第4話 競技上の理由と選手の想い
「拙者が一番謎だと思ったのは、陸上競技選手がお腹を出すことでござるな」
「ああ、これ?」
アミのトップスは異様に短い。いや、女子選手のほとんどが、肋骨まで見えるほどにギリギリの丈を使用していた。アンダーバストの下にゴムが仕込まれていて、そこから下の布地はない。
「これもやっぱり、空気抵抗を避ける工夫だな」
「ほう……?」
「胸の谷間と、その下あたりの空間があるだろ。ここって普通の服を着ていると、空気が溜まるんだよ」
ハンドルから片手を離したアミが、自分の胸の下あたりに三角形を描く。そこに布のくぼみが出来ると困る、という意味だろう。
「そういや、自転車レースだとどうなんだ? アタシは女子のロードレースとか見たことないんだけどさ」
「拙者が知る限りだと、だいたいお腹までちゃんとあるトップスを着るのが多いでござる。前にファスナーが付いている、ぴちっと張り付く服でござるな」
「へぇ。何でお腹を出さないんだろうな」
「おそらく、ロードバイクなどは前傾姿勢をとるからでござろう。上体を起こして走る陸上は、正面から風を受ける。ロードバイクは頭上からお尻に向けて風を受けるでござるからな」
「あ、そうか。胸から行くか頭から行くかの違いか」
競技ごとに、その選手にしか分からない事情はあるものである。いや、もしかしたら、その競技をしている人でさえ分からない事情があるかもしれない。
「そう言えば、アミ殿の水着が露出度低いのは何故なのでござるか? 陸上の時よりずっと肌の露出が少ないでござるが」
「ああ、あれな。素材がちょっと特殊なんだよ。水の抵抗を避けるために、ツルツルした素材を使ってんだ。だから速く泳げるんだ」
「ふむ。なるほど……では、その素材で全身を覆ってしまったら、もっと速いのでござるか?」
「いや、さすがに手足の先まで覆ったら、水を掴むことが出来ないから推進力を得られねーよ。あくまで推進力に関係しない胴体あたりの話に限定だ」
「む?」
「自転車に例えるなら、チェーンがヌルヌルするのは速いだろうけど、タイヤまでヌルヌルだったら転ぶだろ」
「ああ、なるほど」
妙な納得感を得るユイは、これまた思い出したように手を叩く。どうでもいいが今は自転車に乗っている最中で、ユイは当たり前のように両手をハンドルから離しているのだが、それでもコントロールが失われないのは練習のたまものか。
「そう言えば、自転車でも空力抵抗を減らすジャージがあったでござるな。ボルテックスジェネレーターという、つぶつぶが付いたジャージなのでござるが……」
「お、それはいいな。レーサーはみんな使うのか?」
「いや、UCIに禁止されたでござる」
「あー……水泳で言うところの、レーザーレーサーみたいなもんか」
新技術が完成したとき、それを受け入れる体制が整っている競技は少ないらしい。とはいえ、
「靴下の件とは違って、こちらは効果に個人差があまりないはずなのでござる。みんなで使えばいいだけの話なのに……と考えると、どうもモヤモヤするでござるな」
公平を期すため、という理由なのだろうが、それに対しても色んな考え方があるものだ。ルールが作られている背景には理由があるはずなのだが、その理由に全ての選手が納得するかどうかは別問題であるらしい。
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