Chapter03:星の王子様④

「――!」


 遠くから、誰かの声が聞こえる。


 ――誰だろう。ずっと呼んでるみたいだ……。


 何だかずっと、長い悪夢を見ていたような気分だ。


「――! ――――!」


 誰が呼んでいるのだろう。ボクに、何を言いたいのだろう。


 少しずつ、記憶が鮮明になっていく。


 ――ボクは確か、さっきまで……。


「ミオ! 返事してミオ!」


「……」


 よく知っている、彼女の声。


 ゆっくりと瞼を開くと、そこには見慣れた女の子の顔があった。


「……チトセ?」


「ミオ? 良かった起きてくれて!」


 がば、と女の子……チトセがボクに抱きつく。


 声は震えていて、時々洟をすする音が聞こえた。


「……心配したんだから。急に倒れて、起きなくなって……もう二度と目を開けないんじゃないかって思って……!」


「そうか……ごめん、心配かけたみたいだね」


 半泣きになっているチトセの頭を撫でながら、辺りを見渡してみる。


 そこはやたら殺風景な部屋だった。


 中央ががら空きになるよう机や椅子はどけられて、黒い布が掛けられている。


 ずらりと並んだ黒ずくめの部員達には見覚えがあり、ボクはようやくそこで全てを思い出した。


 ――そうか、ボクはオカ研の視察に来て、そこで昔のことを思い出して……。


「……ここは?」


「オカ研の部室だよ。アタシら全員、葛木が倒れた後でひとまずここに連れてこられたんだ」


「倉持先輩……」


 声のした方を見ると、倉持先輩が椅子に鎖で縛られていた。流石に動けないからか、今の先輩はやたらと大人しい。正直今まで気が付かなかった。


「……何で先輩は縛られてるんですか」


「葛木が倒れた後で暴れたら縛られた」


「そうですか……」


 何ともまあ、先輩らしいといえば先輩らしい理由である。内臓はまだあるみたいだ。


 ずらりと並んだ部員たちの方へと視線を戻すと、黒い海が二つに割れて、一人の黒ずくめの女子がこちらへやって来た。


「あ、起きた……? 大丈夫……?」


 目深に被っていた真っ黒くてつばの広い帽子を取ると、血色の悪い肌と長い前髪から覗く真っ黒い目が見えた。


 にい、と口角だけを上げる様にした、引き攣った笑顔が作られる。


「だ、大丈夫?」


「……ええ、何とか大丈夫です。米良先輩」


 ボクがそう答えると、米良先輩は「ひ」と息を呑む様な声を上げて少し笑った。くつくつと喉が鳴り、枯れ枝の様に細い身体が「く」の字に曲がる。


 米良リツコ先輩。三年生で、オカルト研究会の部長だ。一年生の時に文化祭で少し縁があり、友達とまではいかないまでもそれなりに親しくしている先輩の一人だ。


 悪い人ではないし、むしろ面倒見の良い優しい人なのだが、如何せん外見が恐ろしいせいで三年生の中でも少し浮いている気がする。本人は全く気にしていないみたいだったが。


「さ、さっきは、あ、アンジュちゃんが、迷惑かけたみたいだね……ごめんなさい」


「いやはや、面目ない。これは流石に想定外だった、詫びをさせてくれ」


 脇から現れた水原先輩が頭を下げる様子を横目で見てから、米良先輩が再びこちらを見る。


「そ、それで、オカルト研究会の、調査だよね」


 にい、と米良先輩が目いっぱい口角を上げて、歪な笑顔を作る。


「よ、ようこそ、オカルト研究会へ。今日は……ゆっくり、していってね」


 米良先輩の目が、ボクと、倉持先輩と、チトセを順番に見ていく。


「ミオちゃんと、倉持さんと……それから、一年生の宇宙人ちゃんも」


「知り合いかい?」


 意外な繋がりだ、と思ってチトセの方を見ると、チトセはすぐにふるふるとかぶりを振った。どうやら知り合いという訳ではないらしい。


「ゆ、有名人だよ君。う、宇宙から、来てるんでしょ」


 それはそうだ。西宮会長達に自分は宇宙人だと公言している人間が有名人でない筈が無い。


 米良先輩はチトセのところまで移動すると、ひざまずいて両手を合わせた。そのポーズは祈りのそれに酷似していた。


 すう、と米良先輩が大きく息を吸い込む。


「――ようこそおいで下さいました。宇宙の姫君、深淵からの来訪者」


 ――この人普通に喋れたのか……!


