第3話:強襲する白い影

「砲撃開始」

 千翼が放った号令に応える様に、両肩部に140mm砲を装備した〈ピグリム〉各機が砲撃を始める。

 警告や勧告は一切していない。『するな』という命令を上層部から出されていた為だ。

 曰く、混沌を求めて秩序を乱す様な存在を同じ人間と思うな、と。

 命令された以上は従うしかない。それが今のこの国に於ける絶対最低限規則ルール。軍人であればなおのことだ。

 強いて一つ、幸いなことを挙げるとするならば。相手が廃棄区画を拠点に選んでくれた為に『正義の執行』という大義名分のもとで無差別攻撃を働いても国民達から非難される事がないというくらいである。

「〈メリッサ〉部隊1から3小隊は前進、〈ピグリム〉各機は援護に」

 一斉砲撃が蹂躙した一帯に向け、パメロイド用55mm小銃ライフルを構える〈メリッサ〉各機が両足の踵部と爪先部に内蔵した高機動滑走駆動輪ライディングホイールを用いて突入していく。

 千翼もまた自らの機体を走駆させていた。総指揮官は他に居るのだが細かな指揮を前線指揮官として任されている為である。


 各地の廃墟が破壊されて黒煙が上がる中、幾つかの〈パメロイド〉が姿を現す。

 〈ドギー〉、と呼ばれていた、かつて軍で使用されていた四足歩行型の最初期型軍事・警備用〈パメロイド〉。

 まだ〈パメロイド〉が『人型の機械として』完成したばかりの頃は、武装や装甲を施した状態での重心バランス制御や高速機動時のマニューバ制御などに問題のあった時期があった。

 そんな時期に、地形走破能力とバランス制御の安定性を両立するべく平臥状態による四脚での運用を想定して開発された、というのがこの機体だった。

 とはいえ〈メリッサ〉を筆頭に人型直立機体の開発が進歩したことで既に四年前くらいには全ての部隊よりお役御免となっている。

 何らかの形で〈自由解放戦線〉に流出したものであろう、というのがとりあえず分かっている見解ではあるが。

「流出元の特定とか、色々調べるべきことがあるでしょうに……」

 通信越しの相手に聞こえない程度に抑えることが限界であった。コクピットの中で千翼はそう愚痴っていた。




 出てきた〈ドギー〉は全部で十六機。おそらくこれが彼らの全戦力であろう。斥候や囮にするには多すぎるし、そもそも戦力を小出しする余裕など少なくとも今の彼らにはないはずだ。

 そんな彼らの戦力も、10分、20分と経過していくうちに段々と数を減らしていった。

 しかし、だ。

 窮鼠猫を噛む、ということわざがある。弱者でも窮地に追いやられれば強者であろうと必死に抵抗することの例えだ。

 一機の〈ドギー〉がライフルの弾倉を交換していた一機の〈メリッサ〉に両前脚を振り下ろして襲いかかる。

 思わぬ反撃だった、はずだった。しかしそれを、その機体はライフルを咄嗟に捨てて、腰部から抜いたナイフを相手の胴体部に突き立てることで仕留めた。

 思考操縦ブレインマシンインターフェース体感操縦マスタースレイヴの併用方式による直感的に反応可能な〈メリッサ〉と、操縦桿入力操作コントロールスティック方式の〈ドギー〉では、火事場のなんとか程度ではどうにもならない差があった。

『ぅおっ……、危うく窮鼠に噛まれるところだったな』

 そう言いながらも多少の余裕を見せている〈メリッサ〉のパイロット。

 名を江印永夢エイン エイムという。

 部隊に着任して間もなく、この戦闘が初の実戦となるが、彼は模擬戦負け知らずのスペシャリストを自称していた。実際に訓練学校では彼を敗北させたものはおらず、この部隊の中でも実力はかなり高い方と言えるだろう。

