モブにもなれない姫君は、静かに恋を諦めたい

28号(八巻にのは)

プロローグ

 どうやら私は、大好きな婚約者を失うらしい。

 そのことに気づいたのは、大好きな背中にぎゅっと縋り付いている時だった。

 不意に「はぁ、やっぱりスチルより実物の方が格好いいわぁ」などという考えがよぎった瞬間、突然前世の記憶という奴が蘇ってきたのである。


 あまりに何の前触れもなく、思い出すきっかけも雑すぎるので自分が世に言う異世界転生をしていると気づいたのに感動も何もなかった。

 でもドラマチックじゃないのも無理からぬ事だ。

何せ自分が転生したこのお姫様は、この世界で起こる特別な物語に一切関係しない。


 私が生まれ変わったこの世界は、前世でプレイしていた女性向け恋愛ゲームと酷似していた。

 なのに私の名前がゲームに出てきたことはない。舞台となる国の王女ではあるが、そもそもゲーム内では王女がいたという説明すら無い。

 そして背景にちらっと映っていたりもしない。


 つまり私は、モブとも言えない存在なのだ。

 

 一方私に背後からがしっと抱きつかれているこの婚約者は、なんとゲームの攻略対象だ。

 恋愛ゲームのキャラにしては渋い容姿と声を持つ『サイクス』は、ゲームに出てくるヒロインの騎士となる男である。一作目では物語のキーにはならないものの、面倒見の良い性格故に他のキャラとの絡みも多く、見せ場もたくさんある。

 そのため人気投票をすればかならず2位か3位に食い込む人気キャラなのだ。

 おかげで私が死ぬ直前に発売された続編では『敵側に寝返ったかと思ったが実は……!!』的な最も美味しいポジションを与えられ、次の人気投票では1位確実の素晴らしいシナリオが用意されていた。

 キャラの掘り下げも行われ、中々に壮絶な過去がありつつ、大人の余裕と色気を崩さない彼に私もそうとう惚れ込んだ。


 そしてサイクスと結婚したいなぁなんて思っていたけど、まさか本当に婚約者になれるとは思っていなかった。

 ……まあ、自分の存在が物語にまったく出てこないことを鑑みるに、結婚は相変わらず出来そうにないが。


「どうしたリリー? 普段は『サイクス様大好き! 結婚してー!』って騒ぐところだろう」

 縋り付いた私の手を軽く叩きながら、僅かに身体をひねったサイクスが笑う。

 ああそうだ、このどこか飄々とした振る舞いが好きだったんだなぁと見惚れていると、顎の髭を撫でながら怪訝そうに首をかしげられる。


「おいどうした? 具合でも悪いのか?」


 その上不審がられ、私は首を横に大きく振った。


「いえ、何でもありません」

「その割には静かすぎるだろ。いつもはずっと俺が好きだとしゃべり続けるのに」

「リリーも少し大人になったのです」


 少なくとも精神年齢は、18歳から29歳へとジャンプしてしまった。

 だからこそ今更のように彼にしてきた態度がいたたまれなくなる。


 私、リリーベル=クラウンはクラウン国に生まれた末の姫だ。

 クラウン国はゲームの舞台となる魔法学校がある国で、王族たちもまた偉大な魔法使いである。

 私もその血を受け継いでいたが、残念ながら魔法の才能は無い。

 それゆえゲームの舞台となる魔法学校には入らず、婚約者であるサイクスと早々に結婚することが決まっていた。

 クラウン国ではこの手の世界にしては珍しく、二十で成人とみなされる。故に来年の誕生日に、私はサイクスと結婚する予定だった。


 けれどサイクスは、それをあまり快く思っていない。

 そもそもこの結婚は、私の我が儘から始まったのだ。

 前世の記憶がうっすらあったのか、私はサイクスに会って以来彼に夢中だった。初対面は三歳の時だったが、当時から異常なほど彼が好きだった。


 好きが行きすぎてちっちゃなストーカーとなり、「サイクスとけっこんしゅる!」が口癖だったらしい。

 魔力は無いが、何だかんだ末の姫として可愛がられていた私に父である国王はデレデレで、そんなに望むならとサイクスの意向も聞かず婚約を決めてしまったのだ。

 以来彼は私の護衛となり、ずっと側にいてくれている。

 魔法騎士として有能で、本来ならもっと別の活躍の場があっただろうに、彼に任されたのは子供のおもりだ。

 なにせ私が、彼から全く離れない。

 今だって、ずっとくっついていたのだ。


 四六時中縋りついてくる私に、サイクスがうんざりしているのには気づいていた。気づいていたけど、いつかは絆されてくれるだろうと甘いことを考えていた。


 でもきっと、それはあり得ない。


 私の誕生日が来るより前に、彼は異世界から現れた聖女を守る特別な騎士に任命されるのだ。

 これ幸いと、私を捨ててゲームの物語に飛び込んで行くに違いない。


 それは、きっと止められないだろう。

 引き留めるには、私はあまりに魅力がない。王女として最低限の礼儀作法や知識は学んだが、サイクスの前では恋に熱を上げすぎた浮かれポンチである。

 毎日くっつくだけでは飽き足らず、恋文を日に十通も押しつけ、時には下手なヴァイオリンを奏でながら愛の歌を歌い、世界中のありとあらゆる求愛方法で「好き!!」と主張しまくった。


 つまり、少々常軌を逸していた。


 サイクスにはドン引きされていた。サイクスだけでなく家族たちもドン引きし、何なら早めに結婚させた方が落ち着くのではと、裏でこそこそ相談されていたほどである。


 過去のあれやこれを思い出し、私は頭を抱えたくなる。

 愛情表現がおかしかったのは、前世でも恋に縁遠かった弊害だろうかと思っていると、大きくて骨張った手が私の額をそっと撫でた。


「おい、やっぱり変だろ。こんなに黙ってるなんて、絶対変だ」

「いえ、だからリリーは大人になったのです」

「ついさっきまでバカバカしい愛の詩を読んでいたのに、突然変わるわけねぇだろ」

「いえ、変わったのです。だからサイクス様、婚約破棄致しましょう」

「は?」


 初めて見る驚き顔でサイクスは固まる。

 びっくりしていても格好いいなぁと思いつつ、私は大好きだった彼の身体から腕を放した。


「サイクス様には、私のような浮かれポンチではなくもっと素敵な女性が現れます。だからもう、私の我が儘に付き合って頂かなくて大丈夫です」


 長々話していると悲しくて泣いてしまいそうだったので、手短に切り上げ私は部屋を出ようとする。


 だが次の瞬間、今まで頑なに私を抱きしめてくれなかった腕が腰に回る。

 驚くまもなく抱えあげられ、そしてサイクスは大声で叫んだ。


「リリーベルが病気になった!! 誰か医者を呼んでこい!!」


 切迫した声に、城中が騒然とする。

 てっきり「はいそうですか」と受け入れてもらえると思っていたが、どうやら日頃の行いのせいでいらぬ誤解を招いたようだ。


 その後駆けつけた両親たちにも「病気じゃない。大人になっただけだ」と言ったものの信じてもらえず、結果その後一週間医者や魔法使いたちが私を調べに調べた。


 病気ではないと判明したものの「きっと未知の呪いがかかっている」というとんでもない結論になり、私は頭を抱えることになったのだ。

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