結婚式

本日は様々な困難を乗り越え、めでたく結婚を迎えた新郎新婦の晴れの日。




 国一番の大聖堂は、着飾った来賓客で溢れかえっていた。




 神話の世界を描いた巨大なステンドグラス。柱の一本一本にまで施された金銀装飾。この日の為に国中から集められた多彩な花々。




 しかし天上の楽園も斯くやと言う光景も、霞ませて程の美しさを放つ者がいた。




 本日の主役の一人、花嫁である。














 リナは花嫁の控え室で一人手持ち無沙汰にしていた。




 会場の準備はその専門の人が全て滞りなく済ませた。衣装も化粧も完璧。来賓への挨拶は披露宴のあと。




 やる事がない。暇だ。




 花嫁の控え室にまで花が所狭しと飾られ、室内はむっとする程匂いで充満していた。




 換気しておいた方がいいかな…。




 窓を開けようと近寄ると、扉がノックされ返事をする前に開かれた。




 「…何をしてらっしゃるのです?」




 「換気をしようと思っただけよ。何、逃げると思った?」




 「あなた様の今までの言動を省みて、そう結論に到っても仕方がないと思いませんか?」




 「心外ねぇ」




 肩を竦めて言ってやると、控え室に入って来た女性はむっと顔を顰めた。




 「今さら逃げないわよ。これで縁が切れると思うと清々するもの」




 「っ…!貴様…!」




 その時再び扉がノックされた。




 私でなく女性が返事をして、剣呑な雰囲気を完全に隠して扉を開ける。




 「まあ、素敵なお部屋ね。……ああ、今日は来てくれてありがとう。リナさん」




 「ーーーこちらこそ、またとない栄誉をお与え下さり恐悦至極に存じます。王太子妃殿下」




 入室して来た人物に、さっと最上級の礼をする。




 本日の主役、元悪役令嬢アウリス・デ・ラマルティーヌ王太子妃に。










      ※※※※※










 本当ならフランク学園を光の速さで辞め、ジャックとイッチャイッチャな新婚生活を送る筈だったが、そうは問屋が卸さなかった。




 私の特殊な立場上、最低でも半年は通ってもらわなければ困る。他国への面子が立たない。王家の威信が、云々…。




 お貴族様の事情なんて知ったこっちゃ無かったし、腹が立ち過ぎておかわりが三回しか出来なくなっていたが、優しい夫のとりなしで半年間だけ在学する事になった。




 交換条件として、この国と経済戦争真っ最中の大国と、規制なしの商売を許可させた。




 迷惑料、つまり口封じの金一封も払うと言われたが、そんな賄賂みたいな汚い金は要らぬと、丁重に尊大に断った。




 在学中の半年間は地獄だった。




 悪役令嬢側の。




 アウリスは私を見る度に罪悪感に心を痛め、それを見た攻略対象者達が 「お前のせいでアウリスが…!くっ、しかし、これ以上あいつに関わればもっとアウリスを苦しめる…!無念だ…!」 的な顔をして見てくるのだ。うざかった。




 喜劇の追加公演なら私のいない所でやってくれ。




 そして、晴れて学園を退学して、平穏な日々を過ごしていたらーーーー




 「この度、無事学園をご卒業なさった王太子殿下とラマルティーヌ公爵令嬢様とのご成婚が執り行われます。新王太子妃殿下におかれましては、元学友のリナ・キュリー様に付添人をして頂きたいとのご所望です。準備にかかる諸々は王家が負担致しますので、ご列席の程、何卒宜しくお願い致します」




 と、愛の巣に突然押し掛けられて言われた。




 それは、お願いと言う名の命令だよね?




 あと、王子いつの間にか王太子に出世してたのね。




 いいのか国王。あの、恋は盲目王子に跡を任せて。




 話を詳しく聞くと、フランク学園に編入しながら退学となったリナの為、王太子妃殿下直々に名誉回復の機会を設けて下さった。との事。




 王太子妃殿下の付添人になれば、貴族達に一目置かれる様になり、今後の生活も安泰だと。




 いや、名誉もクソもないんだけど。恥かいたのあんたらでしょ?事実を歪曲すな。




 もう関わりたくないのに、何でそっちから関わってくるの?あんたらだって、私の顔なんて見たくないでしょうに。




 多分、アウリスが完全なる善意で提案して、王太子達が惚れた弱みで断れずに渋々承諾したのだろう。




 何も出来なかったプラス、しかも前世の同郷に。と言う負い目と罪悪感は、想像していたよりも強かったみたいだ。




 「分かりました。でも結婚式の付添人の一度きりで最後です。今後王太子殿下や妃殿下達には二度と関わらない様に厳命して下さい。あっ、一筆書いて貰えますか?」




 「なっ…。お前の様な庶民がアウリスお嬢様と知己の仲と言うだけで烏滸がましいのに、その言いよう。何様のつもりだ!恥を知れ!」




 おっとこの感じ覚えがあるぞ。




 何だお前、さては。


 悪役令嬢を幼い頃から一番側で見守り、病める時も健やかなる時も常に味方で相談役で、絶品な紅茶入れ入れ方から、スパイ活動まで何でも熟す側近中の側近メイドだな。場合によっては、主の敵を末代まで駆逐する、パーフェクトバトルメイドだな?




