LV6 ボスの大蛇
アタルの言う通り、ボスエリアまでの道は単純で罠も、強敵になるモンスターがいなかった。
ボスエリアの扉、巨人が出入りしそうな大きさ、ここで間違いないだろう。
他のダンジョンの扉もそれくらい大きかった。
「いいですか? あいさん、先制攻撃をお願いしますね」
「はい、アタルさん」
「毒になったら、退かせてもらうぞ」
快諾するあいに俺が念を押す。
「ええ。援護してくれれば充分です」
「あたしはアンタに指図されるいわれはないわ」
「どうぞご勝手に。僕の話を聞いてくれるとは思ってないですから」
あいが反発的な態度を取って、アタルを警戒する。
俺たち全員の調子を見たアタルが扉に手をかけた。
「では、行きましょう」
扉から重い音がし、俺たちも中に入る。全員が中に入ると、扉が自動的に閉まる。
一度入った以上、ボスを倒すか、やられるまでは出られない。
ボスフロアの内装は一見、まるで生贄を捧げるかのような祭壇が真ん中にあり、そこへと続く道以外の周りは湖だ。
一応聞いておこう。
「リン、大丈夫か?」
「HPに影響はないんだけどね。ただ、火属性の攻撃が弱まるわ」
「水場にいることが、か?」
「うん。水場で使おうものなら、威力半減以下よ」
なるほど、リンには厳しいフロア、か。
確かに、リンと戦った時、火属性を簡単に打ち消せたわけだしな。篭手の力もあるけど。
「【アルトロン】は?」
「多分、召喚できない……」
うん、わかってた。
流石の火龍も水場じゃ海蛇以下か。
口にしたら怒られるだろうから出さない。
これは、アタルを当てにするしかないわけか。
湖が波立ち始めた。俺はアタルに目で確認した。やがて、アタルが呟く。
「来ますよ」
「どこから?」
「湖の底からですッ!」
その言葉と同時に、水面から頭を突き出して現れた緑の大蛇がこちらを見つめた。
「……おかしいですね?」
「なにがッ!」
「あの蛇、前会った時は白色でしたのに……」
「色違いなんて、どこのモンスターゲームだよ。ベレッタで様子見だッ!」
「お待ちくださいッ! 迂闊に前へ出ては――ッ!」
アタルの制止を振り切って、俺はベレッタ二挺で大蛇に大蛇を迎撃していく。
15発ずつの弾丸を大蛇の目や口の中などを撃ってみたが、これといったダメージが見受けられない。HPもほんの少ししか減っていない。
「どういうことだ……?」
「一度退いてくださいッ! 僕が攻略したのとは違うッ!」
アタルが慌てた口調で撤退を促す。
俺は聞く一方で、リンは無視して突撃した。
「リンさんッ!」
「そんな豆鉄砲より、あたしの青龍刀でッ!」
リンが青龍刀をぶんぶん回して炎の斬撃を大蛇に連続で浴びせる。
しかし、HPゲージが全然減っていない。俺がベレッタで減らしたよりも与えたダメージが低い。
「リン、退けッ! そいつ、ピンピンだッ!」
「うそッ!?」
そんなこと言っている間に、大蛇は水を上空へ噴き出し、雨のように降り注いだ。
ずぶ濡れになっていく俺たちに、あいはヘカートで射撃に入った。
「いけッ!」
弾は大蛇の目の下に着弾した。それを受けてか、大蛇の目があいに向けられた。
大蛇はにょろにょろとあいへ向かって前進していく。
それを見て、あいは後ろへ下がっていく。
アタルが、細い目を見開いてあいに声を上げる。
「いけないッ! それ以上は下がらないでくださいッ!」
アタルが言った直後に大蛇の尻尾があいの身体に巻き付いていった。
「「あいッ!」」
「あいさんッ!」
あいの身体は両腕ごと身体を巻かれているため、ヘカートを使うことができなかった。
「大丈夫ッ! これでッ!」
左肩のキャノン砲が火を噴いた。キャノン砲は上下に傾けて動かせる。
しかし、身体をきつく巻かれているせいか、左右には動けないらしい。
「僕があの大蛇の気を引きますッ! いや、毒のブレスが来ますッ! 避けてッ!」
アタルが大蛇の前まで跳んでいったから気づいて注意した。
俺は咄嗟に水の中へと飛び込んだ。
リンはどうしているのかはわからないが、黙って受けるほどおとなしい性格でもあるまい。
さて、水中に潜ったはいいが、どうしたものか。
水上には毒の霧が広まっている。あいはおそらく毒状態になっているだろう。
アタルがどうやって気を引かせているのかはわからないが、あいを救うには尻尾をどうにかしないといけない。
