第21話松風

「姉御!大変ですぜ!!」


私のところに馬達がやって来た。


「どうしたのよ、そんなに慌てて……」


ーーどうせまた人間が私たちを捕らえようとしに来たのだろう。


そんなのいつもの事だ。


「今度は何頭捕まったの?」


「いや、それがですね……」


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

ーー私はこの草原に住む馬達のリーダーをしている。

望んでリーダーになった訳じゃない。祭り上げられたのだ。

私のお父さんはむかし、競走馬というものだったらしい。


引退してからは沢山の雌馬を宛がわれ、子作りに励む毎日だったそうだ。


そんなある日、お父さんは一頭の馬車を引く雌馬に恋をした。


『一目惚れだったよ。』


お父さんは言った。

ーー毎日別の雌馬とちちくりあうより、あのメスと死ぬまでヤりたい。

そう思ったお父さんは、柵を越えて馬車を追いかけた。


お父さんの名は、ファーストインパクト。


その圧倒的な脚力で、レースでは序盤から相手を突き放して優勝をかっさらうため名付けられたそうだ。

その後、追いかけてくる人間を振り払い、馬車を追いかけ、その雌馬のもとにたどり着いた。


「は? わたしヤリチンとかマジ無理だから。病気持ってそうだし。近寄らないで。」


ーーお父さんは振られた。


目の前が真っ暗になり帰る方向もわからずさ迷っているうちにこの草原に辿りついた。


そこでお母さんと出逢い、私が産まれた。


お父さんは、私にセカンドインパクトという名前をつけた。


正直女の子にその名前は無しだと思う。



ーー私はお父さん以上に速く、強く成長した。

昔私がじゃれようとして両親に突進したら、足の骨を折り、二頭とも死んでしまった。


最初は悲しかったけど、弱いのがいけないんだ。


ここは弱肉強食の世界ーー


私たちも魔獣の端くれとして強くなければならない。

私はいつかこの草原を出るつもりだ。


この草原には私より強い雄はいない。


私は、私より速く、強い雄としか子供を作るつもりはない。


そういう相手を探しにいくのだ。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

現場に向かうと、一人の人間が昼寝をしている。

武器も持っていない。


私たち馬も、危険を感じれば戦う。


ただ、無駄な争いを好まないだけだ。


ーーしばらく観察していると、人間が起きた。


そして何故か私の後ろに回り込んで、私のお股を見てきた。


私は蹴り飛ばした。


女の子のお股を勝手に見るなんて、失礼だ!


人間の文化では違うのだろうか。


人間は立ち上がると、また近づいてきた。


「やあ、君ひとり?」


私に向かって話しかけてきた。


私達馬は、高度な知能を持っているため、他の生物の仕草や言葉から、ある程度内容を理解することが出来る。

こいつはおそらく、私のことを知らずにここまで来たのだろう。

危険がないと思った私は、腹ごしらえをすることにした。


「僕さ、美味しい草が生えてる場所知ってるんだけど、一緒にどう?」


私たち以上にこの草原を知り尽くしている生き物などいない。


ーーここの草が一番美味しいのだ。


「君、毛並みがすごいキレイだね。ツヤツヤしている。」

そう言って人間はたてがみを撫でてきた。


ーー初めて人間に触れられた。


撫でられるのって、意外と気持ちいい。


「それにしてもしなやかな身体をしているね。」


だんだん手がお尻に近づいてきた。


ーーたてがみの方をもっと撫でて欲しい。


私は人間に目で訴えた。


すると人間は優しく微笑んだ。


伝わったかな?


「つぶらな瞳もキレイだ。」


そういうと人間はまたお尻の方を撫でて来る。

尻尾の付け根までたどり着いた時、こいつには私の気持ちが伝わらなかったと理解した。


やがて人間はトントントンと一定のリズムでお尻を叩いて来る。

その振動で、私はだんだん眠くなってきた。


ーー駄目だ。お昼寝しよう。


私は歩きだし、少し離れて寝ることにした。


「照れなくて良いんだよ。全部、僕に委ねて……」


するとすぐにまた人間がたてがみを撫でてきた。


気持ちよくて、もう限界。お休みなさい……


意識が落ちそうなとき、人間が私の背中に乗ってきた。


「ちょっと、なにするの!!」


「うお!?」


私は人間を振り払おうとした。


私は、私より強い雄にしか自分に乗せるつもりはない。


しかし、なかなか落とせない。


「暴れないで。キレイな君にそんな姿は似合わないよ。」

しかも、背中にマーキングされている。


このままでは、私はこの雄の物だって言っているようなものだ。


「それにほんとは、もう我慢出来ないんだろう?」


それにしても強い精の匂いだ。毛が生え替わっても取れないだろう。

こんな強い匂い、鼻のいい私たちからすれば一生取れないのと同じだ。



もう、他の雄馬が私に近づく事はないだろう。


どうしてくれるのよ、責任とってよね?


「ふふ、良い子だ。」


ほんとのところ、私は今出産に一番適している年齢だ。


ーー妥協しよう。


もう、この雄でいいかも知れない。



私は走り出した。


色々なことをふっきるために。



「それにしてもなんて速さだ! そうだ、お前は風のように速い松本大の馬。今日からお前は松風だ!!」



セカンドインパクトよりはましな名前ね。



これからよろしく、ご主人。

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