第5話:解放の鐘

 戦場の片隅、あるいはその領域の中央辺り。

 作戦領域の東側から乱入した所属不明機が大暴れし始めた、丁度その頃。

 まだ国防軍部隊に司令が届いていない間、西側ではまだ反政府組織〈自由解放戦線〉との戦闘が繰り広げられていた。

「大田ァ!!! くっそォォォォォ!!!」

「怯むな!!! ……軍の野郎め!!!」

 〈ピグリム〉が胸部に備えた5.56mm対人機銃を受けて倒れた仲間を確認しながら、数人の〈自由解放戦線〉構成員が生身で軍属〈パメロイド〉を相手にゲリラ戦を展開していた。

 〈ドギー〉四機が既に〈メリッサ〉によって破壊、戦闘不能にされていた。対パメロイド用の武器で攻撃されないだけマシなのかどうかは、それを相手が持っているという絶対的な生殺与奪の権を相手に握られる状況故に、彼らには判断ができなくなってきていた。

 他の区域も戦力が損耗・枯渇していく。

 投降しても殺されるのがオチだ。仮にもし、そうでなかったとしても。社会復帰であんな環境に戻されるくらいなら。

 皆、そんな思いでこの修羅場を戦っていた。

 そんな中であった。

「なんだ、軍の機体が……!」

 年長の分類になる初老に近い年齢の男性構成員が、目の前で起きた状況に思わずといった反応をしていた。

 ほぼ全ての国防軍機が一瞬停止したかと思いきや、急にどこかへと走り去っていったのだ。

『こちら本部東側防衛線』

 腰に差していた携帯通信機トランシーバーから通信が入る。

『なんか、突然見たこと無い白いパメロイドが出てきて、軍の機体を破壊して回っていきました』

「見たこと無い、パメロイド……?」

『腕が長くて、顔が細長くて、なんかバッタみたいにぴょんぴょん跳ねて、メリッサもピグリムもメチャクチャに倒していきました』

 反応したら帰って来たその返信。見た目の説明はともかくとして。国防軍の部隊を相手に単身で戦いを挑み、何機も切り伏せたという方に壮年は驚愕していた。

「まさか。我々以外にも居るとは思っていたが……」

 自由を奪うこの国に反旗を翻す存在。それでいて、軍を相手に互角以上に戦うことができるだけの戦力。

 そう認識したその男――〈自由解放戦線〉関東区同志長 小早川秀俊コバヤカワ ヒデトシは、その所属不明機のパイロットに会ってみたくなっていた。





「カウタロスが押されている……この機体、なんてパワーなの!!?」

「さすがは上位機種。メーヴェの出力でもここまで持ちこたえるか……!!!」

 互いの機体のコクピットの中で、二人して驚愕の声を上げる。

 見たことのない異形の機体に千翼は戦慄し、刹那は意外と思いつつ驚嘆と共に高揚していた。

 今にも両腕を振るい抉らんとする〈メーヴェ〉と、その両腕を抑える〈カウタロス〉。しかしミシミシと嫌な音を立てて段々と〈メーヴェ〉の腕が〈カウタロス〉に少しずつ迫っていく。