水中じゃ銃火器は使えないし、やはり刃物か魔法でどうにかするしかない。
俺は水中戦で尻尾からあいを取り戻すことを決めた。
幸い、水中戦でしかできない技を一個だけ習得していた。
「【凍水刃】ッ!」
水中を伝って渡る氷の刃。
水場がある限り射程、威力は伸びていく。
水中で凍った刃を使って、尻尾を斬っていく。
結果的に尻尾の肌に切り傷をつけただけだが、ベレッタで撃つより手応えはあった。
尻尾に明らかな動揺が見られた。
同時にジャポン、と水中に人が落ちていった。
さっき尻尾に巻かれたあいだ。HPゲージは半分近く、しかも徐々に減っていっている。
毒を受けているのだ。俺は急いであいの元へ泳いでいった。
状態異常の回復魔法を唱える。
「【アンチアブノーマル】」
あいの解毒はできた。HPの減少は抑えられた。
あいが気を取り戻すと、水中でジタバタしていた。
彼女が何を言いたいのかはわからなかった。
水中用の会話スキルを持っていないからだ。
この手のスキルはスキルショップにて獲得できるのだが、あいが来てからというもの水中戦を想定していなかった。
なので、俺があいへ一方的に伝えるしかないのだ。
「毒の霧が弱まった。急いで浮上しよう」
あいはうんうん、と頭を縦に振って浮上する。
あいが浮上するのを見届けると、俺も浮上する。
水面から頭を出した俺たちは、ひとまずの戦況を確認する。
アタルが一人で大蛇とタイマンしていた。
いや、少しアタルの方が有利か。
大蛇から発した水のリングを躱し、鎖で常に大蛇の頭上を陣取っていた。
そして、頭上からの投擲ナイフによる連続斬撃。
流石、大口を叩くだけのことはある。
とはいえ、最初のアタルの反応から察するにイレギュラーな存在だったか、アタルのHPも思いの外削られたようだ。
圧勝とはいかないだろうし、ボスのHPが下がれば強化していくのは間違いない。
そうなった時、アタルがピンチになるのは間違いない。
こうなった以上、俺たちで手伝えることは全力でやろう。
「どうすんの?」
「アタルの援護に回ろう。奴が大見え切って言ったのはきっとこいつの通常版だ」
「どういうこと?」
「強化された方が出て来たってことだよッ!」
「じゃ、ピンチじゃんッ!」
「さっきまでのお前を振り返ってみろッ! どう考えてもピンチだろッ!」
HPが半分減っているのに自覚がないのか。
あれ? そういえば、リンは?
「ねぇ、さっきから思ったんだけどさ」
「なんだ? 今、リンを探して……」
「さっきからさ、あの蛇なんだけど、水上でしか攻撃してきてないよね?」
言われてみれば……。
あいを倒すのであれば、尻尾ごと水中に漬け込めばいいのに。
そうすれば、溺れていくだろうに……。
「もしかして、なんだけど、弱点が水中にあるんじゃない?」
「まさか、そんなことが……」
そんな単純なことがあるのか、そう否定したいが、口に出さなかった。
そこまで複雑なことか、と。
言われてみれば、アタルと戦っているのは頭だけで、尻尾での追撃はない。
さっきのあいに対しても、尻尾で掴んで大きな口でパクリとすれば、それで済むはずだ。
もし、頭と尻尾しか水上から出せないとしたら、その胴はいったいどうなっているのか?
試してみるか、俺はあいに一発の氷弾を渡した。
「あい、この【フリーズピアス】を使って」
「フリーズ……ピアス?」
「別名、水中凍結貫通団。水中で弾道を凍らせながら貫通弾だ」
「それ、どうしたの?」
「ああ、ソロでやっている時にドロップしたんだ。一発しかないけどな」
「一発……」
「俺が潜って、奴の弱点を探ってみる。見つけたら発光して合図を送る」
「だけど」
「頼む、パーティの運命を握ってんだッ!」
幸い、いや必然か。大蛇の頭はアタルに夢中になっている。
あいに向けられる敵意はない。
だからこそのチャンスだ。
リンのことは気がかりだが、今は大蛇を倒すことに集中しないとッ!
「大蛇の弱点をお前が撃つッ! それしか道はないッ!」
「わかった。エスコートお願いッ!」
あいに相槌を打つと、俺は再び水中へと潜った。
俺は大蛇の胴体目掛けて潜行していく。
深く、深く、水の青い色素が濃くなっていき、遠くのものが見えなくなっている。
「ちッ! 思ったより早くッ!」
大蛇の尻尾が俺を狙ってきた。だが、こっちはAGI300越え、そんじゃそこらの攻撃は効かねぇぞッ!
