第7話:主張の余波

 その日、〈夜明けの鐘リバティー・ベル〉の名と声明は日本中に轟いた。


 自由を奪われたこの国で、奏でられた反逆の音色。


 それはきっと、届いた者には福音となったであろう。


 しかし、それが圧政という闇夜の終わりを告げるには。未だに程遠い。






 〈自由解放戦線〉関東支部の新拠点でのこと。

 彼らの構成員の中には、戦闘員として参加せず、俗世に溶け込み情報収集などに励んでいる同志もいた。その為に、この〈夜明けの鐘〉の放送を知っている者は多い。

 その放送を見ていた彼らもまた。〈夜明けの鐘〉の話題で持ち切りだった。

「すっげぇな夜明けの鐘リバティー・ベル!!! あいつが居れば百人力じゃねぇか!!!」

「別に俺達の一員になった訳じゃねぇだろう」

「そりゃそうだがさ、なんたって政府相手にあんな喧嘩吹っ掛けてんだからな!!!」

 会議室ではしゃぐ様に、同志から送られてきたニュース番組の切り抜き映像を見ていたものがいた。

 会議室、とは名付けていたが、前回の襲撃からの再建中で休止期間としていたこともあるが、元々から用がない時はそうしていた為に雑談室として利用していたその場である。会議以外では全員揃うのは珍しかったのだが、話題の影響か、先の戦闘から生還してそのままの人数である計二十八名の構成員が全員揃っていた。

 能天気に騒ぐ者も居れば、冷静に反応する者も居た。

 その中に居た小早川秀俊は後者であった。

「しかし、わからないな」

 小早川は静かながらに口を開く。

「彼の『自由になりたい』『自由でありたい』という意志は確かに伝わった。それは我々の理念とも通ずるものであり、共感できるものだ」


 だが、と。彼は遠くを見る様に視線を逸らす。

 あの日見た彼の姿を思い出していた。ボロボロになったズボンと上半身が裸という服装、晒される古傷だらけになった肌身。そして何より、野生のケモノの様な獰猛さを溢れさせながら、燃え盛る炎の様な情動を宿していた、その瞳。


「彼が今までどう生きてきたのかはわからない。だが……一体どこからあの執念は来ているというんだ」

 そう、思っていたことをさらけ出した。

 そんな中で。

「俺も正直、夜明けの鐘リバティー・ベルを完全に信用することはできません」

 別の卓に座っていた一人がそう切り出した。

 福田和也――小早川程ではないが年長者の分類になる壮年。

「こないだ俺達を助けてくれたのは認めますが。仲間にはならなかったんですよね、あの人。

あれだけの戦闘力、すぐにでも即戦力にできるのに」

 彼の言い分はもっともだった。どうやって入手したかもわからない〈パメロイド〉を保有する彼。彼にはどんな協力者がいるのか。何もわかっていない。

 あの介入から二週間は経過しているが、一週間前の演説以来彼は表舞台に出ていない。連絡手段もない為、今彼が何をしているのか、彼らにも確認できないでいた。

 それに、と彼の言葉は続けられる。

「勘繰り過ぎかもしれませんが。あの演説の言い方、まるでじゃないですか」

 その一言に、ただでさえ彼の話の為に静まり返っていた室内の、雰囲気が一層冷たくなってしまった。

 ……若干能天気気味な一名を除いて。

「時と場合って具体的に何よ」

「例えばだが……俺達が人質を取って立て籠る、とか?」

「そんなんするかよ!」

 福田の挙げた例に笑い気味に答える彼。おちゃらけている様ではあるが彼にも彼也の良識はあった。

「俺もやる気はないが……俺達だって『自由の為に戦う』って集まってはいるが、一枚岩ではないからな。別の支部もあるし。だがもし、同志の誰かがそれをやったりしたら。それを連帯で粛清します、なんてことになるかもしれない」