 もう十数cmで触れようかというところで。

「なら、こうする!!!」

 刹那は〈メーヴェ〉を後方に跳躍させ、一旦距離を取った。

「距離を……なら!!!」

 急に離され、それでもホッと一息を入れる間もなく千翼は行動した。

 すぐに60mm対物突撃銃を構える〈カウタロス〉。引き金を引き、装填されていた徹甲弾が放たれた。

 〈ドギー〉程度なら簡単に貫徹するだけの威力。〈ピグリム〉の胸部装甲でもなければ防ぎ難いその一撃が〈メーヴェ〉へと撃ち込まれる――が。

「防がれる……」

 〈メーヴェ〉が左腕を前面に掲げる、ただそれだけの動作で射抜くはずだった弾丸は別方向へと弾かれてしまった。

 硬い、と思いかけて、しかしすぐに否定する。

「いや、違う」

 千翼は何らかの違和感に気付いていた。

 続けて一発、もう一発と撃ち込んでいく。同じように反射されていく様に、違和感は確信に変わった。

「跳ね返されている? それも、装甲じゃない『見えない何か』で。当たってないもの。弾が、装甲に。まさか、バリアでも張ってるっていうの……!!?」

 弾倉の弾が尽きる。交換する間もなく、〈メーヴェ〉が突撃してきた。

 今度は右腕の〈フェーダーブレード〉を展開した状態で。

 横薙ぎに振るわれた右腕を〈カウタロス〉は上体を逸らせて避ける。

 壁際に居たこともあり、壁に激突した〈メーヴェ〉の拳が、そのまま体育館の壁をぶち破り、破砕した。

 何の縁か、この機体が侵入して開けた反対側で起きたことで丁度この建物を貫通することになってしまっていた。

「前腕のアレ、あれが武装!!!」

 先程撃墜した〈ドギー〉の脚部を捥ぎ、〈メーヴェ〉へと投擲する。

 それを〈メーヴェ〉は右腕の刃で切り伏せた。

「振動剣……そんなものが作れるなんて!!!」

 その切れ味から武装を判断していた。


『中尉ッ!!!』

「いけません、下がって!!!」

 千翼の副官をしていた少尉の〈カウタロス〉が、現れてすぐに〈メーヴェ〉へと向かっていった。

『こいつには何機もやられているんです! あなたは残った機体と撤退してください!』

「しかし!」

『あなたを失う訳にはいかないでしょう!!?』

 言い合いながらも〈メーヴェ〉の機動にどうにか追従し、持ちこたえる少尉。

 しかし。

『――こいつ、急に距離を!!!』

 〈メーヴェ〉が急に距離を開けていた。

『しかし……棒立ちなら好都合ッ!!!』

「待って、駄目ッッ!!!」

 追撃を試みた少尉を制しようとした時には、もう遅かった。




「もう一機カウタロスが……!」

 突然現れた増援に、意外に思いつつもすぐに対応する刹那。

 しかし、さすがは上位機――先の機体程でこそないが中々に強い。そう感じた刹那は。

「いいだろう、アンタにはこの一撃を使ってやる」

 操縦桿を操作してコマンドを入力する。

『FEDER BLADE  MODE:VIOLENT』

 機体状態を示すサブモニターに表示される。

 〈暴力形態バイオレント・モード〉――そう名付けていた、〈フェーダーブレード〉の第三形態。

 この武装を構成する高周波振動剣と電磁反発力場発生器の同時使用――早い話が二形態を組み合わせた形態であった。

「喰らえ――」

 その形態で、さらに電磁スラスターで加速を掛けて振るう、という一連の動作に対して。刹那はこれにだけは明確に技名のようなものを付けていた。

「バイオレント・フェーダー」

 そう短く吼え、一閃。

 もろに受けた〈カウタロス〉は背面にあるコクピットごと胴体部を上下に分断され、弾き飛ばされる様にふっ飛ばされた末に爆散した。




「――少尉ッッ……!!!」

 軍内で一番の付き合いだった副官が目の前で戦死した。その事実に茫然としてしまう千翼。

 だが、完全でこそ無かったがすぐに切り替える。

「――ッッ……仇は、撃ちます……!」

 その場で、千翼は〈カウタロス〉肩部の信号弾投射器を起動。

 『作戦行動終了、撤退』『作戦失敗』

 それぞれの意味の信号弾を投射し、その場から退却した。


 相手がテロリストであれば国際法云々などを遵守する義理もないであろうが。〈メーヴェ〉から追撃されることはなかった。






「信号弾……撤退したか」

 その様子を〈メーヴェ〉のコクピットから見送る刹那。

 全滅覚悟で殺しに掛かってくるのであればそうさせてもらうつもりであったが。そうしない場合はその意志を尊重する。それが彼なりの礼儀、あるいはけじめであった。

 その時、ふと〈メーヴェ〉の周りに人が集まってきていた事に気付いた。

「自由解放戦線、か」

 他に何だという話になるが。内心、そう自分で突っ込みかける。

『そこの白い機体』

 壮年かあるいは若作りなだけで初老に差し掛かるかもしれない男性が、張った声で語り掛けてきた。

 自分の身分と名前をさらけ出して。

 小早川秀俊と名乗ったその名前に聞き覚えがあった気がしたが、すぐに出てこなかった為にそれ以上考えないことにした。

『君と話がしたい』

 武装は解除しているようである。

 小早川という男性の顔を画面越しに見る。覚えている範囲の記憶を探ったが面識はない。多分初対面であった。

 そう思いながら、刹那は機体のコクピットハッチを開けた。

「まだ若い……歳は20くらいか?」

「自由に想像していただいて結構です」

 敬語を使って応対する。

 二年間、俗世を離れてこそいたが礼儀や作法を捨ててはいなかった。

 上着は着ていなかったが。古傷だらけの上半身を晒し、下は下でボロボロのズボンを穿いているような出で立ちであった。

 古傷に驚いているのか、呻く様な声が小早川と名乗った男性より後ろの方から聞こえてきた。

「先の戦闘について、君に感謝と敬意を表したい」

 そう切り出す小早川。

「それと単刀直入に、君に私達と共に戦ってほしい」

 そう言ってきた彼に対し、刹那は。

「生憎ですが」

 そう切り出して、告げた。

「私は自分の自由意志に従って行動したまでです。そして、これからもその意志を変えるつもりはありません。

ですので。貴方達〈自由解放戦線〉のことは『自由を求めて戦う同志』として認知することはできますが。それ以上の交流を持つ意志を私は持ちません」

 拒絶、という訳ではない。さりとてそれ以上の接触は望まない。

 あくまで自分はそのつもりだと。

 その答えを尊重してくれたのか、小早川はそれ以上引き止めようとはしなかった。とはいえ。

『ならばせめて。君の名を聞かせてほしい』

 そう問われた。

「名前、か」

 少し考える。

 本名を名乗る気は無い。個人情報云々というよりは、名乗るのが本名である、ということをあまり意味がないと感じたためだ。

「名乗る程でもないかと思いましたが……そうですね」


 良い名義を思い付いた。

 『自由を求める者』として、相応しい名前。


「さしずめ、〈夜明けの鐘リバティー・ベル〉、とでも名乗らせていただきましょう」

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