Chapter02:女王陛下の懸念/As the my empress says(下)

 ――どうして、私なんだろうか。


 そう考えている最中にも、時間は過ぎていってしまう。


 今は七限の現国で、隣のB組の担任である小鳥遊先生が何やら宮沢賢治について熱弁していた。


 小鳥遊先生……生徒の大部分からはクルミちゃんと呼ばれている先生は、授業が非常にムラっ気があることで知られている。


 大して興味がない作品に対しては淡々とハイスピードでこなしていくのだが、宮沢賢治や芥川龍之介などの好きな作家の作品になると、途端に授業に熱が入ってずっと蘊蓄や自分の解釈を話し始める。


 その為一限や七限の現国は、カレンからは「睡眠導入剤」と呼ばれていた。


 カレンの方をちらっと見てみると、机に突っ伏して豪快に眠りこけていた。


「…………」


 かつかつ、とノートの紙面をシャプペンシルの先で叩く。ノートの端には小さく「西宮リンダ」と書いてあった。


 彼女リンダを傷つけないでほしい、と副会長は言った。興味も無いのに近寄って、いらぬ傷を与えないで欲しい、と。


 副会長の言う事は、多分正解なのだろう。西宮リンダという人に私が近付かなければ、きっと何も起こりはしないのだろう。


 けれど。そう考える度に、私の胸は少しだけ痛む。


 その正体が何であるのか、今まで考えても答えは出そうに無かった。


 前の方でガタンと椅子を動かす音がひときわ大きく聞こえて、私ははっとして顔を上げた。


 小鳥遊先生と、私の前の席にいる大倉さん……大倉ヤヨイがこちらを見ていた。


「……じゃあ次の部分、織原さん読んで下さい」


「え、はい」


 当然今までぼうっとしていた人間が、「次の部分」と言われて分かる筈も無い。


 脳をフル回転させて、どこが例の「次の部分」なのかを推理していると、開いた教科書に指が乗せられたのが見えた。


「すーちゃん、こっからこっから」


「……ありがとう大倉さん」


「ううん、いーのいーの」


 糸の様にぐっと目を細めて笑うのが、大倉さんの特徴である。


 ――さて……。


 なるべく音を立てない様にして立ち上がり、小さく息を吸う。


 皆の前で朗読をする時には、結構コツがいる。


 詰まらず、きょどらず、滑らかに読む事が肝心である。


 その為には焦って早く終わらせようとするのではなく、ゆっくり丁寧に読む事を心がけなければならない。当たり前だが、大事な事だ。


「『心象のはいいろはがねから あけびのつるはくもにからまり』……」


 私の声は、よく平坦だと言われる。


 話している時も、何かを読んでいる時にも、私の声にはあまり抑揚が無い。


 ――そう言えば、会長の声は凄く良かったな……。


 抑揚もついていて、凛としたよく通る声で、まるで歌の様だった。


 私とは正反対の声だ。今でもまだ、あの声が耳に残っていて……。


「――――っ」


 耳に、残っている?


