第十話: 異世界人のセンス




 『○○が一晩でやってくれました』



 そんな言葉が剛の脳裏を過ったのは、その翌日。


 言うだけ言って去って行った女王の言葉が忘れられないままに夜が明け、いまいち晴れない眠気を押し殺しながら、たまたま(?)今日も通りがかった紅亜と一緒に登校した時であった。


 剛も最初は分からなかったが、異変に気付いたのは紅亜が先。キョロキョロと辺りを見回している紅亜に対し、どうしたのかと尋ねれば。



 ――えっと、何かチラホラとグラウンドに……って会話が聞こえてきて。



 言われて、もしや……と、剛は思った。一つ、思い当たる事があったから。


 耳を澄ませてみれば、確かに聞こえてくる。はっきりとは分からないが、グラウンド、端っこ、建物……おおよそではあるが、何となく全容が見えてくる。


 ……推測ではあるが、どうやら校庭の端っこに建物が出来たようだ。おそらく、昨日まではなかったはずの……真新しい建物が。



(……見ておくべきか、放課後まで放置しておくべきか)



 正直、見ると嫌になりそうだから、気持ちも腰も引けている。可能であれば、このまま見なかった事にして記憶を消したいぐらいだ。


 しかし、それは無理だ。既に……というか前から、逃れる術は無い。

 女王より直接お願いされた以上は、遅かれ早かれ取り組まなければならない。


 おそらくだけど……そういう手抜きに関してはかなり機嫌を悪くしそうな気もする。



「……ごめん、ちょっと様子を見てきていいかな?」



 とりあえずは一言声を掛けてから……と思ったのだが、紅亜は笑みを浮かべて軽く首を横に振った。



「私も行くから、一緒に行きましょう」

「……いいの?」

「はい、まだ時間に余裕はありますし、見に行くだけなら大丈夫です」



 そう言われれば、無下にすることは出来ない。それに、剛も紅亜と一緒に居る時間はけっこう気に入っているから……正直、ちょっと嬉しかったりする。



 ――で、だ。



 都合よく上履きに履き替える前だったので、そのまま正面玄関からではなく、回って裏手に……校庭へと向かう。


 どうも、剛たちだけでなく、気になった者がそれなりに居るようで……軽く見回すだけでも、同じ目的らしき生徒が十名ほど目に留まった。



 ――さて、何処かな?



 何やら気恥ずかしさを覚えながらも、さて、と視線を動かせば、すぐに件の建物は見つかった。というか、建物の周囲に集まっている野次馬のおかげで、バレバレであった。



 ……そうして、改めて近くで拝見した『建物』は……パッと見た感じ、横に細長い造形をしていた。



 言うなれば、昔の建築で言う『長屋ながや』というやつだろうか。


 出入り口は左端・中央・右端に設置されており、外壁含めて全体的に真新しい雰囲気を放っていた。


 いや……雰囲気ではない。実際に、新しいのだろう。


 傷や汚れどころか曇りすらない窓ガラスより中を覗き込めば……何だろうか、ゴテゴテとしたエアロバイクのような機械が置かれている。


 それも、一つや二つではない。


 等間隔に並べられたソレが、2列。1,2,3……さらっと数えた限りでも、20台以上も並べられていた。



(……何だアレ? アレで『飲み物』が出来るのか?)



 剛は首を傾げた。


 パッと見る限りでは、エアロバイク……そう、エアロバイクのようなモノにしか見えないそれらと、昨日の女王の話とが合致しない。


 剛の目にはスポーツ用、エクササイズ用の設備にしか見えない。しかし、その為の装置ではないのは確実だろう。


 何故なら、女王は『夢華嬢』の為に『飲み物』を作れと言った。加えて、ペダルをこぐだけとも話していた。


 なので、アレがその為の装置であるのは分かる。


 分かるのだが……しかし、見た目が見た目で……けれども……う~ん、分からん。



(クラスメイトに説明するこっちの身にもなってほしいよ……)