 いつもは少しつっかえながら喋るので、すらすらと言葉の出てくる米良先輩にボクは少し面食らってしまった。


 まるで紙に書いたものを読んでいるかの様な速さと正確さでもって、米良先輩は言葉を紡いだ。


 オカルトに関するものであれば口調が変わるのだろうか、はたまた別の理由であるかはよく分からない。


「えっ、えっと……」


 米良先輩の突然の行動に、チトセが少し戸惑った様子を見せている。


 縋る様な視線がボクを捉えた。まだ少し潤んだ瞳が、ボクの方を見ている。


「ミオ……」


「大丈夫、米良先輩は取って食ったりしないと思うよ。……多分」


 絶対、と言い切れないのが怪しいところではあるが、流石におかしな事はすまい。


 頷きながらそう答えると、チトセは嬉しそうな顔で頷き返して、例のポーズを取った。


「さあ! 遠からん者は音に聞き、近くば寄ってしかと見なさい!


 私はビッグブラザー星の第一王女! ゆくゆくは地球を手中に収める金枝玉葉きんしぎょくようの王者! ルーシー・チトセ・リーリエよ!」


 その言葉に反応して、黒ずくめの膝が次々に屈せられていく。


 あっという間にオカルト研究会の全員が、自称宇宙人のお姫様の元へとかしずいた。


「おお……! 凄いぞルーシー! なあ葛木ぃ、この一年オカ研の女王になっちゃったぞ!」


 嬉しそうな声を上げながら、倉持先輩ががたがたと椅子を鳴らしている。


 ――ああ、なるほど。確かにチトセはオカ研の好きそうな存在だ。


 自称宇宙人で、しかも学校の生徒の大半が名前もよく知らないのだ。オカ研やミステリ同好会が飛びつかない筈もあるまい。


 しかもオカ研は今、何となくチトセに従いそうな雰囲気をかもし出している。


 上手くいけば、チトセのお陰でスムーズに事は運びそうだ。


 チトセは米良先輩の前でぐんと胸を張ると、得意げな顔で口を開いた。


「貴女がここのリーダーね! 名前は何というのかしら?」


「米良リツコと申します。オカルト研究会の部長を務めております」


「米良ね、分かったわ! 今日はここの視察の為に、家来や家来の友達と一緒にやってきたの! この部室を見て回ってもいいかしら?」


「…………」


 米良先輩は、何も答えない。


 暫し沈黙が流れて、部員たちの間で小さなざわめきがさざ波の様にやってくる。


 ――ん? 何だ、オカ研はチトセに従うつもりじゃ……。


 そう考えるのと殆どタイミングを同じくして、米良先輩が音もなくすくっと立ち上がった。突然の動きに驚いたチトセが、一歩後ずさる。


「な、何?」


「お言葉ですが王女様、。オカルトとは、秘匿するもの。おいそれとお見せする訳にはいかないのです」


「私はビッグブラザー星の王女よ? 私に逆らうっていうのなら――」


 チトセの唇は、最後までその言葉を紡ぐことができなかった。


 米良先輩がさっとチトセの手首を掴み、ほぼ同時に水原先輩がチトセの肩を押える。


 身動きの取れなくなったチトセが、困惑しながらもぞもぞともがいた。


「えっ、なになに?」


「アンジュちゃん、どう?」


「ふむ、見てくれは地球のヒトと変わりないな。血管も青く見えるが、これは肌の質が分からなければ血の色までは分からないね。血は触媒になるかもしれない。髪も興味深いな」