「……織原さん?」


「あ、いえ。何でも無いです、続けます」


 音読が止まったことを訝しむ小鳥遊先生に軽く頭を下げてから、再び朗読を始める。


 ――何で。何で? こんな事……こんな事、今までなかったのに。


 人が他人を忘れる時に、一番始めに忘れていくのが声だという。


 いつだって言葉はテキストになった情報で、声が私の中に残っているなどという事はただの一度も無かった。


 ……無かった筈なのに、私の耳の奥には、会長の声が確かに残っている。


 胸の奥が再び、ちくりと痛んだ。


「はい、ここまででいいですよ織原さん。さて、この部分における宮沢賢治の心象では――」


「…………」


 朗読を終えて席につくと、大倉さんが再び振り返ってこちらを見てきた。


「……どしたん? すーちゃん、調子悪い感じ?」


「ううん、大丈夫。平気だから」


「そう……しんどいなら言ってよ、私保健委員だし」


「知ってる、ありがとう」


 大倉さんが前を向いたのを確認してから、私は親指の爪を少しだけ噛んだ。


 私の胸の奥は、まだちくちくと痛んでいる。


 ――断る、つもりなのに。


 断るつもりなのに、何故かどうしても踏み切ることができない。


 西宮リンダを、諦めることができない。


 ――断るつもりなのに。踏み切れない私がいるのは何故だろう。


 窓の方に目を遣ると、少し離れた席にいるカレンと目が合った。


 小さくを振ってきたカレンに手を振り返して、ぼんやりと遠くを見つめてみる。


 つい最近まであった筈の、西宮リンダのいない日常は、もはや手の届かない遥か彼方にある様に感じられた。




「生徒会長のことー?」


 手に持ったほうきで階段を掃きながら、カレンが私にそう尋ねる。


 今は七限の終わった後の清掃時間で、カレンと私は二階から一階へと続く階段の掃除をしていた。


「どしたの? スズっちが人の事訊くのめずらしーね。隕石でも落ちちゃう感じ?」


「隕石は落ちないけど、私にとっては隕石レベルかも」


「へぇーー! 結婚でもするの? 少し前まではお母さんがいないとどこにも行けない子だったのにねぇ……ううっ」


「誰がお母さんか」


 カレンに軽くチョップすると、彼女は少し罰が悪そうに小さく舌を出した。


「そいで? どして会長のこと聞きたいの?」


「……これはオフレコなんだけど」


 カレンに倣って箒を動かしながら、昼休みに起こった出来事の顛末を話していく。


 会長に呼ばれたことや、生徒会に誘われたこと、副会長からは近付かないで欲しいと言われたこと……。


 そうした出来事の数々を話していくにつれて、カレンが息を呑むのが分かった。


「――という事があった」


「スズっちが生徒会に!? はぁー……不思議なこともあるもんだねぇ」


「生徒会なんか入るガラじゃないんだけどね……会長には、私がどう見えているんだか」


「どう見えてるか、ねー……」


 また少し舌を出して、カレンが考え込む。


 三段ほど上に置いてあった塵取りを持ってくると、カレンがゴミを集めて私の塵取りへと掃き始めた。


 カレンが掃いて、私が受け止める。暫しの間、機械的に繰り返される時間が過ぎていく。


「分かんないから、近くにいたいんじゃない?」


「えっ?」


 そんな時間が終わりを迎えたのは、唐突に放られたカレンの言葉だった。


 まるで水面に石を投げ込まれた様に、その言葉が私の心をさっと震わせる。


 その波紋に驚いてか、私の目は思わず大きく見開かれていた。


「……分かんないから」


「そ。分かんないから近くにいたいの」


「…………」


 知らないことは、知らなければならない。


 私のことを彼女は何も知らないし、彼女のことを私はまだ何も知らないのだから。


「ありがとうカレン。これからどうするか決まった」


「そっか。スズっちも良い顔する様になったね」


 にっと笑って、カレンが階段を上っていく。


「ほらスズっちー! 早く戻らないとホームルーム始まっちゃうよー!」


「うん、今行く」


 ――放課後になったら、一番に生徒会室へ行こう。


 生徒会へ行って、そして……。


 ちゃんと、伝えよう。


 大きく息を吸い込んで、私は一歩目を踏み出した。




「じゃあ、ウチ行って来るから!」


「うん、いってらっしゃい」


 カレンは私にそう言うと、階段の方へと駆けて行ってしまった。


 毎週この時間になると、カレンはいつもダッシュで出て行ってしまう。


 何でも放課後にしか手に入らない限定メニューが売店にあるらしい。


 見ればカレンに続いて何人かの女子が教室から走り去っていた。


 学校が終わった後の人の波は、とても動きが早い。部活へ行く人、補習へ行く人、真っすぐ帰る人……あっという間に教室から人がいなくなっていく。