 故によく言えば自信家、悪く言えば高飛車なところがあった。

 それでいて野心家でもあった。このご時世では珍しいことであるが、実力を着々とつけている為に期待もされており、それが彼の自信をより強固にしていたのだ。

 そんな彼であるが。

『次から次へと出てくる。やはり実戦は訓練とは違うか』

 機体後方から発された警報を確認して振り返る。

 その姿に、一瞬戸惑ってしまう。

 見たことのない機体が居たためだ。

『……何だ、あの機体……白い、異形の……!!?』

 瞬間、その表情が驚愕の感情で上書きされる。

 無理もない。突然現れたその白い異形の未確認機体が、前腕部から鈍く輝く刃を生やした状態で、物凄いスピードで突っ込んできていたのだから。




 数分前に遡る。

「やってるやってる」

 そんな呑気な台詞と共に、刹那は搭乗する〈メーヴェ〉の操縦桿を動かし、フットペダルを踏み込んだ。外装により傍から見れば車にしか見えなかったが、操作によりそれを排除パージする。

「行くぞ、メーヴェ。念願の実戦だ」

 晒された〈メーヴェ〉の姿――長座体前屈の要領で脚を前に向け胴体を起こした様な、駐機形態を兼ねた高速巡行走行形態。

 それがせり上がり、変形することで〈メーヴェ〉は車輌の様な姿から〈パメロイド〉の姿へとその身を転じた。

 そして、適当に見つけた機体に狙いを定める。

「メリッサか……まぁいいだろう」

 その機体は撃墜した〈ドギー〉を放り出していた。

 右腕の武装を展開する。

 〈フェーダーブレード〉――そう名付けた複合兵装。

 それを〈斬撃形態スラッシュモード〉と名付けた状態に出力する。

 盾を兼ねた鞘のブロックから風切り羽根を思わせる高周波振動刃が展開される。

「──アンタがの初撃破だっ!」

 勢いそのままに接近し、腕を振るい、刃で斬りかかった。

 そしてそのまま胴体部を両断する。

 あまりにあっけない、と言えなくもなかったが。

「……運のいいやつ」

 咄嗟の判断であろう。直前で上方向に跳躍していたようで、背面にあるコクピットへの被弾を防いでいた。そしてそのまま脱出機構が作動し、またもや運よくポッドが障害物の少ない方向へと飛んで行った。

 そちらには目もくれずに、次の標的へと向かう。

『なんだ!!?』

『白い、異形……見たことがない機体だ!!!』

 別の〈メリッサ〉二機が、〈メーヴェ〉へと銃口を向ける。

 刹那は右腕〈フェーダーブレード〉の刀身を格納し、左腕を翳させると、今度はそちらの〈フェーダーブレード〉を〈反射形態パニッシュモード〉に移行する。

 刃の鞘となっていたフレームに仕込まれたコイルが、電磁反発力場防御帯を形成する。腕の面積より少し広いくらいが限界だが十分だった。

 故に、二機が〈メーヴェ〉に射撃するのだが。展開された防御帯に阻まれ、受け流されてしまっていた。

『なんだ、あの機体!!!』

『実弾が弾かれる!!? 一体どんな装甲を!!!』

 防御帯が透明なこともあり装甲で受け止めていると思われていた。最も、通信していたわけではない為にその反応が刹那に伝わることはなかったが。

 そのまま突っ込んでいく〈メーヴェ〉。そして。

「これでも──食らえっ!」

 右腕の〈フェーダーブレード〉も〈反射形態〉にして、そのまま正拳突きの要領で片方の〈メリッサ〉に殴りかかる。防御帯は攻撃にも利用できた。腕が機体に触れる直前で発生された力場により、軽さのせいもあり〈メリッサ〉の機体は簡単に弾き飛ばされる。そのまま廃ビルの壁に背中から激突し沈黙した。

 もう一機がナイフを取り出して突っ込んでくる。近づいた、それを回避、そして流れる様にその胸部に目掛けて、肘を曲げた左腕を掲げ、

「アンタにはこれをくれてやる」

 引き金を引く。同時に、上腕部から放たれたパイルバンカーが〈メリッサ〉の体躯を貫いた。


 これで三機。

 続けて何機かの反応を感知する。

「そうだ……来いッ!」

 自らが搭乗する〈メーヴェ〉と共に、刹那もまた目を燦然と輝かせていた。

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