 今はシンプルなスーツ姿だけど、メイド服が死ぬ程似合いそうだし、多分そう。




 「それを約束して貰えるならやりますよ。どうします?」




 「…良いだろう。後でアウリス様の威光に縋ろうとも無駄だからな。その時は私みずからお前に引導を渡してやる!」




 やっぱりバトルメイドだった。




 バトルメイドは殺気を私に突き刺して我が家から去って行った。




 当日も迎えに来るらしい。監視する気満々だ。




 「あれ?お客さん帰った?」




 「あらジャック。仕事の邪魔しちゃった?」




 「いや平気。配達も終わったし、発注も終わったし。お前はどうしたの?」




 夫のジャックは家業である革の卸売業を継いでいる。




 因みに、私の実家は靴屋だ。




 もう、結ばれる為に産まれて来たとしか思えない。




 「何でもないわ。女々しくて獰猛な高貴な人間に目を付けられただけだから」




 「それ、だけって言わないよな…?」








     ※※※※※








 そして、今に至る。




 バトルメイドは私にだけ分かる殺気をバシバシ飛ばしながら、控え室の角で微動だにしてない。忍か。




 何かしたらヤる、と目がイッている。




 「リナさん今日は来てくれて本当にありがとう。殿下もあなたに会いたがっていたけど、どうしても時間が取れないらしくて」




 「(来たくて来てないけど、あと王子のそれテイの良いの断り文句な) 勿体無いお言葉です。妃殿下方にお心を砕いて頂いたと思うだけけで、この下賎な身には有り余る光栄です」




 「そんなに畏まらなくていいのよ。わたくし達同級生じゃない。ほら、ちょっと特殊な…」




 「(畏まらんとあんたのバトルメイドに処されるんだよ、あとその言い方だと、乙女の花が咲きそうだからヤメテ!) だからこそです。『親しき仲にも礼儀あり』ですよね?」




 親しきと聞いて少し心が軽くなったのか、アウリスが微笑んだ。




 バトルメイドも少し肩から力を抜いた様子だ。




 それ程時間も無い。今日は秒単位で予定が詰まっている。




 「妃殿下。そろそろお時間です」




 バトルメイドが、時間で~すと剥がしに来た。




 推しじゃないから喜んで離れよう。




 「リナさん…。わたくしこれであなたとお別れしたくないの。同じ運命を辿った者同士仲良く…」




 最後まで言わせねぇよと、ビシッと掌をアウリスに向けた。




 「妃殿下。私を思うならそれ以上は仰らないで下さい。私達は身分が違い過ぎます。関わってよい者同士では無いのです」


「身分なんて…!そんなの関係無いわ!」




 身分は関係無いか…。その身分を使って私に『親切』をしてやった気でいる癖に?無自覚だろうがね。その無自覚の親切に今後も振り回されるのか?

 そんなのゴメンだ。




じゃ、いいかと、私は開き直る事にした。




 「こうしてお会いするのは今日で最後です。妃殿下達に関わらない事は既に書面で約束して、第三国の行政文書庫に特別に保管して貰っています。だから無理ですね」




 国内なら権力でどうにか出来そうだけど、他国はどうやっても無理だろう。




 笑顔でそう言うと、綺麗にお化粧された顔でポカンとアウリスは言葉を失った。バトルメイドも呆気に取られている。




 「確かに、そんな契約書に、サインした覚えが…。えっでも、第三国?行政文書庫?何て、一般人が、利用出来る、所じゃ…ええ?」




「うちの家業が革の卸売業だって知ってます?昔、半年学園に籍を置く代わりに、大国と取り引き出来る様にして貰ったんですけど、その時のあれこれでうちの父親の作る靴に、とある人が惚れ込みましてその縁で」




 まさかそれが、大国の政府高官だとは思わなかった。




 だって革の加工業者の所に仕入れに行ったら、熱心に作業を見学してた人がいたんだよ。ただの拘りが強い人かと思ったら、革だけになる前の動物の生育・交配まで熟知してるんだって。変態だよね。




 私の父が職人だと知ったら『ほう…腕前はいか程か見てやろう……バチクソ好みじゃーーー!パトロンになってやるーーー!金を出させてくれーーー!出させて下さいーーー!』と、歩く金庫になってしまった。