 ミオの姿もどこにも無い。大方部活へ行ったか、例の宇宙人に攫われたかしたのだろう。


「……行くかな」


 伝えることは、既に決まっている。


 廊下へ出ると、少し間の抜けた感じの音が所々から聞こえてきた。吹奏楽部のパート練習だろうか。


 未だ喧噪の残る廊下を歩いていると、B組の教室から誰か人が出てきた。


「お、昼休みの勇者ちゃん」


「……どうも」


 白い歯を見せて、カスミがにかっと笑う。相変わらずの爽やかスマイルだ。


 それにしても、昼休みの勇者、とは一体なんだろう。


「しっかし……副会長の猛獣っぷりや普段の会長を見て、まだ生徒会へ行こうとする人がいるなんて思ってもみなかったなぁ」


 ぽりぽりとカスミが頬を掻く。ほんの少し冷や汗をかいていた。


 ――ああ、副会長ね……。


 思い返せばカスミは私と副会長との会話を知らない。生徒会室での大立ち回りをしたところまでしか、彼女は知らないのだろう。


 となればあの大立ち回りがあったにも関わらず、ノコノコやって行こうとしている私は、なるほど確かに勇者なのだろう。


「西宮会長は生徒会室にいるんですよね?」


「……勇猛と野蛮は違うと思うんだよなぁ」


 すたすたと歩いていくカスミの後ろに続いて、私は生徒会室へと向かう。


 昼間と違って夕方の特別棟には人がそこそこいる。特別教室は大抵特別棟にあり、その教室を部室にしている部が多い為である。


 昼休みに見た木刀の先輩も、一瞬だけ擦れ違ったのが見えた。


「見ての通り、副会長は君のこと嫌いな訳だけど。でも最後のあの言葉は良くなかったなぁ。完全に地雷踏んだよスズカ」


 ――あの言葉……保護者みたいってやつかな。


「あ、スズカって呼んでいい?」


「お好きにどうぞ」


 そう言えば、カスミはまだ私のことを名前で呼んでいなかった。


 てっきり呼んでいるものだと思っていたが、こういう時にはしっかり許可を求める人なのだろう。私は内心で呼んでいたが。


「それで、地雷とは」


「あー……まあ、うん。すっぱりと切れないのがというやつだからさ」


「ご縁……」


 それが何かについて、心当たりが無いわけではない。


 副会長は誰よりも、西宮リンダについて深く知っていた。きっと私が推し量るよりも、ずっと深くずっと長く、彼女の傍にいたのだろう。


 副会長が私を遠ざけるのも、きっとその「縁」に関するものであろうという事は、幾ら私でも想像に難くなかった。


「とにかく。会長が君のことを気にかけて構っている姿が、彼女にとっては一番面白くないんだよ。断るならあたしが会長に伝えてあげるけど……」


「いえ、大丈夫です。自分でちゃんと伝えますから」


「ふぅん……やっぱり君は勇者だなって思うなぁ」


 ぱちぱちと瞬きをしながら、カスミが私の方をじっくりと見つめる。


 ――そう、自分でちゃんと、伝えるんだ。


 それが多分、私が西宮リンダという人物を知るためにやらないといけない事なのだろう。


「知るために、か」


「? 何だって?」


「いえ、何でも無いです」


「そう? どうでもいいんだけどさぁ、同い年なんだから敬語はやめない? タメでいいよタメで」


「……そう、じゃあ今からはタメで話すよ。カスミ」


「あはは、何かタメて言われるとドキッとしちゃうね。恋しちゃいそう」


「またそんな心にも無い事を……」


「あちゃあ、見破られちゃったか。いやはや、王子様の知り合いともなると目が肥えてるね」


 生徒会室への道のりは、相変わらず長い。


 既に行くことに慣れているからか、カスミは事もなげに暮れなずむ校舎の中をすいすいと進んでいた。


「……何で生徒会室ってこんなに遠いところにあるの?」


「あっはは! やっぱり気になるよね、きっとそのうち分かるんじゃないかな」


「そのうちって……」


「…………ねえ、スズカはさ。どうして……」


 そこまで言いかけて、カスミはふるふると軽くかぶりを振った。


「いや、みなまでは言わないよ。終わったらまた話そうね」


 す、と指した指先には、例の魔王城……もとい生徒会室の扉が見えていた。


「――――――」


 すぅ、と大きく息を買い込み、はぁ、と大きく吐き出す。


 また大きく息を吸い込んで、また大きく吐き出す。


 ゆっくりと目を閉じてまた開き――私は生徒会室へと一歩一歩歩いて行った。


 軽く扉をノックすると、「どうぞ」という返事が返ってきた。一呼吸置いてから、ゆっくりと扉を開く。


「いらっしゃい。今度は随分早いのですね」


 昼と同じの様に、大魔王リンダは上座に座っていた。今度はふんぞり返るのではなく、悠然とした雰囲気で淑やかに座っている。差し詰め、昼は大魔王モードで今は女王モードということだろうか。