「あ、青か、む、紫なら、使えそうだね」


「うむ。とにかくボク達には触媒が必要だ。悪いね女王様、ボクは君に敬意は払うけど、従う訳じゃないんだ」


「やだっ、やめて! 助けてミオ!」


「なあ、別にそんな事しなくても――」


「ちょっと先輩、悪ふざけが過ぎますよ!」


 気づけばボクは立ち上がってそう叫んでいた。ボクの足はずかずかと大股に水原先輩の方へと向かい、ボクの双眸は先輩を睨んでいる。


 思わず、という表現が一番しっくり来る。その時頭は不思議と冷静で、冷たい頭でボクはそんな事を考えていた。


 いつもは完璧に制御できる身体を、現在ボクは全くと言っていいほど制御できずにいた。こういう時にどうしていいか、ボクのマニュアルにはどこにも載っていない。


 ボクの姿と声に気付いた水原先輩がぴたりと動きを止めて、目だけでボクの方を見つめる。しかしその手は依然としてチトセの方に掛けられたままだった。


「大丈夫だ、手荒にはしないよ。時にミオ君、少し話があるんだがいいかね?」


「……何ですか」


「ビッグブラザー星人だったかな、とにかく、この王女様は非常に興味深い。ボクとメラリーは。どうだろう、一週間ばかり彼女をオカルト研究会に化してくれないかい?」


「断ります!」


 自分でも信じられないほどの声量と荒い語気で、否定の言葉が飛び出す。


 しかし先輩はそんなボクの言葉には毛ほども関心を払わず、今度は倉持先輩の方を目だけで見た。


「……時に倉持、何で木刀を持ってないんだい?」


「あん? 何でってそりゃ……」


「今朝、風紀委員か生徒会に没収されたんだろう。教室でも見なかったからね、大方の目星はついていたよ」


「…………」


 自分の台詞を取られたからか、倉持先輩が不機嫌そうに押し黙る。


「倉持が木刀を返してもらう条件として、オカルト研究会ここの視察を仰せつかった事は分かっている。つまりボクらは見せたくない、君らは見たいの平行線だ。

 西宮は嘘を見抜くのが閻魔えんま様並に上手いから、今から帰っても報告できないだろうさ。そこで条件だ」


 す、と水原先輩の指が、ボクの方を指す。話し方がやけに芝居がかっているが、言っていることは確かだ。ボクらは帰る事ができないし、オカ研は話を呑んでくれそうにもない。


「ボクはこの際、この部室で君たちにと思っている。

 ただしボクらは相当なリスクを背負って開示するんだ。天秤に釣り合う見返りが欲しい」


 くるりと身体の向きを変えて、水原先輩がチトセごとこちらを向く。


 何が起こっているか分からないという顔で、チトセがこちらを見ていた。


「ルーシー・チトセ・リーリエ君。この子を一週間、オカルト研究会に仮入部という形で在籍させる。それがボクの提示する交換条件だ」


「そんな交渉……!」


「呑めないならば即刻出ていって貰おう。倉持は木刀無しで生活すればいいし、君はお使い一つできないとしてバスケ部の女の子たちにでも慰めて貰えばいい。

 いいじゃないか、プライドがなくなっても飯食って寝てれば人間生きていけるよ」


「くっ……!」


 この人は、本当に性格が悪い。


 ボクが譲れるギリギリのラインを理解した上で、確実にこちらの痛いところを刺激してくる。


 イエスと言わざるを得ない状況に誘いこんでいる現状に、ボクは悔しくて唇を噛んだ。


 ――チトセ……!


 けれど、ボクはチトセをどうしたいのだろう。


 オカ研の提示した条件は仮入部だ。別に二度と帰ってこなくなる訳でもないし、精々放課後に少し会えなくなる程度だ。全体的な害は殆ど無いと言ってもいい。


 でも、チトセがボクの元から離れてしまうのは……何というか、


 言葉ではっきりと説明することはできないけれど、この条件を呑んでしまえば、ボクとチトセの間にある何か大切なものが失われてしまう。そんな気がする。


 じゃあ、倉持先輩はどうだろう。


 倉持先輩ももちろん大事な人だ。けれどここで木刀が渡らないのは、ボク個人としては割とどうでもいい問題だと思う。


 この人は木刀があってもなくても、ボクがこの場にいてもいなくても、何だかんだ言って自分の思う通り生きていける人だ。


 断ってしまってもいいのかもしれない。そんな考えが一瞬、頭にちらつく。


 例えここでボクが恥をかいても、チトセがボク以外の手に渡るよりはマシだ。


 ――ああ、けれど……何でボクは今、こんなことを考えているんだろう。


「知ってるよ、ミオ君はこの王女様に最近振り回されっぱなしなんだって? 今日だって見ていると、、という顔ばかりしているぞ。無理に付き合う必要ないんじゃないか?」


「えっ……」


 チトセの目が、大きく見開かれる。


 僅かに震え始めた身体を、水原先輩の指がつうと撫ぜ始めた。


。何と言ってもなまの宇宙人がここにいるんだ。例え今までの研究材料を全て失ってでも、この王女様さえいればそれだけでお釣りが来る……」


 ――……?