「当たらないわけだぜッ!」
尻尾に小太刀でカウンターを浴びせる。尻尾の先が斬り落とされ、尻尾は退いていく。
俺はその隙に大蛇の胴体へと潜行していく。
その視線の先に、水中だというのに炎が弱々しくも周りを照らしていた。
まさか、だがな。
「リンかッ!?」
「エッジ、来たのねッ!」
どうやら水中会話のスキルは持っていたらしい。
「エッジ、ここの模様、見えるッ!?」
リンは俺に大蛇の胴体の不自然に描かれたマークのような模様を青龍刀で差した。
「……マジかよ」
「なにが?」
「いや、あいの言う通りだと思ってな」
あいの推測はバッチリだ。これが弱点だとしたら、天才的な閃きと言える。
「あいが? そういや、あいは?」
「あいは水中会話持ってないから、地上で待機してもらっている」
「待機?」
「そこからここへ狙い撃ってもらうッ!」
「ここまで狙い撃つ? そんなの、無理じゃないの?」
「安心しろ、【フリーズピアス】を一発用意してある」
「それでも無理よッ! あの模様、いつまでも動くものッ!」
確かに、模様のある位置を移動している。いかにも当てられたくないと言った感じだ。
「逆に動かなかった時ってなかったか?」
「それはあったけど、尻尾が邪魔して――ッ!」
「それだッ!」
「それ?」
「尻尾が動いている時は動けないんだッ!」
「どういう理屈よ……そんなの――」
「頭はアタルが引き受けている。尾は俺たちが引きつける。そうすりゃ、両端が伸び切った蛇の胴体はがら空きだッ!」
そうすりゃ、動くこともないだろう。
「なるほど、どうする気?」
「チャンスの時に【アクアトーチ】を模様に張り付ける。だから――」
「あたしに囮になれってこと?」
俺が囮を引き受けながらやってもいいが、正直、尻尾に追われながら【アクアトーチ】を設置するのは厳しい。
「頼めるか?」
「やるしかないんでしょ? ただし、確実に仕留めなさいよッ!」
「あいに言ってくれッ!」
すると、ちょうどよくあいからチャットが届いた。
『アタルさん、HP赤になっちゃったよッ! まだなの? リンも見当たらないしッ!』
「リン、心配されてるぞ。よく息が続くな」
「これでも、泳ぎと潜水は得意なのよ。って、チャンスが来たっぽいわ」
それなのに、火属性が得意とは……。
俺が斬り落とした尻尾は再生されて、再び攻撃態勢に入る。
「リンッ! 頼んだッ!」
「わかってるッ! そっちこそ頼むわよッ!」
「おうッ!」
リンが俺に向かって突き進んでいく尻尾を青龍刀で邪魔をする。
水中にいるのもあってか、火属性の攻撃があまり通らない。
地上ならば斬り落とされている青龍刀の切れ味が悪くなっている。
だが、尻尾をリンが引きつけたおかげで俺は水中の光源【アクアトーチ】を模様に張り付けることに成功する。
頼む、あいッ!
しかし、俺の当初の目論見が外れたか、模様の位置が移動していった。
頭の方でなにかあったのだろう。アタルを責められない。
「リン、お前は地上に上がれッ!」
作戦は失敗した。模様は動き始めていて、予想が付かない。
凍っていく弾道が、突き進んでいた。
やはり、失敗か。
そう思ったその時、リンが【アルトロン】で水中に二頭の火龍を召喚する。
「どうする気だッ!? リンッ!?」
「尻尾を引っ張るだけならッ!」
リンが二頭の火龍に尻尾を引っ張り上げていく。
おかげで模様がぶれずに固定するようになった。
模様が弾丸に吸い寄せられていくように移動していくように見えた。
もしかして、これは……。あいのビギナーズラックが働いた作用か?
