第十一話: かるちゃー・ぎゃっぷ




 ……。


 ……。


 …………ぞろぞろ、と。



 結局、教室を出て行った者たちが合流する事はなく……剛たちは校庭へと出て……例の、『キーコくん』が設置されている建物へと足を運んだ。


 野球部を始めとした、運動部の掛け声が響く中……明らかに運動目的ではない生徒たちが二十名弱も集まって移動しているのは、この場においては場違いなのだろう。


 校庭の端にあるだけあって、運動部の活動の邪魔にはなっていないようだが……視線は感じる。ジロジロと、合間にて向けられる視線が、建物と集団へと向けられる。



「そういえば、ここって鍵空いているのか?」

「……どうだろう」

「おいおい、しっかりしてくれよ」

「そう言うな、俺だって昨日の今日なんだぞ」

「ああ……まあ、そうだな、悪かったよ」



 自然と、誰も彼もが居心地の悪さを覚えていたのだろう。


 幾らか急かした様子の番町より促された剛は、そういえば確認していなかったなと思いながら……扉に手を掛けると、思いの外あっさりと開いた。



「不用心だな」



 思わず、剛はそう呟いた。「いやいや、かなり厳重なセキュリティだよ」しかし、そうではないと、みっちゃんが答えた。



「そこの出入り口もそうだけど、登録された人じゃないと入れないようになっているね。許可なく入るとセキュリティ発動で大変な気がする」

「……そうなの?」

「なんてったって『キーコくん』めっちゃ高いし、大量生産出来ないらしいから、向こうでも予約4,5年待ちはザラって聞くし」

「これ、そんなに人気のあるやつなの?」

「コレあるだけで商売出来ちゃうぐらいには人気で品薄だもの……ぶっちゃけ、こっちで言う転売とかやるとガチで死人が出るからね、間違っても盗んで小金稼ごうだなんて魔を差しちゃ駄目だよ。向こうの対犯罪部隊がガチで殺しに来るからね、本当の本当に駄目だよ、役所の記録全部辿られて一族全員根絶やしにされちゃうからね、マジのマジのマジで駄目だからね」



 口調や言い回しこそ冗談っぽいが、目の色と声色は本気……そして、強張った表情を前にして……誰もが茶化すような事は言えなかった。



「……ところで、登録って?」



 そんな中、場の空気を変える意味も……気になったその言葉に、剛は首を傾げた。


 登録と言われても、そんな事をした覚えは無い。もしかしたら、女王が済ませておいたのかもしれない。



「入れた時点で大丈夫。たぶん、入ってもいい人は既に登録してあるはずだから」



 そんな剛の内心を他所に、勝手知ったると言わんばかりにみっちゃんと……他の編入女子4人がズカズカと中を進む。


 恐る恐るといった様子で室内を見回し、装置を見やる剛たちを他所に、慣れた様子で並べられた『キーコくん』を見比べていったみっちゃんたちは……顔を見合わせて頷くと。



「これ、たぶん特注だと思う」



 一様に、そう答えた。



 ……詳しく(といっても、彼女たちも素人だが)聞けば、だ。



 どうも、『キーコくん』は例外を除き、ハンドルの辺りに製造日や型式などの製造番号が印字なり刻印されているらしい。



 実際に見た所、それらしい刻印が有った。



 剛が見た限り、日本語……英語でもない不思議な文字で、曰く、『異世界で広く使用されている言語の一つ』なのだとか。


 この製造番号は素人でも分かるぐらいに簡潔なモノらしく、文字と規則性が分かれば、どの時期に作られ、どの系統(要は、シリーズ・メーカー名など)なのかも分かるようになっている。


 ……で、だ。


 みっちゃん達が確認したところ……この『キーコくん』には製造日こそ有るが、系統が刻印されていない。削られているわけではなく、始めから無い。


 つまり、ここにある『キーコくん』は見た目こそ旧型っぽいが、実態は完全オーダーメイド品である可能性が高いということだ……ん?