 それはボクの台詞だ。ボクがチトセに、ルーシー・チトセ・リーリエと名乗った女の子にかけた、嘘偽りの無い言葉だ。


 それを水原先輩が知っている筈はない。けれど無性に、水原先輩がその言葉をチトセへ使うことが気に入らなかった。


「さあ、選んでくれよミオくん。この条件、呑むのかい? 呑まないのかい?」


「ミオ……」


 潤んだ二つの瞳が、ボクを突き刺す。


 ――ボクは、どうしたい?


 いつも考えることは、ボクはどうするかではなくだ。


 この場を収めるにはどうすべきか、この人に接するためにはどうすべきか、ボクがボクとして振る舞うためにはどうすべきか――。考える事は常にそれだけである。


 ――考えろ、ボクは今どうしたいんだ……!


 チトセに振り回されていた。それは事実だろう。


 初めて会った日だって、初対面だというのにいきなり宇宙人だと名乗った挙句勝手に逃げていくし。


 放課後になった途端、家来にするとか言い出して連れて行くし。


 今日だって、チトセや倉持先輩に振り回されてこんなところで倒れたり選ばされたりしている訳で。


 ――じゃあ、ボク。一度だけ、自分自身に訊いてみるぞ。


 そんなチトセと過ごす日々が、ボクきみは果たして嫌だったのかい? 仕方がないという義務感だけで、今までやってきたのかい?


