LV4 リン
プライベート空間の宿屋の一室で俺は部屋に備えてあったジュースを開けて、アタルに単刀直入で訊いた。
「あの決闘のギャラリー、お前が?」
椅子に座っているアタルは否定しなかった。プライベート空間に聞き耳を入れる奴はいない。
「ええ、別端末で見ているのを除けば、一部は僕が呼び込みました」
「一部?」
そう言ってビラを見せてきた。こいつ宣伝までできるのか。
「もう一部はですね。リンさんが呼んだんですよ。残りは風の噂で聞きつけたのでしょう」
「リンが?」
リンが呼んだのか……もう一部は野次馬ってところか。しかし、リンがどうやって呼び込んだのだろう?
「リンさんがですね、決闘相手ができたから呼び込んでくれって言ってきたんですよ。それがあなただとは、正直僕は驚きました」
「お前が驚くなんてな」
意外なことがあるもんだな。こいつが驚くとは。いつも人を喰っているようなこいつが。
「ええ、驚いたのはあなたってソロプレイが好きだから、こういうのに興味がないんじゃないかって。もう一つは、リアルで約束を取り付けた。ということです」
「そんなにおかしいことか?」
確かに最近はあいと一緒に行動しているが、ソロプレイは好きだ。決闘だって細かいことは今日初めて知ったことばかりだ。リアルで約束を取り付けるのも珍しいもんな。
「ええ、リンさん、ここでは結構な大富豪なんですよ?」
「そうなのか?」
だから金を使って宣伝を? しかし、わからないことは残ったままだ。
「ええ、なんでもドロップアイテムを売り出しているんだとか」
「ドロップアイテムってLUCに影響を受けるんじゃなかったか?」
【ナタク】のLUCはD、ドロップ率は低いだろうに。
「ええ、そこはリンさん、プレイヤーからドロップアイテムを買いつけているんですよ」
「へえ……」
俺は宿屋の冷蔵庫にあったジュースをまた飲み干した。
「僕の奢りだからって飲みすぎじゃありませんか?」
ここの奢りがアタルになっているから思う存分飲ませてもらうぞ。
「いいじゃん、どうせリンの話だろ?」
「安心してください。渡すものだってありますから」
そう言うと、アタルは俺の手に金の詰まった袋を出した。
「……これは?」
「本日の決闘のファイトマネーですよ。意外に盛り上がりましてねぇ。賭け金も、多くて多くて……」
俺はそれを受け取ると、ズシリと重みと、ギッシリと袋に詰められたお金を凝視した。
「それで、アンタもおこぼれをもらっていると」
それなら、こいつが宣伝したのなら納得、と思ったが、いやいやと手を振った。
「エッジさんたちほど貰ってませんよ? ファイトマネーって勝ち負けには影響しますけど出るでしょう? 特に、客の数に応じて出される額も大きくなるんですよ」
そんな仕様だったのか……。初めて知った。
「やったことないからわかんないよ。貰ったのなんて初めてだし……」
「まあ、今回の決闘はリンさんが主催したわけですから、リンさんからの代金ということになりますかねぇ」
あいつからの代金、ねぇ……。
「……そうか」
コンコン。優しいノックの音が聞こえる。メッセージウィンドウが出てくる。
『リンを入室させますか?』
「どうします? エッジさん」
「入れてやれ、興味が湧いたところだ」
俺は『はい』のボタンを押した。すると、リンがドアを開けて入ってくる。
「お邪魔します……」
「どういうつもりか、とりあえず向かいのベッドに座れ」
「うん……」
いやに素直だな……。昼はあんなに自信満々だったのに、なんだ?
