第2話:自由解放戦線

 〈メーヴェ〉の完成を機に、自らの生家を爆破することで、炎山刹那は故郷を飛び出した。

 祖父と祖母も既に他界しており、特に心残りはなかった。

 パーツ取りのついでに解体した自家用車から余剰となった外装を用いて〈メーヴェ〉を一般用車両に偽装し、移動手段とした。

 機体の動力は電気自動車のバッテリーとモーターを流用して搭載している他に、もう一機、自作した発電機を搭載している。


 水分子・イオン発電──海水用と淡水用で多少仕組みが変わるが、端的に表現するなら水を燃料として発電することができる機関だ。

 これもまた『宝物庫』にあった技術である。とはいえ、ガス燃料と比べると──もっとも、刹那が生まれる頃には既にガソリンは市場から消えており比較するデータを彼は持っていないのだが──50リットルで約20時間稼働という燃費はあまり良いと言えるものではない。しかし、家を爆破してまでこれからやろうとしている幾つかのことを考えれば、水源の位置さえ把握しておけば燃料に困ることはない、というアドバンテージは何よりも大きかった。


 故郷を出てから。刹那は〈メーヴェ〉に乗りながら日本の各地を転々としていた。

 『自由禁止法』の施行から、国民は、管理の効率化のためであろう、東京で例えるなら23区の様な各都道府県が設置した各自治体が、それぞれ運営している居住区画に集約されていた。その為に、人が住まなくなった土地は元から居なかったところも含めて結構な割合で存在している。

 すぐにでもあの檻の様な環境から出ていきたかった、というのもある。それは確かに達成した。しかしそれは、いくつかある目的の一つでしかない。

 機体が完成しても実機運用データがない。OSもとりあえず動かせる最低限程度の出来だった。何より、自らの実戦経験というものも当然ながら存在しない。

 サバイバルの知識も必要だった。それはこれを終えた、も考えてのことだった。


 故に、彼は居住区からできるだけ離れた領域に踏み入れた。

 機体の実機運用をする為。自らも経験を積む為。

 昔の人間の言葉を借りるなら、いわば『修行』の為である。


 障害物だらけである森林の中を駆ける、というだけでも、机の上で理論を組むよりずっと得るものが多くあった。

 不安定な地形での重心移動。

 瞬時に空間を把握しての移動経路の認識と移動までの判断。

 障害物そのものを足場に利用した三次元機動。それをやった際の着地の衝撃に掛かる負荷のデータと、その緩衝方法。

 電磁スラスターの噴射出力調整。

 この間に武装の出力調整も行った。『宝物庫』に由来する技術で作ったものであるが、実際の威力を見ておきたかったからだ。

 両前腕部に装備した〈フェーダーブレード〉と名付けた複合兵装。

 両上腕部に、肘打ちの要領で撃てる様に下向きに装備した電磁加速式パイルバンカー。

 頭部の機関砲……は、弾薬の都合で搭載しているだけとなっているが。


 サバイバルの方といえば。まず最初に、食料を得る行為に対して〈メーヴェ〉を使用しないこと、という縛りを自らに課していた。機体を使えば狩猟するのは容易であろうが、そうすることは彼自身の美学に反する為だ。

 そうして始めた最初の頃は、火をうまく付けられず木の実を食べて飢えを凌いだ。

 しばらくして自力で火を起こせる様になり、野生のイノシシやシカを狩猟する様になった。

 ある時、肉の匂いに誘われたのか出現したクマと遭遇してナイフ一本で交戦したこともあった。生傷だらけになりながらも生還し、寄生虫を気にしながら得たクマ肉をしっかり焼いていただいた。


