第二章3 『デート』
そんなホラー映画の序章のような形で、僕とリンカのデートが始まった。
札幌駅で映画鑑賞をし、その後近くのファーストフード店で僕とリンカは食事をとっていた。
「ポテト、ぜんぜん食べていいからね」
「あ、ありがと」
リンカは丁寧にポテトを一本口に入れた。
「さっきの映画、おもしろかった?」
「う、うん。すごく感動したよ。し、時雨くん、は……どうだった?」
自信のなさそうな上目遣いをリンカは送る。
「……あー、内容はおもしろかったけど、やっぱイロがね」
「……そ、そうだよね。ごめ……じゃなくて、見えるようになるといいね……」
語頭が毎回どもってしまうリンカを見て違和感を覚えた。
リンカはクラス屈指の人脈のある女子だ。人気もあるし、人付き合いも上手だ。だから、どうもこの話し方には疑問を抱いてしまう。リンカもナギサもどちらも明るい性格だが、友達の数は天地の差どころか月とスッポンと言える。
スッポンはスッポンであることに気づいていないようだが。
「久しぶりだもんな。緊張するのもわかるよ。小四からずっとクラスは同じなのに、こうやって二人で話したりするのってあんまなかったような気がする。いつ以来だ?」
僕は指で数を数える。
「あれ、もしかしてあの中一の夏の日かな。じゃあ四年か。四年も経ったら色々変わったりするよな」
依然として重々しい雰囲気を背負うリンカを見ていると、なんだか尋問でもしているような気持ちになってきてしまう。少し悲しい。
「……そう、だね。変わっちゃうよね」
暗かった、リンカの目は。
リンカの目に宿るイロはわからない。でも、その瞳の奥に宿るのは、電灯の光が届かない深い山道に映るような影だった。
「……そういえばさ、私がいじめられて転校してきたってことは知ってる?」
知らなかった。
それは今初めて耳に入れた情報であり、なによりその言葉を僕は信じていない――信じられるわけがない。
スクールカーストというもので表すなら、リンカは紛れもない頂点に立つ存在だ。そんな彼女がいじめを受けている姿など、誰が想像できるだろうか?
「ご、めん……覚えて、ないわ」
「……言ってなかったもんね。気にしないで。私はいじめられたから転校してきたんだよ」
リンカは作り笑いをしていた。彼女の作り笑いはとても下手くそで、相手に気配りをさせないための気配りをしているのが目に見えてわかった。
これならナギサの方が幾分かマシだ。
「理由は…………また、今度かな……」
暗い目のリンカは、何か決心したように深呼吸をした。最新の掃除機のように空気を吸い込んだが、吐き出した空気はそれほど多くはなかった。
「――時雨くんに見て欲しいものがあるの」
そう言ってリンカはメモ帳を取り出し、僕に見せてきた。そこには女の子らしい薄く綺麗な字が羅列してあった。それは歌詞だった。
なによりも僕が注目したのは曲名だ。その曲名は、人の心を炊きつけるような躍動感があり、人の心を複雑にする悲しみが佇んでいた。
曲名に感心したあと、歌詞を頭の中で反芻しながら味わった。これは、色覚障害者を題材にした歌なのだと、当人である僕は一瞬で察した。
「君が、作ったの?」
「……う、うん。そうなの。その……色の見えない人を題材にしようと思って。どうかな? 気に障ったかな? もし気に障らなかったら感想を聞かせて欲しいな」
僕はリンカの真剣な眼差しを見てから、もう一度歌詞に目を通した。ゆっくりと何度も何度も味わって、五感を最大限に使い、その歌詞の世界に耽った。
「すごくいいと思う。共感できるポイントもあるし。よくひとりで書けたね。イロが見えないわけでもないのに」
「……あ、ありがと」
「どういたしまして」
「……あのね、今度の学校祭のときに、この曲を歌いたいなって思ってるの」
僕は口に入ったハンバーガーを薄いジュースで流し込んだ。
「ほんと? そっか。リンカって歌上手いもんな」
リンカの歌声は、それはそれは素晴らしいもので、まさに『歌姫』であると言える。これが僕の脳内で補正がかかっているわけでないのは、クラスメイトの評価を聞けばわかることだ。
「その……さ、もし歌うことができたら、時雨くんにも聞いて欲しいな」
「もちろん。学祭の仕事をサボってでも行くよ」
リンカは嬉しそうに笑ったあとに、僕から目を離した。そして甘く優しい瞳を差し出して、
「サボるのはよくないぞ?」
とウインクをしながら人差し指を立てて言った。
これはいつものリンカだ。学校中で人気の疾風凛奏そのものだ。そこにいるのは、明るくて、人付き合いの上手な、優しい女の子だった。
「そういえば、6月1日に何人かで遊園地に行くけど、時雨くんも来る?」
「……それさ、ナギサも連れてっていい?」
新年度の最初の一週間だけは、リンカと同等にナギサはモテる。だが天然なナギサを見ると、たちまち皆は一歩引いてしまう。
でもナギサは根は優しく、気配りもそこそこできる。だから皆で遊ぶ機会を利用して、ナギサの居場所を作ってあげたい。周囲が話しかけづらい部分があるから、その誤解を払拭したいのだ。
「……も、もちろん! 凪沙ちゃんも連れてきてあげて?」
「ありがとう」
いつかナギサには、昏い顔ではない明るい顔で笑える日を迎えて欲しい。
そう、僕は心の底から願っている。
「ナギサって、実は歌上手いんだよな。幼稚園児みたいに大声で歌いそうなイメージとかあるかもしれないけど、本当にすごい歌唱力を持ってるんだよ。機会があったら聞いてほしいな」
僕の熱弁を聞いたリンカは明らかな苦笑を浮かべて「そうなんだ」と言った。
「時雨くんは、凪沙ちゃんの話をするときが一番楽しそうだね」
「そう、かな?」
「ふふふ、すごい楽しそう。なんか昔に戻ったみたいだね」
リンカは手で口を覆いながらクスクスと笑った。
「そうかな?」と僕も笑いながら返答する。
僕たちは楽しい時間を過ごした。何も考えずに、ただ目の前の話題を笑って話すような平穏な時間を。
僕はこのとき、死神との契約のことなんて忘れていた。
――死神の契約がはったりではないと気づいたのは、ゴールデンウィークが終わる頃だった。
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