第1話
うっかり前世の記憶を思い出したせいで、私は呪い持ちの姫と呼ばれるようになった。
ありもしない呪いにかかっていると誰も彼もが信じ込み、その結果私は王国の外れにある離宮で暮らすことになったのだった。
魔法の源である『マナ』を生み出す聖樹の麓に立つ離宮は、物語の舞台となる魔法学校にもほど近い。
常に清らかなマナが満ちる離宮にいれば、どんな呪いだろうと消えるだろうと両親は思ったのだろう。
そもそも呪いではないので無意味なのだが、ここにいればひとまず周りが騒がないので静かに過ごせる。
そしてあと数ヶ月もすれば聖女が現れサイクスもいなくなるため、それまでは大人しくしていようと決めた。
ただ一つ、この新しい生活にも悩ましいことがある。
「リリー、ほらおいで」
サイクスの、突然のデレである。
私が呪いにかかったと信じる彼は、それまでの塩対応が嘘のように私を甘やかしてくる。
二十四時間側に張り付き、給仕さえも自分がやると言いだし、私を膝に乗せたりもしてくれるのだ。
別れの前の最後のご褒美だと割り切れれば良かったが、恋愛ゲームでも早々お目にかかれなかったデレの応酬に私はタジタジだった。
だってゲームのサイクスは誰ともちょっと距離を置いていて、ヒロインが「好き」と言っても「こんなおじさんに本気になるんじゃねぇよ」と苦笑するようなキャラだった。
本当は彼もヒロインが好きなのに、それを隠そうと素っ気ない対応を続けるのである。そんな彼がエンディングでようやく「俺もお前を愛したい」と胸に秘めていた愛を爆発させるシーンに、私は何度萌え死に咽び泣いただろう。
そんなキャラ故に、彼は適度にヒロインと距離を置きつつ彼女の世話などをしていたが、ここまでの好待遇ではなかった。
誰かにべったりくっつき、「ほら、あーんしろよ」なんて言いながらご飯やお菓子を食べさせてくれる片鱗などなかった。
「ほらリリー、お前の好きなクッキーだぞ」
なのに今のサイクスは、三時のおやつだからと私にクッキーを食べさせてくれている。
もちろん私は彼の膝の上で、断固拒否しようとするが無理だった。
3歳から私の世話をしてきた彼の手は、わずかに口を開けた瞬間にクッキーをするりと差し入れてしまう。
「美味いか?」
「美味しいけど、自分で食べられます」
「でも、俺の手から食べた方が美味いんだろ?」
たしかに、かつて私は何度もそう主張した。
そのたび困った顔をしていたくせに、なぜ今はこうもノリノリなのか理解に苦しむ。
「ほら、もう一枚」
「もう、お腹いっぱいです」
「嘘つくなよ。クッキーなら最低二十枚は食べるだろ」
「いやでも、太るし……」
「お前は何食っても太らねぇだろ。むしろ最近軽くなって、心配してる」
頬も少し痩けたなと言って、サイクスの指が顔を撫でる。
それだけで真っ赤になってうなだれていると、鼻先をクッキーでつつかれる。
「食欲もねぇし、せめて食べられる時は食べろよ」
どこか不安そうな声で言われてしまえば、抗う事など出来はしない。
おずおずと口を開くと、サイクスの顔がぱっと華やぐ。
「ほら、あーん」
無駄に渋い声で甘く言われると喉が詰まりそうだったけれど、私は頑張ってクッキーを飲み込んだ。
するともう一枚、更にもう一枚と彼が甲斐甲斐しく口に入れてくれる。
時折指先が唇に触れ、そのたび真っ赤になってビクつく私を彼は優しく笑った。
これまでなら「キスしちゃった!」と私が大騒ぎし、そのたび彼は顔をしかめていた。
なのに今は、彼の方が喜んでいるように見える。
――いやきっと、この笑みにたいした理由はない。愛とか恋とかには関係ない。
ここしばらくは失恋確定のショックで食欲がなくなって心配させたから、ほっとして笑顔を向けてくれているに違いない。
そう言い聞かせていなければ平静を保てないほど、サイクスの笑顔は甘い。それをなるべく見ないように努めながら、私はクッキーをもぐもぐと咀嚼した。
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