 返答はすぐに返ってきた。聞くまでもなく、答えは決まっている。


「嫌な訳、無いじゃないか……」


「? 何だいミオ君、結論は出たと見ていいのかい?」


「ええ。この交渉、受ける事はできません」


「そうかそうか、それは実に残念だ。では――」


 水原先輩の言葉を遮る様にして、ボクは手を伸ばす。


 チトセの手首を強く掴むと、ボクはそのまま素早く彼女の身体を自分の方へと引き寄せた。


「わっ」


 小さな身体がボクの身体へするりと収まり、ボクはそのまま一歩下がって水原先輩から距離を取った。


 露骨に怪訝そうな顔をして、水原先輩がボクを睨む。


「……どういうつもりだい?」


「言うかどうか悩みましたけど、言います。言わせてください」


 ぐっ、とチトセの身体を、もう一度強く引き寄せる。


「チトセを最初に知りたいと思ったのはボクです。チトセと最初に一緒にいる約束をしたのはボクです。だから……割り込みは許可できません。


「えっ、ええっ!?」


 かぁっと、顔から火が出るほど熱くなるのが分かった。


 チトセの方を見ると、顔を真っ赤にしたまま驚いた表情で固まっている。


 水原先輩は暫くの間、呆気に取られていた様に固まっていたが……やがて大きな音を立てて噴き出して笑い始めた。


「ふっ……あっはっはっはははははは! 何だいそりゃあ! 重い女になったもんだねミオ君! ひひひひっ!」


「…………チトセは既にボクのものですから、知りたいと言われても許可できませんし、仮入部もさせられないです。この交渉は前提として、成り立ちません……!」


「あははははははは! ははははっ! 死ぬっ、笑い死ぬっ、いひひひひっっ!」


 とうとう立てなくなった水原先輩が、床を転げまわりながら悶えている。その目からは涙がぼろぼろ出ていて、時々死にそうな声で咳き込んでいた。


 ばたばたと暴れる水原先輩を、困った顔で米良先輩が見ている。


 帰りたい。一刻も早く、この場から立ち去りたい。


「あーーっ! ひゃひゃひゃひゃっ! げほげほげほげほっっ! おえっ」


「あ、アンジュちゃん、そんなに笑ったら、か、可哀想だよ」


「……葛木ぃ、お前意外と……恥ずかしい奴だなぁ……」


「もういいでしょそれは! とにかく、この交渉はできません! 部室は見せて貰いますし、チトセはそちらに渡せませんから!」


「ひーっ……ひーっ……ああ笑った笑った。明日からいい話のネタになりそうだ」


 何度も深呼吸をしながら水原先輩が立ち上がり、ハンカチで涙を拭く。


 この人は本当に、性格が悪い。そこまで笑う必要も無いじゃないか。


「いいだろう、ミオ君の恥ずかしさに免じて、特別に見せてあげよう。ただしあんまりあちこち引っくり返さないでくれたまえよ」


「え、ええっ、じゃあ触媒は!?」


「なあ、さっきから大盛り上がりしてるところ悪いんだけどさぁ……」


 藪から棒に飛び出した倉持先輩の言葉に、全員の視線がさっと集まる。


「紫だか青だかなら良いんだろ? 触媒なら葛木が持ってるぞ」


 全員の視線が、今度はボクの方へと集まった。


「そんなのあったかな……」


 そう思って、今までの会話を思い出す。倉持先輩が何かを言いかけていた様な、そんな気がするが……。


 ――ああ、なるほど。そういう訳か。


 確かにボクは今、触媒を持っている。


 ブレザーのポケットをまさぐると、確かにそれはあった。


 昼休みに副会長から貰った、グレープ味の飴。


 ポケットの中で素早くその包みを破ると、出てきた飴玉を手に乗せて米良先輩の方へと見せた。


「これは実は、かのビッグブラザー星人の血液を結晶にしたものです」


「そうなの? でもそれさっき生徒会で――」


 空いた左手で、チトセの口を塞ぐ。


「チトセ本人がいなくとも、これがあれば大丈夫でしょう。……これでいいですか?」


「び、ビッグブラザー星人の結晶……!」


 嬉々とした顔で米良先輩が飴を受け取り、水原先輩の方へと見せる。


 騙すのは心苦しいが、チトセに迷惑をかけた分だという事にしておこう。チトセ本人には変えられない。


 ……信じる方に問題があると言えば、それはそうなのだが。


「あ、アンジュちゃん! 早く儀式しよう! 今日こそは呼び出せるかもしれないよ!」


「はいはい、分かったよメラリー。ほら皆も準備して! 部室に持ってきて!」


 水原先輩が手を叩くと、それを合図として部員たちが立ち上がり、外へと出ていく。倉持先輩の鎖も、いつの間にか部員たちによって外されていた。


「さて、ボクらは儀式の準備があるから、君たちに構っていられなくなってしまった。何の用事があるかは忘れたが、見るならさっさと見たまえよ」


「やれやれとんだ茶番だったぜ。うーし、じゃあちゃちゃっと見て回るかぁ」


 倉持先輩が立ち上がり、机や椅子に掛けられた布を捲って確認していく。チトセもそれに倣って、あちこち移動しては色々探り始めた。


 ――ん? 外に置いてあるもの?


 考えてみれば、この部屋はやけに殺風景過ぎる。必要以上にものがのだ。ボクらを囲んでばたばたできるほどのスペースがいつもあるとはどうしても思えない。


 見せられるものは全て見せたい、と言われたことを思い出して、ボクは水原先輩の方をさっと見た。


 すっとぼけた顔をしている先輩の手を引いて、ボクは部屋の隅へと移動した。


「……水原先輩、もしかしてボクらの事騙しました?」


「騙したとは失礼な。虚構と真実を織り交ぜたユーモア豊かなレクリエーションへ参加させたと言って欲しいね」


「本当はボクらが来ること分かってましたね」


「桜週間が今日と予測出来て、事後を予測できない訳がないだろう。

 メラリーが捕まって、倉持の木刀が見えなかった時点で、倉持や君が来ることも分かってたよ。ミオの近くにいつも宇宙人がいることはカレン達が話しているのを聞いたしね」


「すっかり乗せられましたよ……」


「……それにしても……ひひひっ、チトセはボクのものって……いやぁ白羽の王子様は違いますなぁ」


「それはもういいでしょうが!」


「チトセはボクのものだぁ~~! あっはっはっはははははは!」


 けらけらと笑いながら、水原先輩は米良先輩を連れてオカ研の部室から去っていってしまった。


 ぽつんと部外者三人だけの残った部室に、しんと静寂がやってくる。


 何だか全身の力が抜けてしまって、ボクはその場に座り込んでしまった。


「…………はぁ、敵わないなぁ……」


「ミオ、どうしたの?」


「いや、大丈夫だよ。ただ……そうだね。ってところだよ」


「狐に?」


「ああ、つまりはね――」


 不思議そうな顔をしているであろうチトセの方を、何だか見ることができない。


「あの人は本当に、性格が悪いって事だよ」


 不覚にも自分の中でむき出しになってしまったこの気持ちと、どう向き合えば良いのだろう。


 ほんの少し水原先輩を恨めしく思いながら、ボクは立ち上がって先輩やチトセと共に生徒会へと向かった。



 その後、生徒会で何か収穫があると思っていた会長が報告を受けて怒り出し、木刀の返還までもう少し揉めたのは、また別の話である。

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シネマティック・ガールズライフ ー褪せた世界の中で、少女はひとつの輝きを見るー 九重ミズキ @surugananagase

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