「これ、僕はもう邪魔ですかね?」
「ええ、リアルの話になるから……」
潮らしい表情のまま、リンはアタルに告げた。
「そうですか。それでは二人とも、お楽しみをどうぞ」
「フレンド解消すんぞ」
アタルは逃げるように部屋を出ていった。
「ねえ、鋭次」
「エッジだ。プライベート空間だからって、リアルの名前を呼ぶな」
俺は気をつけろ、と言ってリンに注意した。
「あたしとの決闘を受け取ってくれたのって、あの人をけなしたから?」
そういや、そうだったな。俺が決闘を引き受けたのは。
「……そうだけど」
俺が簡単に答えると、リンが金を詰めた袋を俺に渡してきた。
「なんだよ、これ……」
「今回、アンタを公衆の前で戦わせたことよ。それと詫び代」
「それで済むと思ってんのか?」
俺は怒りを込めながらリンに尋ねた。
「だったら……」
「待てよ。そんなことより、言う言葉があるんじゃないのか?」
リンが追加の金を渡そうとするのを止めて、リンにある言葉を言わせるように促した。
「……ごめんなさい。あなたの好きな人をけなして……」
それを聞いて、俺はやっと胸を撫で下ろした。
「それでいい。だからこのお金は――」
「いいの、それは貰ってくれると助かるの」
「どういうことだ?」
ファイトマネーだけでも充分だ。だから、リンにお金を返そうとする。しかし、リンも受け取ろうとはしなかった。
「あなたのこと、見世物にしたから……だから、それが漏れてしまったお詫びよ」
「別にいいのに……」
どうせ攻略サイトに載っていることだし、情報屋のアタルに話しちゃったし。
「よくないわよ。こうでもしないとあたし……」
「罪滅ぼしで金を受け取ってもな、嬉しくねぇんだよ」
こういったお金のやり取りは関係を壊すこともあるんだ。リンにそう悟らせる。
「……」
「だから、これは返す――」
「いいの。やっぱ貰っといて。アンタを見世物にしたあたしなりのツケだから」
断固として返金を受け付けないリンは、STRの強さを利用して俺に押し出した。
「しかし、こんな大金。稼ぐの大変じゃないのか? 経営しているみたいだが」
「大丈夫よ。あたしの店はそんなことで傾くほどやわじゃないわ」
「そんなこと、という金には見えないんだけど……やっぱり……」
受け取れない。このお金は。そもそもの話を訊かせていただきたい。
「なんで俺と決闘しようと思ったんだ? 勝って、店の広告に回るつもりか?」
「違うわ。ただ、力比べしたかっただけなの。そしたら、アタルに勧められて――」
「あの、金の亡者めッ!」
あいつ、覚えてろよッ! フレンドを簡単に売りやがってッ! ってか、あいつが焚きつけたのが原因じゃねぇかッ!
「それで? 俺に勝ってどうするつもりだったんだ?」
「ちょっと、お願いを、ね」
「お願い? なんだよ?」
「いいわよ、負けたんだし」
「いいよ。勝ち負け関係なしで。聞ける範囲だったら聞いてやる」
リンはしばらく黙った後に、照れ臭く頬を赤く染めながら切り出した。
「じゃあ、お願いだけどさ、あたしとフレンドになってくれない?」
大富豪とフレンド? なんでそうなるんだ?
「お前ほどの者なら、フレンドが多そうだが……リアルにもいるんだろ?」
プライドは高めだが、優斗から訊いた限り、フレンドリーなこいつなら、俺の必要性なんて。
「うん、だけどここの世界だとあたし独りぼっちなんだ。周りの人たちはあたしを利用しようとする人ばかりで信用できないし、強い職業とドライブがあるから、最初は平気だったんだけど……」
「アタルは?」
あいつとも面識があるのなら、フレンド登録していそうだが……。
「あたしのことを金づるとしか見てなさそうだったから」
「俺も断っておけばよかったと思っているんだが、情報屋だし……」
今でも葛藤しているのだ、フレンド解除しようかと。ただ、フレンドだからってまけてくれることがあるし……。
「だから、お願いッ! いえ、お願いしますッ!」
リンがツインテールを揺らしながら上半身と頭を下げた。俺にそこまで下げる必要性はあるのか?
「顔上げろ。なる、フレンドになるから」
すると、パッと明るい笑顔が俺を照らしていく。
「ホントッ!? ありがとうッ!」
しかし、明るい笑顔も束の間、戸惑いを見せはじめた。
「フレンドの登録の仕方、わからないんだけど……」
俺はそれを聞いて、やれやれと教えようと思ったが、普通に教えたのならまたお金でフレンドを集めそうだ。
「お前、手を握れるか」
少し恥ずかしいが、手っ取り早い方法でも教えてやるか。
「ええ、握ればいいのね?」
リンは小さな手で俺の手を握った。ほのかに暖かい、火属性の技を多く、は関係ないが、とにかく温かい手が俺の手を握り締める。
「この手はあくまでも簡略化した一種の方法だ。通常の登録方法は後で調べてくれ」
なんだか、身長差はあってもリンと顔を近づいたせいで照れ臭くなってしまったな。自分から差し出しておいてなんだが……。
『この二人はフレンドに登録しますか?』
すると、しばらくしてナビゲーションウィンドウが現れる。
「後はお前が押せ。初めてだろ?」
「うんッ!」
こうして、俺とリンはフレンドになったのだ。
「――とまぁ、こんなことがあったんだ」
そして現在、リンとの出会いを色々(主にあいに関わるところ)省いて話し終えた。
「へぇ。熱い話だねぇ。でも、そんな大金持ちとフレンドになるなんて幸運だね」
「ああ、この状況を見なければな……」
相変わらず、客が入ってくる気配がない。話している間も気をつけていたが、ほとんど通り過ぎて行った。前、招待された際は、行列ができていたのに……。
「あー。どーしよぉ。今日はもう閉店しようかなぁ」
リンもやる気がない。いったいどうしたんだ?
