第1話:旅に立つワタリドリ
自由になりたいと初めて思う様になったのはいつだろうか、と。
たまに、何もかもを忘れたみたいに問い掛ける。
その度に思い出す。幼かった頃に父親としていた会話。
『父さんはな、自由になりたかったんだ』
父は『自由禁止法』が施行される前の時代を知っている。それは彼が大人になったばかりの頃に施行された法律だったからだ。記憶の中のこの頃の時点で、もう20年近く経とうとしていたが。
『あの法律ができる前から、うちの親……お前から見ればおじいちゃんとおばあちゃんだな、あの人たちめっちゃ厳しくてな。やれ『家を継げ』『結婚しろ』『子供作れ』……『お前はこの町に留まれ』って、色々うるさかった』
父は次男だったが長男はさっさと家を出て都会にいってしまったそうだ。自分と違い出来がよかった、と自嘲気味に話していた。
そういう父は出来が悪かったのか、といえば。そう、というわけではなかった。
本人は『僕なんてただの無能だよ』と散々自虐していたが。
有人搭乗式多目的作業用人型強化外骨格――Powered Arms Master-slave Effective ROID
略称として〈
約20年前に発表されて以来、様々な職種・環境に於いて活用できたことから、昨今に至るまでに民間・軍事問わずあらゆる環境で運用されている。それを開発したのは他でもない父だった。
何かを生み出すことに関していえば、父はまごうこと無き天才であった。ただ、その才能が授業では、あるいは自分の地元の労働環境では評価されない分野だったというだけ。
当時はまだ無名だった大学の工学部に通い、その才能が結果生み出されたのがこの〈パメロイド〉であった。
これからも彼は新しいモノを作り続ける、と。彼の仲間たちは誰もが思っていただろう――『自由禁止法』なんてものが施行されなければ。
全ての国民は自らより目上の人間の意志に対して、絶対に従わなければならない。
頭のネジがぶっ飛んだ者が考えたとしか言いようがないクソみたいな法律。それにより、彼は自分より『目上』である父母の命令で地元に帰らされ、定住を余儀なくされたのだ。
就職先も自治体が独自の基準と称して適当に選定した候補から親が選択したものであったし、転職・退職は職場の上司と両親の許可が得られず叶わない。そんな彼が母と結婚したのも、そもそも母と出会ったのも互いの両親の命令であった。
『そんなんだったからさ……まぁ『国が許す範囲で』になっちゃうけどさ。お前には、もう少し自由に生きて欲しいんだ』
それが唯一、父――
それは『命令』ですらない、『願い』とも言える思いだった。
あぁ、そうだ。
そう言っていた父は『自分の子息に自由を与えた罪』その他を理由に投獄され、そのまま帰ってこなくなった。
母もまた『夫の犯罪行為を黙認、ないし加担した容疑』として更生施設と呼ばれる機関に送られ、消息不明。
そうして、一人残された炎山刹那は。『自由を押し付けられた哀れな被害者』として、カウンセリングという名目の洗脳教育を受けさせられることになった。
それが、今――両親を失ってから約10年もの月日が経った今を生きる、彼の原点である。
結果として
自分が社会に於いて、置かれた環境のあらゆる命運を、使命を受け入れた……振りをした。
内心に猛り狂う焔を隠し、刹那はひたすら自分の置かれたあらゆる不本意な状況に耐え続けた。
その甲斐があってであろう。自治体という名の監視の目が薄くなってくれた事で、彼は誰にも告発されることなく行動を起こすことができたのだ。
『炎山悠の宝物庫』
生前の父が運営していたブログだ。
本人が故人となったが為に10年前を境に更新が永遠に止まっている。
その日作った料理、たまたま見つけたテントウムシの写真、息子である幼き日の自分の写真とその記録、何気ない日常の一ページ。そんなものが『宝物』として書かれている。
表向きは。
その正体は、彼独自のものも含めたあらゆる暗号法を駆使して巧妙に偽装した、膨大な量の技術データ群。
一見関係なさそうな家族やテントウムシの写真ですらそのヒントとして組み込まれていた。
天才と呼ばれた父が持つその才能と、日ごろのストレスという刺激から来るインスピレーションのままに開発したあらゆるモノの情報がその中には眠っていた。
まさに『宝物庫』。
ある時に気が付き、以来、刹那は暇さえあえば『宝物庫』の情報を解析していた。
紙媒体・電子媒体問わずメモに利用し、得られた情報は徹底的に管理した。監視の目は薄くなりつつあったが、それでも誰かに見つかれば、最悪極刑は免れないであろうことを自覚していたからだ。
そして、全体の38%を解析したところで。
解析して得られた複数のデータを元に、一機の〈パメロイド〉を建造した。
建造を始めてから約4年の歳月を経てようやく完成したこの機体。
その機体の印象を一言で表現するなら、白い異形。
材料の仕入れや製造など工程にいくつも制限があったとはいえ、だ。可能な限り機能性を優先したが為に、その機体は純粋な人型を失っていた。
肥大化した両腕、獣脚、コクピットブロックを設ける為に肥大化した胸部装甲、嘴の付いた頭部。恐竜か、あるいは鳥の容姿に近いと思える風貌である。
歪にさえ見えるその容姿で完成してしまったが。それでも刹那はこの機体を気に入っている。
機体の名前は作っている途中に考えていた。
旧自衛隊から派生した国防軍で就役している〈パメロイド〉各機種、その命名方式が、政府からの公言こそされていないが『家畜化された動物に由来する名称』であろうと認識したことに由来する。その意趣返しとして、それとは逆の『自由の象徴』として、刹那はこの機体に名を付けていた。
〈メーヴェ〉――大空を翔けるワタリドリの名を。
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