第2話

 その後私の呪い(勘違い)がとける気配はなく、気がつけば十九歳の誕生日が目前に迫っていた。


「なあ、プレゼントは何がいい?」


 そしてここ最近、サイクスが毎日のように尋ねてくる。


「いりません」

「やっぱりまだ、呪いはとけねぇか」

「だからそもそも呪いなんてかかってません」

「そんなわけねぇだろ。お前が健康だったら、一も二もなく『サイクス様を下さい!』って抱きついてくるところだろうが」

「むしろそれが異常じゃないですか」

「お前にとっては正常だろ」


 確かにそうなのだが、言っても叶えられない願いを口にするには私の中身は大人になりすぎている。

 そして未来を、知りすぎている。


「どうすれば、元のお前に戻るんだろうな」

「戻ったら戻ったで困るくせに……」

「リリーが静かな方が困る」


 そう言って、サイクスはおもむろに私の唇を指でそっと撫でる。


「俺の婚約者は、手で塞いでやらなきゃ止まらないほどのおしゃべりだったろ?」

「……それは、子供だったからですよ」

「大人になってもお前は変わらねぇよ。俺が大好きで、年を取ってもずっと側にいる、死ぬ時も一緒にいる、墓にも絶対一緒に入るって言ってたのは誰だよ」

「でも、本当にそうなったら迷惑でしょ?」

「迷惑じゃねぇよ。ちゃんと墓も用意してやる」


 何で今更、そんなことを言うのかと恨めしい気持ちになる。

 ずっと迷惑してきたくせに。程なく私とは別の誰かを好きになるくせに、将来の約束を今更するなんてずるすぎる。


「でもきっと、そのお墓に入るのは私とは別の人ですよ」


 まだヒロインと結ばれるかはわからないけれど、あのゲームはいわゆる明るい逆ハーレム系だった。

 とにかく甘くて優しい物語が売りで、お話を進めれば全員ヒロインを好きになる。

 キャラに差はあるものの個別ルートに入るとそれぞれが身を引くという設定で、たとえ結ばれなくてもヒロインを思い続ける一途な男たちばかりだった。


 それはサイクスも例外ではない。

 特に彼ははなからヒロインとは結ばれない思っているところが有り、「あいつの幸せごと守るのが俺の勤めだ」と恋心をひた隠しにし、彼女に尽くすのだ。

 そしてどのルートでも、恋の手助けをするポジションに着きがちだった。

 密かにヒロインを思いながら、彼女のためにと心を殺す彼に何度萌え殺されたかわからない。


 だから今目の前にいるサイクスも、そうしてヒロインを深く愛するに決まっている。


「結婚相手は、同情で選んじゃ駄目です。それに、サイクスは自分の気持ちを押し殺しすぎです」


 そう言うと、彼は驚いた顔で私を見る。


「あなたはとっても素敵で、格好いい人です。そして魅力的です。だから遠慮したり我慢したりせず、したいようにしたほうがぜったい幸せになれます」

「……リリーが、ものすごくまともなことを喋ってる」

「もうっ、真面目に話してるんだからちゃんと聞いて下さいよ! いいですか、本当に好きな子が出来たら我慢は駄目ですよ! いいですね!」


 ムッとしながら言うと、彼は苦笑しながら私の頭を撫でた。


「そういうお前も、変な我慢はするなよ」

「私はむしろ、ずっと我が儘放題だったから我慢するべきです」

「しなくていいだろ。お前は、我が儘言ってるほうが可愛い」

「かわっ……!?」


 今まで一度も褒めてくれたことなど無かったのに、どうして突然そんなことを言うのかと戸惑わずにはいられない。


「ここで調子に乗らないなんて、やっぱり呪いは根深いな」

「だから呪いじゃないですってば!」


 そう主張するが、やっぱり信じてはもらえなかった。

 それどころかこの日からサイクスは「可愛い」と連発するようになり、私は更に悶々とすることになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る