 そんなこんなしているうちに、気がつけば二年もの月日が流れていたわけであるが。


 潜伏している中で、刹那は〈自由解放戦線〉と呼ばれる反政府レジスタンス組織の存在と、彼らが反抗活動をしていることを知った。

 組織に入れて欲しい、という思考は微塵も抱かなかったが、自由を求める同志として頭の片隅辺りに認知しておいた。


 ある日。国防軍が近々その件の組織が拠点とする区域に対して襲撃する作戦を計画している、という情報を偶然入手した。

 旧市街地廃棄区画──居住区画制定時に選ばれずに放棄された領域であった。


 その襲撃予定という期日の二日前。

 頃合いか、と判断し。刹那は干し猪肉ジャーキーと山菜で軽く食事を済ませるなり、川で〈メーヴェ〉の燃料補給を行った。









 最近よく夢に出る光景がある。

 幼かった頃の記憶だ。

 まだ年齢が二桁にもなっていなかったこの頃。たしか自分は『ぼく』という一人称を使っていた。女のくせに『ぼく』なんて、と周りから変な風に思われていたのを覚えている。

 小学校でいつものようにからかわれていた、そんな時だったかな。不思議な雰囲気の男の子がいた。

 それくらい自由でいいだろう、と。そう言って、周りがからかうのを止めてくれたのだ。

 他に覚えてる範囲で接点なんてなかったけれど。そこからその子と仲良くなった。

 ただ、ある日を境に、彼は────。


『……中尉……鷹泉タカズミ中尉』

「聞こえています」

 通信越しで呼び掛けてくる声に、国防軍の女性士官鷹泉千翼タカズミ チヒロは応答した。

 彼女は今、乗機のコクピットに居る。

『寝不足ですか?』

「……否定はしませんが。少し瞑想していただけです、作戦には問題ありません」

『そうですか』

 応対しながら千翼は、自らが乗る機体の起動状態をセーフティモードからアクティブモードに移行した。

 国防軍所属の〈パメロイド〉は全ての機体が脳波・生体電気感応式思考制御ブレイン・マシン・インターフェイス方式と体感連動操縦マスタースレイヴ方式の併用で稼働する仕組みとなっている。ほとんど起立した姿勢で座席に座り、手足に拘束具にも似た装置を括り付けて身体を動かすことで機体を駆動させるのだ。その際にヘルメットやこの拘束具状の器具を介して脳波や生体電気から計測した思考を機体の姿勢制御やら火器管制などを当てている。

 メインモニターは正面に一面と左右にそれぞれ一面、上段に後方確認用の一面があり、下段に機体状態を示すサブモニターが存在する、という配置が基本仕様である。

 両サイドのメインモニターを確認し、両機の姿を確認する。


 〈メリッサ〉──高機動型、と認識される量産型機体。

 機動防御思想、というのは正直なところ半分建前で生産性を最優先した結果機動力だけは国防軍機随一となった機体だった。

 黒と明るめのオレンジで彩られたその機体色は名前通りのミツバチを思わせた。


 〈ピグリム〉──〈メリッサ〉に次ぐ生産数を誇る量産型機体。

 比較的マッシブな体躯で防御力と安定性に優れている他、機体頭部に高感度センサーを装備しており索敵能力と反応速度に優れている。またセンサーの精度を利用して高威力火器の運用にも適していた。……脚が遅いというのが欠点ではあるが。

 この機体は所属によって色が違うようであるが、彼女が所属する部隊の機体は市街地戦を想定してか灰色であった。ピンクだったら高感度センサーの見た目も含めてブタに見えそう、などと想像して笑いを堪えていた時期があったがもう慣れた今では懐かしい話であった。


 〈カウタロス〉──総評として〈ピグリム〉の上位機とも言える高性能少数生産機。僚機にも三機確認しているが、千翼はこれに搭乗している。

 防御力では〈ピグリム〉に、速力では〈メリッサ〉に確かに劣るが、他の性能が両機種を凌駕する総合力が高く上位機として認識されており、現に士官に優先的に配備されている。

 白と黒の機体色がパンダの様だと国民に認識されているらしいが、千翼としては『cow』と『Taurus牡牛』を連想させる名前から正直乳牛ホルスタインにしか見えなかった。


 ここに居ないのも含めて、〈メリッサ〉二十機・〈ピグリム〉十二機・〈カウタロス〉四機、というそこそこな規模の部隊配置。

 集められた彼女らに与えられた任務は、〈自由解放戦線〉を名乗るテロリスト組織の殲滅。

 今丁度、その出撃準備中であった。

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