第43話動物園デート

「ちょっと右に寄り過ぎてますね。左に寄って下さい。」

百合が助手席から僕に言った。


「ああ、ごめん話に夢中で気づかなかったよ。」

「あ、今のところブレーキ二秒遅いです。気を付けて下さい。」


「あ、うん……」

僕たちは今デート中だ。

そう、なにを隠そう僕は車を買ったのだ。

百合が家に来てから、僕はギャンブルを辞めた。

最初こそ百合に宝石類を貢いで金欠だったが、優しい百合のお陰で纏まった貯金が出来たのだ。

因みに浪費癖のある僕に代わり、今は百合が通帳を管理している。

僕は毎月二万円のお小遣いを貰っているが、それもだいたい百合へのプレゼント代で無くなる。


「あのさ百合ちゃん、運転してる人にアドバイスするのはいいけど、人によっては失礼に当たるからね? 気を付けようね?」


「ごめんなさい、次はオブラートにつつんで言います。」


「オブラートもいいから。百合ちゃんは僕に任せて会話を楽しんでくれてればいいよ。」


「……でも……わかりました、運転に関してはもう触れません。」



ーー少しして目的地の動物園に着いた。


ぴーっ、ぴーっ、ぴーっ……ベゴン!


「あ……」

僕は駐車場でサイドポールに車をぶつけた。


「すみません……なにもいうなと言われたので……」


「あのね百合ちゃん……気づいてたなら言って欲しかったな。危ない時は別だよ?」


「でも、先ほどからずっと危ない運転してましたよ? だいさんは……」


「………」

せっかくのデートだし、車のことは後で考えよう。

今日は百合にとって初めての外出なのだから。

普段家から出られない分、思いっきり楽しんで欲しい。

ーー僕たちは動物園に入り、チンパンジーの檻をみていた。

チンパンジーはイライラしてるのか、檻の中をぐるぐる回っている。

百合は難しそうな顔で檻を見ている。


「あのチンパンジー、ストレス溜まってるみたいだね。」


「そうですね。わたしにもそう見えます。」


「ごめんね百合ちゃん……いつも家の中に閉じ込めてしまって……」

家から出られない自分と重ねているのかもしれない。


「いえ、わたしは今の生活に不満はありませんよ? いきなりどうしたんです?」


「あれ? 自分とチンパンジーを重ねているのかなって……」

百合は不思議そうな顔で言う。


「檻の中だろうと外だろうと、対して変わりませんよ。けっきょくこの世界の檻からは出られないんですから。」

百合ちゃんが深い事を言っている。

どうやら百合ちゃんは悟り世代の人間らしい。


ーー日が傾き始めた。

そろそろ帰らないといけない。


「帰りにお土産屋さん見て行こうか」


「はい。」

中に入ると、動物のぬいぐるみが目についた。


「百合ちゃん、ぬいぐるみ買ってあげるよ。好きなの選びな?」


「いえ……ここにあるぬいぐるみ、あまりかわいく無いのでいらないです。」

確かに置いてあるぬいぐるみは顔だけやけにリアルで可愛く無い。


「そう言わずにさ。今日の思い出に買おうよ、ね?」

僕は百合ちゃんに貢ぎたくてしょうがないのだ。


「えーと……じゃあこれで。」

百合ちゃんはピンクの猫科動物のぬいぐるみを選んだ。


帰りの車の中ーー


「本当にそれでよかったの?」


「はい。これでいいんです。」

百合ちゃんはぬいぐるみを抱きしめながら言った。


「ね? ゲレゲレ。」

ぬいぐるみに名前をつけたようだ。

案外気に入ってくれたみたいでよかった。

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