第6話:宣戦布告

 〈夜明けの鐘リバティー・ベル〉とだけ名乗り、〈自由解放戦線〉の元を後にした刹那。

 さりげなく撃墜した機体の比較的無事なパーツや未使用弾薬を一部回収していた。持ち運べる量こそ少なかったが彼にとっては充分であった。


 そんな彼の荷物の中に、一つ。異彩を放つものがあった。

 〈ピグリム〉の頭部──それは〈カウタロス〉と戦闘していた学校跡で撃墜した機体のものだ。

 壊れかけのそれをわざわざ回収したのは、まだメインカメラが使用可能であった為だった。


 これを後々どのように使うのか。とりあえず〈メーヴェ〉に繋いでみたそれに対して、刹那は最初の任務を与えてみることにした。






 所属不明機の襲撃による作戦失敗から一週間が経過した。

 千翼は山の様となっていた書類作業をようやく終え、次の指示をされていた時間までの待機をしていた。

「失礼します」

 そんな時であった。執務室に入室し、彼女の元に来る影があったのは。

「江印永夢曹長、本日付けで原隊復帰となります」

「お疲れ様です、江印曹長」

 敬礼され、返す千翼。

 しかし、すぐに何とも言えぬとばかりに表情を崩していた。

「……もっとも、部隊員がかなり少なくなってしまいましたが」

「奴の被害ですね。入院中に聞いてはいましたが。改めて、ここまでとは」

 答えながら、永夢は彼女の机の上にあった書類の一つに視線を向ける。

 始末書の一つ。その内容。

 〈メリッサ〉十五機、〈ピグリム〉九機、〈カウタロス〉一機。

 それが先の戦闘で、白い異形の所属不明機に撃墜されて失われた機体の数だ。作戦に参加した全三十六機中、二十五機を失うという大損害を被っていたのだ。

 撃墜された中で生き残ることができたパイロットは、この江印永夢を含めてわずか三人だけであった。さらにその中で検査入院だけで済んだのは彼だけであり、残り二人は未だに入院している。

 辛労の溜め息を吐いていた。

 この一週間の間で、千翼は戦死した隊員二十二名の遺族への挨拶を既に済ませていた。とはいえ彼女としてはそのこと以上に、『自分の子供が、夫が戦死した』という報告に対して全く興味を示さない遺族の方が多かったという事実の方が精神的に堪えていた。

 『自由禁止法』による強制された人間関係の弊害であろうと認識してはいたのだが。それを指摘したところで「それが当たり前」と返されてしまうのが今のこの国の世論であろうと。わかってしまう為に余計に何も言い出せなかったのだが。


 そんなこんなしている内に、指定された時刻となっていた。



 一四五○。この日、その時間に彼女達は広間への集合を掛けられていた。

 招集されたのは基地に配属されている全員だ。

 何かと思っていた時、この基地の司令官である大佐がその要件を伝える。

『15:00、国防軍に所属する全ての部隊員に対し、国営放送局で放送されるニュース番組を見せろ』

 そう、上層部から謎の通達が来たらしい。

 日本国営放送局――旧日本放送協会が国営として再編されたことでできた放送局だ。


『こんにちは。3時のニュースの時間となりました』

 定刻となり始まったニュース番組。いつも通りの番組だと思った……が、しかし。

『まず初めに、ニュースをお伝えする前に一つお伝えしなければいけないことがあります』

 開始早々にいつもと違う様子を見せていた。

『つい先日、五日程前に本局に送り主不明の郵便物が届きました』

 なんだ、どうした、とこの空間がざわつきかける。静かに、と大佐が短く叱責すると収まったが。

『検査の結果、爆発物その他危険物の類ではないとして開封しました。すると、中からはUSBメモリと同封された手紙が入っておりました。その手紙の内容がこちらになります』


 映し出されたその手紙には、今日の日付と共に『15:00開始のニュース番組にて開始する際にこのUSBの動画を放送してください。ウイルスの類はないことを明言しておきますが、信用できない場合は確認していただいても構いません』という旨のメッセージが書かれていた。


『それにより、今からこのUSBの動画をノンカット放送することとします』


 ニュースキャスターがそう言って一礼すると。

 映像が切り替わった。


「…………ッッ!!!」

「この機体は……ッ!!!」


 瞬間、この場に居た者達は皆、愕然としていた。

 先日、自分達を強襲した所属不明機の姿がその映像の中央に映っていたのだ。


『人を人とも思わずに自国の民から自由を奪い良いように使い潰している圧政者共、並びにこの腐敗した牢獄に囚われた国民達に告ぐ』


 まだ若いと思える男性の声が響く。

 この映像はニュースの中継を通じて、日本の全居住区内に於いて今この番組を見ている全ての国民に届いているはずだ。

 それは国防軍の各基地も例外でなく。また、彼らには知る由もなかったことだが〈自由解放戦線〉の者達もであった。


『私は〈夜明けの鐘リバティー・ベル〉──この名は私個人の名であると共に、私が立ち上げた武装組織の名でもある!』


 そう名乗る白い機体──恐らくはそのコクピットに座るであろうパイロット。


『私は『自由禁止法』なる法律の元、国民達の自由を、意思を、尊厳を奪い続ける、現在の腐敗した日本政府に対し、反省を促すべくやむを得ず行動することを決意した』


「リバティー、ベル……ッ!!」

 今知った、仇敵の名前。それが奴の名前かと、反芻する様に口に出す千翼。

 その彼女の手はきつく握りしめられていた。


『私の行動理念にして、私が望むものはただ一つ──自由だ!』


 そんな彼女のことを知った事かとばかりに、画面の向こうの声は高らかに宣言を続けていた。


『自分の意志を、想像を、他者の誰にも囚われず、縛られることのない、他者の誰かに媚びる必要もない、そんな自由だ!』


「これはまた、とんでもない奴が現れたものだ……」

 半笑いを浮かべている大佐。机に肘を着いた腕は小刻みに震え、顎に当てた拳には血管が浮き出ていた。


『人は誰しも、生まれながらにして自由になる権利がある筈であった。

しかし、この国はそれを『法律』という大義名分の元で封じ込めた。

この国の人々は、国から、自治体から、親からすらも、生きることの全てを管理されなければいけなくなっている。他人によって定められたことを、抗うことも、逃げることさえも許されず、ただ奴隷の様に縛り付けられる……その様な悪逆非道は断じて許されるべきことではない!

故に私は立ち上がった! 深く醜く歪んだこの仕組みを破壊する為に、あらゆる圧政への反逆者として!』


「黙って聞いていれば、偉そうなことを……!!!」

 永夢もまた不快そうに表情を歪めていた。もっとも、それは「こんな変なやつに自分は初めて撃墜されたのか!」という屈辱的な感情の方が強かったらしいが。


『民を虐げおごれし者共よ、我を恐れよ! 虐げられし民達よ、我を求めよ! どの様な身分の者であろうと関係ない! その悪逆が働く時、私は現れる。そして――』


 まさかこれを見ている者達は思っていないだろう。公開される一週間前に撮影されたこの映像、その録画機材が国防軍の機体の頭部だったとは。

 そんなことを思いながら、一際高らかに、音声の男――炎山刹那リバティー・ベルは宣言した。


「――他人の自由を平気で踏みにじり、縛り付けて弄ぶ様な輩は、自由意志リバティーの名の元に、この私が粛清する!」




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