第2話 脱走、そして

 ユーイの姿が完全に見えなくなってしばらくすると身体の自由が戻った。私はゆっくりと立ち上がり。協会の方から歩いてくる人影を見やる。

「マリア卿、悪戯がすぎませんか」

「あらぁ、どうしたの、テレサちゃん。目を真っ赤にしてぇ」

「あなたの悪戯で賊を逃しました」

 フードをすっぽりと被ったそれからも分かる艶やかな美貌を持つ魔法使いだった。名前はマリア、重力を操る魔法を使う。

 ついさっき、私の身体から自由を奪ったのもこの魔法によるものだった。

「ごめんなさいね。暗くてよく見えなかったから、誰が誰だか分からなくって、悪そうな方を攻撃しちゃったの」

 私は剣を納めた。頭痛がする。

「ユーイちゃん、脱走しちゃったのねぇ」

「そうですね。マリア卿の愚行についてはクロックエンド様に報告しておきます」

「あら怖い」

「ふざけるのも大概にしてください」

「どうしてあの子は脱走したのかしら?」

 マリアの問いに答えは思い浮かばなかった。軟禁されているのだから、脱走したくなる時もあるのだろう。

「愛する人を奪われて憎かったのかしら」

 歌うようにマリアが言った。頭痛がする。

「何を言っているのか意味がわかりません」

「だってテレサちゃん、マナのことを敬愛していたでしょう?」

 観察するように私の顔を覗き込んでくる。

「マナは最強の魔法使いでした。尊敬するのは当然のことです」

「それだけかしらぁ?」

「何が言いたいのですか」

「あら怖い」

 自分が今どんな表情をしているのか分からない。

「くだらない挑発をしているつもりですか」

「挑発だなんて!ちょっとからかってみただけよ」

「くだらないですね」

「でも、テレサちゃんはユーイが脱走することに気がついていたのよね。気がついていたのに、他の誰にも知らせていないのは何故?これもクロックエンド様に報告する重大な案件よねぇ?」

 待ち構えていたところから知っているとは、マリアはいつから潜んでいたのか。

「だから何ですか。マリア卿の邪魔がなければ、確実に脱走は阻止できていました。あなたこそ、何故私の邪魔をしたのですか」

 私の問いにマリアは悪魔のように微笑んだ。

「だってぇ、あのままじゃテレサちゃん、あの子を殺してしまいそうだったもの」

「私が、ユーイを、殺す?」

 マリアがじっと私を見ている。

「説得はしました。聞かないのであれば致し方ないでしょう」

「ふうん。でもまぁ、あたしはそれだと困るのよ」

「何かあなたに不都合がありますか」

「本当に困るのは、あたしじゃないの。これ以上は言えないわ」

「……そうですか」

 これ以上詮索するつもりはなかった。どうせ答えないだろうし、ユーイを追いかける時間が惜しい。

 切り上げようと踵を返した時、マリアが笑った。

「けれどテレサちゃん。あたし、気になることがあるの」

「まだ何か」

「現協会最強の魔法使いであるあなたが、あたしの魔法であんなに簡単に動けなくなるなんて、何だかおかしくなぁい?」

「不意打ちでした。対応に些か時間を要しただけのことです」

「本当にそうなのかしらねぇ」

 マリア相手だとやりづらいのはいつものことだった。

「マリア卿、私からも一ついいですか」

「何かしら」

「次に邪魔をしたら、容赦しません」

「あら怖い。覚えておくわ」

 くすくすと笑いながら、マリアは姿を消した。




 汽車から眺める風景はどんどんと変化していた。

 西の国を出発し、中央を横切り、東の国に至った。東の国は特に農業が盛んな国で、景色も田園地帯がずっと続いている。西の国も自然派多いものの、こちらの方が活気のあるように感じられた。

 協会があるのは西の国なので、この東の国は逆に位置している。追手がくるとしてもしばらくはかかるだろう。

「ユーイ、どうしたの」

 オドが欠伸をしながら聞いてきた。

「テレサニアさんって、マナのことが好きだったのかなと思って」

「どうしてそう思うの」

「何となくそう思っただけ」

 最初に会った時の憎しみに満ちた目。あと、対峙した時に私へ向けられた気迫。あれはマナを殺した私が許せなかったのではないだろうか。

 ならば、きっと私を憎んでいるのはテレサニアだけではないだろう。

「ユーイ、大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ。覚悟はしてる」

 マナを失ったあの日からずっと覚悟はしていた。憎まれる覚悟。一人になる覚悟、この世界からいなくなる覚悟。

「これからどうするの?」

「ヒサカさんに会おうと思って。マナが前にヒサカさんのことを話してたから」

「東の賢者、ヒサカだね」

 ヒサカは魔法使いの一人だ。

「もう東の国なんだね」

「ユーイがマナの弟子になった国だ」

「そうだったね」

 オドの言葉に私は静かに答えた。

 そう、ここは私がマナの弟子になった国で、そして、私が、死んだ国。

「シーヴェルト先生、心配してるかな」

 シーヴェルトは私が協会にいた時によく面倒を見てくれた魔法使いだ。相談もせずに出てきてしまったから怒っているだろうか。

「ユーイ、後悔してる?」

「してないよ」

 汽車が少しずつ減速する。

「オド」

 肩に乗った相棒に声をかける。

「何、ユーイ」

「私はね」

 深く息を吸った。

「マナを生き返らせたい」

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