リンが火龍で模様の位置を固定させたのも……。
氷の弾丸が綺麗に模様へと着弾していった。
着弾した模様の皮膚は大きく風穴があき、大蛇の身体が大きく水中を揺らしていた。
「リン、上がるぞッ!」
「ええッ!」
俺とリンは素早く水上へ向けて浮上しだした。
再び水面から顔を出した俺と長らく潜り、久しぶりの空気を吸うリンは、水から地上に這い上がった。
あいがヘカートを抱えて俺たちのところへ駆け寄ってくる。
「エッジ、リン、大丈夫ッ!?」
「ま、なんとかな」
「ま、なんとかね」
俺は祭壇の上で戦っているアタルを見守っていた。
弱点を突かれた蛇は祭壇の上に頭を寝転がっている。
アタルはぶつぶつとなにかを言っている。
俺とリンは助太刀しようと足を動かそうとしたら、アタルが心配無用、と言わんばかりに手で制した。
俺たち三人は、アタルがなにをしているのか見当がつかなかった。
だが、あの目は止めを刺すときの構えだと理解できた。
「……龍の血を浴びた顎よッ! 我が前の供物を喰らいつくさんッ!」
アタルが初めて見せる大技。おそらく、他の者の前では見せてこなかったスキル、いや、ドライブなのか?
アタルの背後から、八頭の蛇が顔を見せ始めた。
「【八岐大蛇・贄喰らい】ッ!」
どれも黒の身体、碧の目をした蛇たちが目の前の大蛇を喰らい始めた。
大蛇のHPゲージが赤から徐々に減っていき、やがてなくなっていった。
モンスターは光へと変わっていき、何かが落ちる音が聞こえた。
「なんだ? 何が落ちたんだ?」
俺たち三人は慌てて祭壇の上まで上っていった。
「皆さん、色々とご苦労様でした」
「それより、何が目的だったのよ? ここのドロップアイテムみたいだったけど……」
「いいですよ。あなたたちのご助力のおかげですからね」
そう言って、俺たちにドロップしたアイテム、紫色の二刀のナイフを見せた。
【毒蛇のダガー】×2 付与:毒 STR40×2
毒が付与される短剣、か。
なんつーか、欲しいとは思えないな……。
「皆さんにご相談があるのですが――」
「いらん、持ってけ」
「あたしも。いいわよね、あい?」
「うん。わたしたちだけで倒したわけじゃないし、使ってください」
おそらくだけど、俺ら三人、そんな不気味な物持ちたくない、って意思が疎通しているかも。
「ありがとうございます。あなた方を連れてよかった」
でも、こっちはタダ働きのような気もするが、まぁいいか。
祭壇から転移門をくぐって、洞窟の入り口に戻ってきた。
「いやいや、今日は本当にありがとうございました」
アタルが深々と頭を下げる。
「全然気にしてねぇ、って普段なら言ってやりたいがな」
「あたしたちに、報酬ぐらいはくれてもいいんじゃないかしら?」
「わたしはいいですよ。ヘカートのお礼ですし」
「まぁまぁ、落ち着いてくださいよ。三人分の礼は取ってありますよ」
お礼、ねぇ。いったいなんだ?
「こちらのメダルをプレゼントしますよ」
あいが首を傾げながらメダルを受け取る。
「メダル?」
このメダル、確か――ッ!
「これ、限定クエストの報酬じゃないッ! 確か、一枚――ッ!」
相場を言いかけた俺を、アタルが自身の口に指を当てて黙らせる。
「ま、今すぐ市場に回さないことをお勧めしますがね。とある方からの頂き物なのでね」
「ホントにいいのか? レア物、と呼べるレベルじゃないぜ?」
「いいんですよぉ、僕には猫に小判ですから」
誰が猫だ、誰が。
「そんなにすごいものなの? これ?」
あいがメダルをまじまじと見つめる。誰かに見つかる前にしまわせるか。
「大っぴらに見せびらかさない方がいいと思うぞ。多分、狙ってくるやつが出てくるから」
「もしかして、サスペンス的な勢いで襲われるかもしれないのッ!?」
「ま、そうならんように大事に取っておくんだな」
「はぁい……」
あいとそんな会話を繰り広げている間、俺たちに背を向けて離れようとした。
「それでは僕はお暇させてもらいますよ」
「もう行くのか?」
ま、止めはしねぇけど。
「えぇ、ここの情報をまとめる必要があるのでねぇ」
「そう。ならあたしたちはあたしたちで行動するわね」
「どうぞ、ではこれで」
アタルは腕から森に向けて鎖を放ち、そのまま跳んでいった。
「さて、鬼の居ぬ間に洗濯といきましょ」
リンの奴、随分スッキリした顔を見せてきやがる。
「ここから鉱山街までどこなの?」
「そこを真っ直ぐ。でも、モンスターを倒してドロップアイテム欲しいから――」
「わかった。回り道しよ」
アタルの次はリンか。
「まったく、いなくなったと思ったら、今度はお前に振り回されるのかよ」
「いいじゃない。タダで働かせるわけじゃないし」
「確かに、あいつの言うことを聞くよりはいいかもな」
それからというもの、今日だけじゃなく、リンは俺とあいのパーティに加わることになった。
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