「ここって、地下があるのか?」



 ある一点に気付いた瞬間、思わず剛は呟いていた。「は、マジか?」その言葉に、室内を見回していた番町だけでなく、クラスメイトたちも寄って来た。



 剛の視線の先……そこに、よく見れば有った。何がって、エレベーターが、だ。



 内装に合わせて塗装されていた事に加え、おそらく、あえて分かり難いようにしてあるのだろう。朝は外から軽く覗き込んだ程度だったから、気付かなかった。


 ……とりあえず、『→』のボタンを押す。電源は通っているようで、扉は普通に開き……思いの外、奥行きのあるエレベーターであった。


 行き先階を決める操作盤には、『1』と『B1』と『B2』と『B3』の四つのボタンが有る。新品なのか、ピカピカと光沢が綺麗だ。


 というか……エレベーター全体が真新しい。


 まあ、昨日の今日で出来た建物に使われているエレベーターだけが中古なのも変だから、当たり前と言えば当たり前だが……いや、そんなモノよりも、だ。



 ――何だコレ?



 思わず首を傾げる剛の視線の先には、エレベーター内の内壁にデカデカと印字された『♀』のマーク。そして、マークを否定する意味なのか、『♀』の上から大きく『×』と印字されていた。



 ……何だろうか?



 パッと見た限りだと、女人禁制と取れなくはない。しかし、そういうのは男女別の施設やテリトリーなどに使われるのがほとんどだ。


 いちおう、妊婦や年寄り優先のエレベーターはあるが……男性あるいは女性が入ってはいけないエレベーターなんて……はたして、どんな意味なのだろうか?



