第3話

〈恵子〉

 公然たる秘め事というパラドクスに溺れるのに夢中でわたしは課題の提出が遅れていたことを思い出した。脱ぎ捨てていた学生気分を着用して変態気分はティッシュで軽く拭き、元の勉強熱心な独りぼっちへと早変わり。無事見られずに済んでよかったけど、達する時の不安ったらないよね。途中なら急いで着替えて逃げられるけど生理現象が支配的な状態って暫く何も出来ないから。わたしにしか分からないか。

 来た道を逆再生しようと後ろ歩きで廊下を滑ったが、階段は危ないので普通に歩いて三号館を降り、一号館の三階にある職員室へ向かう。まだ職員さんは少ないだろうからそれらしき机にそっと置こう。

 動悸を感じながら三階に着いた。職員室には質問の時に手前まで入ったことがあるけど中までは知らない。勝手に入っていいのかさえ知らないけどまぁいいや。わたしのクラス担当は何処かなと迷路を攻略していると、奥にチューターの村松さんがいた。やった、村松さんに渡せばいいじゃんとるんるん気分で膝を突き出しながら彼女に近付いた。

「ちょっと、そこ入らないで!」

 こちらに気付いた村松さんはわたしの進撃を制止する。特別嫌われている自覚はないからやっぱり関係者以外立ち入り禁止なのかなと一歩仰け反る。

「すいません、プリント渡しに来たん」

 そこで視界が捉えた。

 村松さんの机上に幾つか教室を映し出すモニターがあった。

 ………………え?監視カメラ?

 一秒にして悟ったわたしは何も考えず職員室を出て行った。課題は置き去りにし階段を自殺する勢いで飛び降り、校舎の隅の植込みに屈み込んだ。十五分間泣いた。

 あぁ、わたしの塾生活が終わった。延いてはわたしの人間関係、家族関係が終末の片鱗を覗かせた。

 チューターにわたしの全てを剥き出しにした。水泳の着替えでさえロッカーの端でコンパクトに済ませるわたしが授業外で見たくもないだろう生身を見せた。村松さんには場所を問わずテストステロンを分泌させるグロテスクな女だと思われただろう。村松さん伝に他のチューター、職員、クラスメイト、近隣の住民にわたしの裸体が拡散され、退塾処分、までいかなくても笑い者、知的障害者扱いされるかもしれない。親にまで伝わったら何て叱られるだろう。呆れ顔でビンタされそう。全くカメラがあるなんて聞いてないよ!プライバシーの侵害だぁ。

 わたしはなんてことをしてしまったんだ。軽はずみな行動が最悪の結果を招くことはこれまでの人生で経験してきたはずじゃないか。もうこんな辛酸舐めたくなかった。舐めたいのは、とか冗談言える精神じゃないんだよ。さっきのシーンを思い出すとぁぁーやばいやばい!需要はないのに頭に血が供給される。くそぅ、村松さんは今何を思っているのかどういう表情をしているのか気になる。ちょっと川の様子を見てくるか。

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