「…………」


 じっ、と副会長がこちらを見つめて来る。しかしその目は以前の様な敵意むき出しのものではなく、至って真剣に私を判断しようとしている目だった。


「まあ、楽になさいな。今は私と副会長しかいないし、その辺に掛けなさい」


「では、失礼します」


 会長と副会長に軽く会釈して、下座に腰を下ろす。私が席に着くと同時に、会長が口を開いた。


「この際打ち明けると、もう貴女は来ないと思ってたわ」


「来ると約束して来ないのは不誠実ですから」


「……ふぅん。意外と誠実な方なのね」


「それで、生徒会の件ですが」


「…………」


 ちらりと副会長を見ると、すぐに目が合った。特に激憤する様子はない。このまま話しても大丈夫だろう。


「受けても構わない、と私は思っています。役職は書記でも庶務でも構いません」


「――――」


 大きく目を見開いて、口を僅かに開いたまま、会長がその場に固まった。


 本当に驚いた時に人はこういう顔をするという事を、私はミオの近くにいつもいるので知っている。


「……あの、何か」


「いえ、昨日の今日で快諾して頂けるとは思っておりませんでしたので……」


「……織原さん、ちょっといいかしら?」


 そう呼びかけられて声の方を見ると、副会長がずいと顔を寄せて私を覗き込んでいた。


「一つだけ。たった一つだけ確認させて欲しいの。

 ……それは、?」


「……はい。です」


「そう、そうなのね。なら……私から何も言う事は無いわ」


 副会長はそう言うと、席を立って生徒会室から出て行ってしまった。


 無音の生徒会室に、私と会長だけが残される。


「誤解しないで、と言いたいけれど、今の貴女に言ったところで信用できるとは思いませんわね。私ならしませんもの」


「副会長とは長い付き合いなんですか?」


「……ええ。まあ、かなり長い部類だとは思いますわ。今もそれなりに親密な付き合いだと言えるでしょう。……とにかく、サヤカは今の貴女が思っているほど危ない人ではありませんわ。それは今後おいおい分かっていけば良いとして……」


 す、と会長の指が、私の方を指す。


「最初の質問に戻るわ。織原スズカ、貴女は何故、生徒会に入りたいの?」


「…………」


 どきん、と心臓が音高く跳ね上がるのが分かった。


 射貫く様な視線が、私の全てを捉えている。


「よもや、今更私のファンになったからだとか、そういう寝言を言う訳じゃあないわよね? それだけは私、貴女に言って欲しくないわ」


 今はまだ、と会長が付け足す。


 ……ファンにはなっていない。多分、なっていない筈だ。


「……貴女の大ファンになったからです、と言いたいところですが。本当の理由は別の所にあります」


「へぇ、どんなものかしら?」


「……………………今はまだ、言えません」


「言えないって……どんな事情か分からない人をほいほい迎えられるほど、生徒会は寛容ではないわよ」


 憮然ぶぜんとした表情で、会長が私に詰め寄る。


 会長の疑問はもっともだった。土壇場で誤魔化そうとしても、無駄だという事は分かった。


 ――やっぱり、言葉にしないと伝わらないよね。


「……知りたいことが、あるんです」


「知りたい、こと」


「はい。ですが、それが何かについては、まだ上手く話すことができません。自分でもよく……分かっていないと言いますか」


「ふぅん。……


 ぴたりと鼻の頭に指を当てて、会長が私の言葉を吟味し咀嚼する。


「……あの。今朝も気になったんですけど、それ癖なんですか?」


 自分の鼻の頭にも指を当ててみて、会長に実演して見せる。私の実演を見ると、会長は少し赤くなって、少しだけ目を逸らした。


「ん、ええ、そうですわね。いつかは直さないといけないですが」


「いえ、それほど嫌なものでもありませんから……」


 ――まただ。やっぱり私は、この人が気になるのだ。


 一度大きく深呼吸して、会長の方を真っすぐ見つめる。


 伝えたいことは、いつだって一つだけだ。


「私が知りたいのは、生徒会長のことです。貴女のことを、西宮リンダという人を……私は知りたいのです。生徒会に入りたいと思ったのは、会長の誘いを受けたのは、それが一番の理由です」