「あの、みっちゃん……」

「ん? ああ、たぶん、見たまんまじゃないかな」

「見たまんまって?」

「女は禁止ってこと。まあ、この手の施設ってだいたいそういうエリアが設けられているし、やっぱこっちも同じか~」



 気になって尋ねてみれば、みっちゃんはあっけらかんと言い放った。


 あまりにもアッサリとした様子に、周りの方が驚いて目を瞬かせたぐらいであった。


 何せ、昨今はとにかく男女平等だ。


 校則にも、男女共にどちらの制服でも良いとされているぐらいに……だからこそ、女人禁制を気にも留めていない姿が……この場では異質。


 それも、みっちゃんだけではない。


 同じく異世界人である編入女子たちも、みっちゃんと同意見なのだろう。誰も、気にしている様子は見られなかった。



「……あの、みっちゃんは気にならないの?」

「え、何が?」

「何がって……その、女だけ駄目ってところが……」



 その中で……思わずといった様子で、クラスメイトの女子(名前を、剛は覚えていなかった)の一人が尋ねた。



「……? いや、別に。只の住み分けでしょ、こんなの」



 対して、みっちゃんの反応はあくまで淡々としていた。


 他の編入女子たちも、不思議そうに顔を見合わせていて……逆に、その女子の方が呆気に取られてしまった。



「そ、それは変よ。だってこれ、女性差別でしょ」

「……? ごめん、何を言っているのかマジで分かんない」



 冗談ではなく、本当に理解出来ないのだろう。


 みっちゃんは心から困惑した様子で、「……その、貴女の言っている事ってさ」カリカリと頭を掻いた。



「私たちからすれば、女だけ子供を作れるのはズルい、男にも子供を作れるようにしろって怒鳴るようなもんだよ」

「わ、私はそんな事を言っているわけじゃ――」

「いや、そうだよ。だって、女が『キーコくん』で作ったやつ、マジでマズイんだよ。アレほんと無理、一口で胃の中のサンドイッチ逆流した事あるから」

「……それをするのが企業努力じゃなくて?」

「結局、ソレしか出来なかったってだけでしょ。文句あるなら女が作ってもOKな『キーコくん』作ればいいじゃん。善意を当然だと思っちゃ駄目だと私は思うね」

「…………」

「自分じゃ何も出来ないのに、文句だけは言うのは止めた方がいいよ。こっちじゃソレが通じるのかもしれないけど、向こうじゃ笑われちゃうから」

「――ここは日本でしょ!」

「そうだね。でも、そんなん私に怒られても困るよって話だから……で、どうすんの、剛っち~」



 呼ばれて、剛はハッと我に返った。



「たぶん、女が入るとセンサーが働いてスイッチが利かなくなると思うから、見に行くんなら男子たちだけだよ」

「え……あ、本当だ」



 みっちゃんがエレベーター内に居る状態でボタンを押すも、反応が無い。


 なのに、みっちゃんがヒョイッと外に出れば、途端にボタンが点灯し……入れば、フッと消灯した。



 ――みっちゃんの言う通り、女人禁制が成されているのだろう。



 機械的な処理なのが確定している以上、剛の一存でどうこう出来るものじゃない。と、なれば……男子たちだけで確認するしかない。



 ……。


 ……。


 …………とりあえず、行くしかない。



 幸いにも男子たちだけなら全員乗る事が出来たので、全員で行く。「行ってら~」エレベーターの扉が閉まる直前、手を振ってくる編入女子たちに手を振り返しながら……まずは、『B1』へ。








 ……。


 ……。


 …………ここは……シャワー室か?



 エレベーターを出てすぐに広がっていたのは、敷地全部を使った贅沢なシャワールームであった。


 大型入浴施設を思わせる広々とした雰囲気に見合う、木製の匂いが薄ら漂う脱衣所。扇風機や体重計や姿見などなど、おおよそ使いそうなモノが一通り置かれていた。


 全自動で空調が制御されているようで、脱衣所内は涼しい。


 そのまま、大きなガラス扉を開けてシャワールームを覗けば……バスタブこそ無いが、真新しいシャワーと備え付けの石鹸などが設置されていた。


 しかも、嬉しい事に……浴室のシャワーは一つ一つが擦りガラスの個室になっていて、扉を閉めれば小さな密室が出来るように配慮されていた。



「……上で汗掻いたら、ここで汗を流せってことか?」

「分からないけど、そうなんじゃないかな」

「……何て言えばいいのか分からんけど、ガチだな」

「正直、ガチ過ぎて怖い。ここまでやるのか……」



 ポツリと零したのは、誰の言葉か。


 何にせよ、「……個室シャワーとか、名門レベルだろ」しみじみと呟いた番町の言葉に……全員が、一様に頷いたのであった。




 ――さて、お次は『B2』……なのだが。




 『B2』へと降り立った見た剛たちは……正直、このフロアが何の用途の為のモノなのかが分からなかった。


 フロアのおおよそ3分の2は、個別の部屋。中はベッドと小さいテレビ……必要最低限のビジネスホテルの一室といった感じで、仮眠を取るには……といった内装だ。


 そして、残りの約3分の1。壁に面して設置されたソレらは、パッと見た限りでは……衣服店などで見られる、『試着室』のような個室であった。


 違うのは、カーテンではなく、ちゃんと扉だということ。そして、試着室なら設置されている鏡がそこにはなく、あるのは……壁の向こう側が見えるガラスの壁の2点であった。



 ……試着室ではないだろうか?



 いちおう、服を引っ掛けるハンガー等はある。備え付けのティッシュとゴミ箱、個別包装のアルコールティッシュ。パッと見た限りでは、試着室に……見えなくもない。


 ガラスの向こうも、こちら側と同じような造りになっている。まるで、鏡に映したかのように正反対だが……うむ、ガラスが鏡であったなら、試着室で確定なのだろうが。


 とりあえず、ガラス壁の向こうにある試着室の扉が閉まっているので、その先を窺い知ることは出来ない。何処かから回って行けるのかと室内を見回すも、それらしい出入り口は見つからず。



