大海の中の一滴の水分のように、

 ナギサですらどこにあるのかわからなくなった。

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