 そのツテと入れ知恵で、契約書を行政文書庫に保管して貰えたのだ。もしかしなくても、これ職権乱用だよね…。




 私の本気が伝わったのか、アウリスが青ざめている。動揺で瞳が忙しなく動き、口もはくはくと言葉を紡げない。




 「お前…!大国だと?!祖国を裏切るつもりか…!」


 「やだなぁ、大国とうちの国は、商売の良きライバルで良き取り引き相手でしょ?そんな事言ってると逆に怪しまれますよ。あなたも、私も、私の元学友も」




 バトルメイドから表情が無くなった。主を脅しの材料に使われて、感情が振り切ったのだろう。


 ごめんね、私、今普通じゃないから。




 「リっ、リナさん…?」




 謝罪の気持ちを受け入れて貰えていない、と解釈したアウリスが震えながら己れを抱き締めた。


 胸が相変わらず腕に乗っている。デカイ。

 と言うか、ボリュームアップしとる。エッッッロイ。




 「ごめんなさい。でも、別に怒ってないよ?」




 「でっでも…。大国との関係を匂わせて…。わたしくは妃で、だから…だから…」




 可哀想に、めっちゃ絶望してるじゃん。でも本当に怒ってないよ。だって。




 「ほら、妊婦は感情が不安定になるって言いません?」




  ……………………。




「妊婦?誰が…?」


「私が。結婚して何年経ったと思うの?妊娠くらいするわよ!」




 おほほほほほほと、まだ殆ど目立たないお腹を撫でた。


 待望の第一子である。もう可愛い。愛おしい。愛で空も落とせる。




 アウリスは私の顔とお腹を交互に見て目を白黒させた。




 いつの間にか暗器を取り出していたバトルメイドも戸惑っている。さすがに妊婦を処するのは躊躇うらしい。




「そっそれは、おめでとうございます…」




 花嫁からの祝福を快く受け入れ、私は我が子が入っているお腹を見せつける様に背中を反って自慢する。




 「ほらもう時間よ。メイドさん花嫁を連れて行きましょう?」




 完全に白けた雰囲気になったが、私は構わず二人を促した。さっさと終わらせてさっさと帰るのだ。




 「あっそうだ、ひとつだけ聞きたい事があったんだ」




 アウリスが身構えた。バトルメイドも緊張の面持ちで主を見守っている。どんな責めも受け入れる覚悟を決めた主を…。




 「前世、陸上部でした?もしくはバスケ部」


 「……………。いえ。器械体操を習っていました……」




 そっちかー!




 ガラーンゴローンと、大聖堂の鐘の音が響き渡った。








   ※※※※※※










 「リナ、言われた通りに迎えにきたけど、まだ披露宴とかの時間じゃねえの?」


「ジャック!来てくれたのね!さすが王家が使う伝令、仕事が早いわ!」




 王族の結婚式で盛り上がる大聖堂を背中に、私はジャックに駆け寄った。


 子供がいるのだから程々に!と怒るジャックも愛おしい。




 「披露宴はお城でやるんですって。あんな古狸達の巣窟に行くわけないじゃない。胎教に悪いわ!」


 「まあ、俺としてはそうして貰うと助かるけど」


 ジャックは今日の為に着飾った妻の姿を眺めた。


 もともと美少女であったが、正装姿はお姫様の隣に立っても見劣りしないくらいに美しい。


 「なあ、お前も、こう言う所で結婚式…」


「してる暇なんてないわよ!わたしは愛する旦那様と、愛する我が子を愛して愛して愛するのに忙しいの!」


 おーと、拳を高く上げるリナを、ジャックは仕方無いなぁと見つめた。


 妻はどんな時でも妻であった。そんな所に惚れたのだ。


 結婚式は将来の楽しみにとって置けば良い。物心ついた子供達に、母親の一番美しい姿を見せてやるのだ。


 「そうだジャック。昔、子供は子孫を含めて百十八人って言ったじゃない。あれ訂正」

 「そっそうだな、子供はひとりだけでも十分…」

 「私が子供を十人産んで、子供達が十人ずつ産んだらあっという間に達成できるわ。一桁…いや、二桁は多く見積もらないと!」


 全然産むつもりだった。


 「おい!自分にも子供にも負担をかけ過ぎだ!子宝願い過ぎて神様も裸足で逃げ出すぞ!」

 「やだ、神様って案外ヤワね!根性が足りないのよ根性が!」

「神様に根性論を説くんじゃなーい!」




 二人は盛大になる鐘の音を背中に聞きながら論争を繰り広げた。




 その鐘の音の合間に『アウリスやはり君を諦められない!』『隣国の皇太子が何故ここに!』『君を愛しているんだ、帝王の后の座は君に捧げる。俺と結婚してくれ!』『戯れ言をほざくな!アウリスは私のものだ!部外者は立ち去れ!』『消えるのは貴様だ!庶民に扱き下ろされた小者の癖に!』『なん、だと…?よし分かった戦争だ!』『やめて!わたくしの為に争わないで!』と、物騒な声が聞こえてくる気がしないでもないが、リナとジャックにはもう全て関係ない事だ。





 私達は私達の物語を歩んで行くのに忙しいのだ。


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悪役令嬢がヒロインルートに入ったので、私は退場させていただきます 睦月 はる @Mutuki2018

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