第2話 陸上競技用ユニフォーム
――その日の下校時刻のこと。
「――ってことがあって、結局着替える時間も無かったってわけだ」
通学用自転車を停めたアミは、同じ自転車通学のクラスメイトにそんな説明をした。
防犯用システムの都合上、生徒たちを学校から追い出す時間は決まっている。ので、アミは更衣室を使う時間も無いまま、門の外へと追い出されたわけだ。
「それは困ったものでござるな」
「だろー。酷い話だよな。ユイ」
「いや、拙者はアミ殿ではなく、学校側に同情したのでござるが……」
ユイと呼ばれた少女は、一般的な女子高生の姿と声に似つかわしくない、どこの漫画から影響されたのかもわからないサムライ風の言葉遣いでアミと喋る。それが彼女にとっていつもの口調なのを知っているアミは、もう今更ツッコミもしない。
「それで、その格好で家まで帰るのでござるか?」
「ああ。この上からセーラー服着て帰ることも考えたけど、もう汗びっしょりだからな。このまま帰って風呂に直行のほうがいいや」
そう言ったアミは、セパレートタイプの陸上競技用ユニフォームでママチャリに跨る。
「相変わらず、露出面積の多い格好でござるな」
タンクトップから伸びる腕は、その筋肉のしっかりとついた肩を一切隠さない。なんで肩にしっかり筋肉がついているかと言えば、アミが水泳部も掛け持ちしているからだろう。どころか、本来は水泳部がメインで、陸上部がサブだ。
ブルマのせいで一切隠れるところが無い脚は、太ももの中間くらいまで日焼けしている。水泳部で着用する水着は、その太ももまで丈のあるタイプだからなのだろう。都合、今のアミは水着より露出度が高いということになる。
「こう言っては変でござるが……アミ殿。恥ずかしいと思ったことは無いのでござるか?」
「んー? この格好が?」
「う、うむ……」
ユイにとって正直、同性であっても気を遣う質問だった。
言い方ひとつ間違えるだけで、まるで陸上競技が恥ずかしいかのように思われかねない。あるいは彼女が恥ずかしい格好で外に出ていると指摘しているに近い。どちらにとられても、アミを傷つける言葉だ。
しかし、アミは細かい事を考えず、すっぱりと答えた。
「いや、全然。むしろ『見ろ!』って感じで着てる」
と――
「え? あ、えっと……そ、そんな趣味があったでござるか?」
「おいおい。何を勘違いしてんのか知らんけど、さすがにアタシも変な気を起こされると怒るぞ。……そうじゃなくて、アタシが鍛えた肉体とか、アタシが所属しているチームのロゴとか、そういうのは見てほしいって事」
彼女にしてみれば、それは自分が理想とした姿。自ら望んで体を鍛えて、努力の末に手にした肢体なのである。その努力の結晶は、言ってしまえば作り上げた作品そのもの。
それを恥ずかしがる必要などないのだろう。堂々と見せればいい。
そういうふうに考えるのが、アミだった。
「そんなものでござるか?」
「まあな。つーか、ユイだって自転車で結構鍛えてるだろ。そういうのを見せたい時ってないの?」
「うーむ……拙者はレースとかはやらないでござるからな。まあ、でも理解はできるでござるよ。拙者もたまに頑張って可愛い服とか揃えた時、見てほしい願望はあるでござる」
「そうそう。そんな感じだよ」
「……もうちょっと突っ込んで訊いてもいいでござるか?」
「なんでも」
ユイのかしこまった態度に、アミは軽く答えた。いまさら二人の間で遠慮など要らない。そうアミは思っていたのだ。むしろ、ユイが何か遠慮を感じることの方が寂しいくらいだった。
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