 そうして……他にも、一つ。



 よくよく見れば、ガラスの壁に穴が一つ空いている。しかも、全ての試着室に有る。


 綺麗に丸いソレの直系は、おおよそ10センチぐらいだろうか。


 高さも直系も同じそれらは設計ミスではなく、意図的に作られたモノだと一目で分かった。


 ……だが、分かるのはそれだけ。


 はっきり言って、用途がサッパリだ。個室のベッドなどはまあ、仮眠用とかで思いつきはするが……ガラスの壁も、用途不明の穴も、いったい何の為のモノなのか。



「――うお!? 何だコレ穴が動くぞ」



 しかも、その穴……驚くべき事に、動かせるのだ。


 まるで、水面に浮かべた輪っかのように、穴のふちに指を掛けるだけで、穴が動く。なのに、穴が有った場所はガラスで塞がれ……後には、位置が変わった穴だけが残る。



「……何に使うと思う?」

「さあ……お金とかの取引とか?」

「もしかして、採血とかするんじゃないの」

「おい、怖い事言うなよ」



 物凄く地味だが、地味に物凄い光景を目にした剛たちは、脳裏を過る嫌な想像に背筋を震わせながら……一通り見終わったので、『B3』へと降りる。



「……避難通路?」



 そうして、一番下へと降りた剛たちを出迎えたのは……緩やかな傾斜が付いた通路と、その通路の壁にデカデカと張られた『↑非常口』のペイントであった。


 通路そのものは、特別な造りではない。


 エレベーターから出て右に……上から見れば、L字になっている通路を進めば……突き当りに、大きなエレベーターが設置されていた。


 非常口なのにエレベーター……と思ったが、ご丁寧にエレベーターの隣に看板が立てられ、そこには『震度15でも無事に動く!』と書かれていた。



 ……。


 ……。


 …………今更だけど、異世界人のセンスって本当に独特だよな。



 そう呟いたのは、誰だったか。


 少なくとも、先頭を歩いていた剛は率直にそう思ったし、その隣を歩いていた番町も似たような事を思ったし、後ろに続いていた男子たちも苦笑していた。


 ……で、だ。


 とりあえず、乗る。行きの時と同じく、このエレベーターも大きい。全員が乗れる。操作盤には、『1F』・『2F』・『3F』の行き先ボタンが設置されていた。



(……非常口なのに、何で三階まであるんだろう?)



 もう、考えるのが面倒になった剛は、「とりあえず、上から見てく?」背後の男子たちに尋ね……了解を得たので、『3F』ボタンを押した。



「…………」

「…………」



 そうして、『3F』へと到着し、開かれた扉の先に有ったのは。



「…………」

「…………えっ、と」



 自分たちを見つめる十数人分の瞳。


 正確には、右目の下あたりに幾何学模様の痣を持つ、各学年の一クラスに纏められた、通称『纏め女子』と呼ばれている……異世界女子たちの視線であった。



 ――ぽかん、と。



 あまりにも予想外な事態に、呆気に取られる剛を含めた男子たち。そして男子たちがいきなり姿を見せた事になのか、同じく呆気に取られている纏め女子たち。


 ……制服に取り付けられた名札の色を見る限り、女子たちは上級生。


 傍から見れば、互いがぽかんとした様子で見つめ合うという不思議な感じであったが……復帰したのは、女子たちの方が早かった。



「あの、時田剛くん……だよね?」

「え、あ、はい……えっと……」

「わたし、モイモイって言うの。ここは3年生の教室だけど……あなた達、何処から来たの?」



 その中で、真っ先に声を掛けて来たのは……モイモイと名乗った、艶やかな黒髪を腰辺りまで伸ばした、優しそうな雰囲気の先輩女子であった。



(何処からって……)



 言われて、剛は背後を振り返る。


 背後の男子たちもそうだが、番町も……困ったように視線をさ迷わせた。まあ、客観的に見たら、彼らの反応も仕方ないだろう。


 何せ、剛もどう説明したら良いのか、上手い言葉が全く思いつかなかったからだ。


 だから、しばしの間、考え込んだ剛は……上手い言葉は諦めて、とにかく昨日の女王の訪問より起こった事を簡潔に述べる事にした。



 ……幸いにも、モイモイ含めた先輩女子たちは、理解が早かった。



 おそらく、事前に女王から連絡なり何なりがされていたのだろう。だったら初めから全部済ませておいてくれとも思ったが、今は良い。


 説明が進むに連れて、困ったように苦笑いをする先輩女子たちを横目にしながら、剛はそんなことを――。



「あ、時田くんだけでなく皆もそうだけど、来ちゃったのは仕方ないにしても、次からは土足厳禁だから」

「――あっ、すみません」



 ――思ったのだが、それよりもまず剛たち男子がするべき事は、マナー違反を謝罪して引き返す……で、あった。




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