「んな怖いこと言うなって!!!」

 さすがに洒落にならなくなってきた様で慌て気味に彼は話を静止させた。

 少し間を空けて、また別のところで話が上がる。

「……そう言えば。あの演説でふと疑問に思ったんですが、彼に協力者って居るんですかね」

「彼、ずっと『私』とは言ってましたけど……仲間の存在について何も言ってませんよね……」

「さすがに単独犯のわけはねぇだろう」

「あのパメロイド自分で作ったとか信じらんねぇぞ」

 そちらもまた冗談みたいな話であったが。彼らは知らない。〈夜明けの鐘〉――もとい炎山刹那が全部単独でやっていたことを。


 そんな時だった。


 小早川の端末に着信が入る。潜伏中の同志からだった。

 それを確認した小早川。その顔が、段々と焦りに歪み始める。

「おいおい……マジでやらかすのか」

 珍しい、と思われる彼の表情の変化に対して。彼がその場の構成員たちに告げたその内容に全員焦燥に駆られることとなる。


 〈自由解放戦線〉中部支部が国防軍春日井駐屯地を襲撃した。





 その報は国防軍の各基地・駐屯地に流れていた。

 それは千翼や永夢が所属する駐屯地にも伝わっており。

「春日井基地が襲撃を受けてたって本当ですか!!?」

 千翼もまたそれを受けて驚愕していた。丁度、執務室で〈夜明けの鐘〉への対策について話をしていた時に、その大佐からこの伝令を聞いたのだ。

「ああ」

「状況は、どうなっているのですか……!!?」

「敵勢力は武装したドギー十二機。それが駐屯地敷地内に侵入、損失は無いが基地内部はほぼ制圧されたらしい」

「もう制圧されて……」

 時計を見やる。襲撃が確認されてから十数分程度しか経過していない。

 愛知県・春日井市に陸上自衛隊時代から設立されている春日井駐屯地。現在の国防軍の各基地の中では比較的小規模とはいえ〈メリッサ〉が多数配備されているはずだ。それなのに〈ドギー〉相手に制圧されたのかと、千翼は疑問に思っていた。

 それにというのも気になっている。

「何故ですか? まだ二十分も経ってないのでは」

「……彼らは夜明けの鐘リバティー・ベルの介入を警戒して迎撃できないでいる」

 懐いた疑問に、大佐にそう答えられ。千翼は言葉を失っていた。

「近隣部隊からの救援が出せないのも同じ理由だ。上層部から止められている。……短時間で国防軍機二十五機を蹂躙した様な相手だ、無理もない」

「しかし、それでは……」

 まるで春日井駐屯地を見捨てる様ではないか、と。

 そう言い掛けたところで、大佐の言葉が続けられた。

「また、自由解放戦線側もまた、身代金及び物資を要求している。

復讐、その他感情が所以の襲撃でなかったのがせめてもの幸いだったようだ。今のところ攻撃は確認されていない。故に被害は出ていないらしい」

 反撃がないのを良いことに人質にしたつもりか。あるいは膠着状態なのかもしれない。

 相手側も〈夜明けの鐘〉の出方を窺っているという可能性が浮かんでいた。もしかしたら別にそんなこと考えていないかもしれないが。

「しかし。こう言っては何だが、この条件は好都合ではないか」

「好都合、ですか……」

 何を呑気な、と返したくなる言い方ではあったが。話の流れと彼の性格から、千翼は彼の意図を察することができた。

「鷹泉中尉。君は以前、夜明けの鐘が演説していた内容を覚えているかね?

奴は自らを『あらゆる圧政の敵』と断じていたな」

「現在、襲っているのは自由解放戦線側な訳であるが」

「……彼が、どちらを攻撃するか。ですね?」

「そうだ」

 意図を察してくれて、やや満足げに答える大佐。彼もまた、あの演説について一層の深読みしていた一人であった。

 この状況で〈自由解放戦線〉を攻撃すれば、彼は真に『全ての圧政理不尽な暴力への反逆者』足り得ると。

 逆にこの状況で国防軍を攻撃するか、あるいはこの状況を見逃すか。そうすれば、彼の言葉はただの当て付けであったと。

 大佐はそれを見定めようというわけなのだ。恐らくは上層部も、一部だけかもしれないが。

「この国に反逆してるのですから普通に国防軍が攻撃されるのでは」

「そうかもしれないし、そうでもないかもしれない」

 割って入った永夢の言葉に返す大佐。

 彼の机上のデスクトップには、現場付近に設置されたカメラからの映像が出ている。

「さあ、どう出る。夜明けの鐘リバティー・ベル

 デスクトップの画面を見やる大佐。その目はどこか、少年の様にすら見えていた。

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