「私の、ことを?」


 少し面食らったように、会長が尋ね返す。


「はい。私は、会長の事が知りたいのです」


「そう。なら……私達は似た者同士、という訳ね」


 会長が立ち上がり、ポケットから腕章を一つ取り出す。私も立ち上がってそれを受け取ると、腕章には「書記」と書いてあった。


「織原スズカ。あなたを白羽女学園の生徒会書記に任命します。……言っておくけど、私、貴女に飽きたり失望すればいつでも解任するからそのつもりでいるのよ」


「……そうならないように、頑張りますよ」


 自分の袖に腕章を通すと、会長は一度頷いて、机の上に置いてあった小冊子を一部って私に差し出した。


「明日からまた忙しくなるわ。今日のところはここに書いてあることをしっかり覚えてきなさい。新入りだからと甘い顔ができるほど、ここの仕事は甘くはないわよ」


「分かりました。それでは今日は、これにて」


「ああ、ちょっと待ちなさいな織原さん」


「はい?」


 呼び止められて振り返ると、会長が微笑んでいた。


 会長が微笑んでいるのを見る事自体は、さして珍しいことでもない。


 けれどその時の会長の笑みは、今まで見たどの笑みよりも柔和で優しくて、それでいてとても儚げだった。


 ――ああ、きっと彼女の本当の笑顔は、こういうものなんだろう。


 どくん、と心臓が、音高く鳴っている。


「今日のところはこれでさよならよ。でも、次からは必ずいらっしゃいな」


「……はい。そうさせて頂きます」


 手を振る会長に小さく手を振り返して、私は生徒会室を出た。




「――スズカっ!」


 突如聞こえてきた声に、びくんと身体が跳ねる。


 廊下へと出ると、すぐ近くにカスミがいた。


 少し不安そうな顔をして、所在なくふらふらと手を動かしている。


「スズカ、大丈夫? 副会長が出ていったけど、何かやらしたりしてない?」


「うん、大丈夫。大丈夫だから。何も問題ないよ」


「…………はぁーーー……」


 私がそう答えると、カスミはへなへなとその場にへたりこんでしまった。まるで魂が抜けてしまったような吐息である。


「どうしてカスミの方が疲れてるの」


「いや、スズカは見ていてハラハラするからさぁ……また大立ち回りになるんじゃないかって内心冷や冷やしてたよ」


「私は別に、そんなつもりは……」


「もしかしたら気付いてないかもだけどさ。スズカは遠慮が無さ過ぎるよ。人の心へずかずか入っていくんだから。とてもとても見ていられなくて……」


「人の、心……」


 私が知りたいことは、つまるところ他人の心なのだろう。今の私は、何も知らないのだから。


「まあいいさ。スズカとはこれからもやっていく訳だし、おいおい分かりあっていけば良いことだよ。何せ君は、あの女王様をだなんて啖呵たんかを切ったんだし?」


 カスミが自分の腕章を指さして私に見せる。彼女は庶務、私は書記だった。


 ――というか、私との会話をしっかり立ち聞きしてたんだ。


 大方副会長が出ていくのを見て駆けつけたのだろうが、少し意地が悪い。


「それでは今日はこのあたりで。また明日」


「いやいや、明日は無いから。また来週ね」


「……? はい」


 少し釈然としないながらも、カスミに生返事をする。


「あたしは何となく、君はこの話を受けるんじゃないかって思ってたんだ。これからよろしくね」


「うん、よろしく」


 差し出された手を握り返した後、生徒会室へと入っていくカスミを見送ってから、私は特別棟の階段を降りて行った。




「あ、そうか。今日金曜日だった」


 校門の前で立ち止まって、私は独り言を呟く。


 すっかり忘れていたが今日は金曜日だった。明日よろしくと言われてカスミが困惑するのも当然である。


 ――明日も会えるものだと勝手に思い込んでたな……。


 もう一度、校舎の方を見つめてみる。


 いつもはあっという間に過ぎていく筈の休日は、何だか途方もない時間の様に感じられた。


「また会いたい、なんて私が思う日が来るなんて」


 ――ほんと……どうしちゃったんだろう。


 今日の事はしっかりノートに書いておこう。


 そんな事を考えながら、私は家へと続く道を歩いて行った。

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