「お前、素材を売ってくれる客が来るかもしれないから待ってろよ……」
「その客、別の店に行き始めたの……」
「素材を買いに来る客が……」
「素材がないのよ……」
なるほど、つまりは売り手がいなくなって、買い手も来ないから閑古鳥が鳴いて、こんなだらけたんだと。落ちたな……。だが、今の俺たちの状況、これもあいの【ビギナーズラック】の影響かな。これはツイてる。
「なあ、お前ドロップアイテム欲しいんだよな?」
「ええ、そうよ。どれだけ集めたか知らないけどね」
よし、稼げる。
「金はよほどあると見ていいよな?」
「アンタのLUCじゃ、どうせ雀の涙程度でしょ?」
そんじゃ、雀の涙とやらを俺からでなく、あいから出してもらおう。そのつもりで来たしな。
「あい、アイテムの【銀鯖の鱗】を出してあげて」
「うん、とりあえず――」
あいはドサッと袋に包まれたアイテムをカウンターに置いた。それはだらけていたリンがピンと目覚めさせる衝撃の音でもあった。
「ちょっと待ってッ!? ドサッて音しなかったッ!?」
「したけど、少ない?」
「待ってッ! その袋の中見せてッ!」
リンが立ち上がって駆け足であいが置いた袋を開ける。その目には銀色の鱗が外の光を受けて輝きが写っていた。その一枚を摘まみ上げてはそれが本物であると確証する。
「ちょっとどういうことよ……ッ! 全部、防具の素材になるような代物じゃない……ッ!」
あいは吟味しているリンに恐る恐る尋ねた。
「あのー、リンちゃん?」
「リンって呼んで、先輩」
「だったらわたしのこともあいって呼んで」
「……なによ、あい」
少し照れ臭そうにあいの名前を呼ぶ。少し幼くも、年相応の女子のような顔を見せるリンは、鱗を置いてあいに顔を向けた。
「どれくらいで買い取ってくれるかなぁ。なんて……」
「そうね、これでどう?」
ちらりと見えたが、結構な大金だな。
「もう一声」
「なら、追加で出すわ」
おいリン、あいは今の冗談で言ったんだぞ。
「よし、売ったッ!」
あい、欲を出して金を巻き上げたな。まあ、大金持ちということを言ってしまったし……。
「とりあえず、一種類は確保、ね」
いいのかよ。金持ちとなると安い買い物だったのか、店を機能させたいからかはわからんが……。少なくとも、俺に渡した金よりは多かったな……。欲しいとかじゃなくてさ。
「他にも【トレントの肥料】とか【深緑の薬草】とか……」
「はい? そんなにあるの? 採取した分じゃなくて?」
「こんなにあるよ……よいしょ」
二つの袋がストン、と音を鳴らした。量が量だけに元が軽くても音は鳴ってしまったのだ。
リンは、二つの袋の中身を調べ出した。二つともレアなものではないにしろ、これだけの量だ。あいと一緒の冒険で得たドロップアイテムの量は、今までのソロプレイで得た量とは比較にならない。
「これ、ホントに売ってくれるの?」
「うん、弾んでくれたし」
リンの見開かれた目であいをまじまじと観察している。
「……アンタ、職業は?」
「えッ? 【メカ少女】だけど?」
「【メカ少女】ッ!? あたしの【ナタク】より幸運が低いんじゃないのッ!?」
【メカ少女】も攻略サイトに載っていたな。他にもいるんだろうか?
「それは……そうだけど」
あいの【ビギナーズラック】を探ろうとしてる。
「リン、あまり探らないでくれ」
「いや、でも……」
あいの【ビギナーズラック】は攻略サイトにも載っていない。こんなやり取りで勘繰られては……ッ!
「あい、ドライブはなんなの?」
「リン、もうその辺に……ッ!」
あいは止める俺を手で制し、リンにドライブの能力が載っているウィンドウを見せた。
「いいよ、これ」
あいが見せたウィンドウに、リンは絶句した。
「な、なんなの、このチートドライブは……ッ!?」
「どうかな? わかってくれた?」
リンが頭を下げ始めた。謝ってんのか、頭が痛みだしたか知らないが。
「ごめん、問い詰めて……」
どうやら、謝っているみたいだ。プライドの高いこいつがこんなこともあるもんだ。
「いいよ。見せただけだから」
あいは平然と答える。
「あい、このことはこれっきりにしてくれよ。今まで通り安全に楽しみたいなら」
あいに注意をした。あいはまだこのドライブの力の大きさに気づいていない。
「わかったよぉ。気をつけるからさ」
「だと、いいけど」
あいに少しわかってもらったところで、リンが店の設定をしていた。
「なにしてんだ、リン?」
「あたしも冒険に出る」
「はぁッ!?」
俺が驚いていると、店のドアに閉店の看板が出た。
「いいの? 店が儲からないんじゃ……」
「いいのよ。アンタら、どこか行く予定は?」
こいつ、まさか――。
「ノームの鉱山街だよ」
「わかったわ。それじゃ、一緒に行きましょ」
やっぱり、ついてくるつもりか。俺が溜め息を吐く。
「そっかぁ、じゃあよろしくね」
そして受け入れて呑気に喜ぶあい。大丈夫かな、このパーティ……。
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