第29話お引っ越し

「マイさんの宿、なんか凄いメルヘンですね……」

マイさんの宿の前に着いた。


三階建てで木造だが、造りが凝っており、まるで小さなお城だ。全体的に薄いピンク色で塗装されている。


ーーなんだかラブホみたいだ


「どう?かわいい宿でしょ?」


「そうですね……」

一応頷いておくが、僕なら絶対に選ばないだろう。


「やどの人には、はなし通してあるから。その馬も預けられるわよ。」


「あ、助かります。」


これまたピンクの馬小屋に松風を預けた。

松風はちょっと気に入っているようだ。


「じゃあ、わたしの部屋に行くわよ!」



ゴクッ。


喉がなった。


生まれてこの方女子の部屋に入った事など無い。やっぱ良い匂いとかするんだろうか。

緊張してきた。

宿に入ると、一階に食堂が無い代わりになんと浴場がある。

「凄い! お風呂もあるんですね!」

日本人らしく、僕は入浴が好きだ。


「そうよ。でもざんねんね。この浴場、女の子しか入れないの。」

出た。男女差別だ。

世の中は女性に優しく、童貞に厳しい。

これはどこの世界も変わらないようだ。


ーー二階に上がると、廊下には赤いじゅうたんが敷かれている。

僕は一番奥の部屋に案内された。


「何してるの? はやく入りなさい。」


「は、ひゃいっ! しちゅれいします!」

僕はガチガチだ。

逆に息子だけがふにゃふにゃになっている。


「おお……」


そこには、夢にまで見た光景が。

広がっていなかった。


玄関を入ると、右にトイレがあり、この先には二十畳ほどの広々とした空間があった。

端の方にベッドが一つ置かれていて、それ以外は何も無い。

一応キッチンもあるのだが、調理機具が無いのでおそらく使っていないだろう。

ちなみに無臭だ。


「マイさん、家具とかあんまり置かないんですね。」


「そうね。ここには寝に帰って来るだけだし。むだでしょ?」


なんと男らしい。


「そうですね……ちなみに僕はどこで寝ればいいんですかね?」


僕は一つしかないベッドをチラチラ見た。


(僕も一緒のベッドに入れて!)

心の中で念じた。


「あなたの寝床はここよ。」

そう言うとマイさんは入って左にある押し入れを開けた。


ーードラえもんかよ!


「あの、これは収納スペースではありませんか?」


「しょうがないでしょ。ここしか空いてないんだから。」

確かにかの傾奇者も畳は一畳あれば良いと言っていた。

しかし、こんな広い部屋で押入れの中に寝る必要はあるのだろうか。


「でも、まだ部屋に寝られるスペース、いっぱいありますよね?」

家具が何も無いので、部屋の端から端まで空いている。ゴロゴロし放題だ。


「……私のこと襲わないって、約束できる?」

マイさんは不安そうな顔をして言った。


何を今さら。

多分あなたの方が強いですよ。

僕は負け戦を楽しむ気はない。


「ええ、約束します。」


「知ってるかもしれないけど、私は獣人よ。約束はいのちより重いわ。」


「大丈夫です。」


マイさんは何事か考えている。

逆に襲う事は出来ないけど、襲われるのはありだ。

間違いが起こる可能性は0ではない。


「いいわ。そこまで言うなら信用してあげる。好きなところに寝なさい。」


「ありがとうございます。」


「そうと決まれば、もうあんな怪しい商売はやめなさい。」


僕も出来れば自転車操業なんてしたくない。

赤字にさえならなければすぐにでも辞める。


「わかりました。まだ配達が終わってないので、今日届けたら足を洗います。」


これでまたネズミ狩りに戻る事が出来る。


「あと、ネズミ駆除もやめて。クサいから。」


まじか……

それじゃあ僕はこの先、どうやって収入を得れば良いんだ……


「でも、ネズミ狩りをやめると松風を養う事が出来ないです……」

松風を養うには金がかかる。しかも一日一回走らせに行かないと行けないので、他に短期高収入の仕事を探さなければならない。


ーー体を売るか?


「そんなの、わたしと一緒に依頼を受ければいいじゃない。」



はい、簡単に論破されましたー。






めでたしめでたし。

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