 例の15人連れていく話もそうだが、異世界人たちには、異世界人たちにしか分からない拘りというか、風習が有るというのは分かっていた。


 だから、全自動にすれば速いところを、あえて一部に人力を組み込んで……ミキサー装置みたいなものにペダルが付いている、そんなものを想像していた。


 ……なのだけれども。



「あ、もしかしてアレって『キーコくん』かな?」

「え、何それ」



 使用方法の分からない装置を見やりながら、さてどうしたものかと首を傾げていると、隣で同じように覗き込んでいた紅亜がポツリと零した。


 思わず彼女に目を向ければ、紅亜は何処となく羨ましそうな……あるいは、期待の眼差しが剛を見上げて……見上げて……。



(まん丸で、大きな目だな――って、違う違う)



 その瞬間……剛は、ぞわぞわっと這い上がってくる変な感覚に、思わず背筋を伸ばし……そのまま、尋ねた。



「う~ん、何て言えば……そうね、あの装置の別名です」



 すると、紅亜はそう答えた。


 もちろん、それだけでは何一つ分からない。紅亜もそれは分かっているのか、首を傾げる剛を前に、しばし頭を悩ませた後……断片的ではあるが、あの装置を説明してくれた。



 その内容を、大まかにまとめると、だ。



 あの、ゴテゴテとしたエアロバイクのような装置の正式名は非常に長ったらしく、一般的には『キーコくん』と呼ばれている。


 由来は、ペダルをこぐときに、『キコキコキコ』と音がするから。それが鈍って、『キーコくん』と呼ばれるようになったらしい。


 原理は一切分からないが、ペダルをこぎ続けると機械内部より『非常に栄養価の高い美容食品』が出来上がる。


 原料の必要無し、電源も必要無し、必要なのは定期的な整備ぐらいで、究極のエコロジー食品とも揶揄される事がある。


 向こう(異世界)では、エステサロン等に必ず置かれているぐらいの代物らしく、女の子なら一度は……というモノだとか。



「でも、どうしてでしょうね。アレって一台が高級車並みに高いって聞くのに……」

「え、そんなにするの?」

「はい。特に、VIPとかが使うような特注品にもなると、一台で10億20億もするとか……」

「すげえ……ってことは、安く見積もっても、あそこに有るだけの分でも数千万はするのか……」

「最新式ではなく型落ちっぽい感じがします。でも、いいなあ……もしかしたら、私も食べられるのかな……」

「……食べちゃ駄目なの? 女王さんからそう言われているの?」



 思ってもみなかった紅亜の呟きに驚けば、「食べても良いんですか?」逆に紅亜も驚いて目を瞬かせた。



「え、いや、どうだろう。俺は女王さんから、『夢華屋の人達の為にアレを使え』って言われただけで……そっちは?」

「特には……前に、困った事があったら時田くんに相談しなさいって通告が有っただけで、それ以外は……」

「そうなの? もっと色々と連絡とかされているものだとばかり思っていたけど……」

「あの人、いちおう私たちの留学その他諸々に携わっているけど、本業は『夢華屋』の人だから」

「そうなんだ」

「正直、私たちからすれば殿上人というか、大企業の超エリートさんみたいなものだから、対面すると緊張しちゃうんですよね」



 言われてみればそうだよな……納得に、剛は頷いた。


 と、同時に、剛は今更ながら色々と思う。



 考えてみれば、女王と名乗るあの人の事を、何も知らないな……と。



 巨大企業『夢華屋』の重役っぽい言い回しをしていたが、どれほどの立ち位置なのかは知らない。また、女王がどのようにして紅亜たちの留学に関わっているのかも知らない。


 他にも、剛は知らない事ばかりだ。


 異世界人である紅亜が、どのようにこれまで過ごして来たか。どうしてこっちに留学してきたか。女王と異世界女子たちの関係はどのようなものなのか。



(……何も知らないんだな、俺って)



 考えてみれば……そう、考えてみれば、だ。


 自分の事を好いていると公言している紅亜の事すらも、何も知らない事に、今更ながら剛は気付いた。


 ……まあ、顔を合わせてから三ヶ月も経っていないのだ。


 この時点で何もかも分かっていたら、それはもうよほどの天才かストーカーか……どちらにせよ、だ。



「……出来るなら、一度は食べてみたいなあ」



 剛の内心に当然ながら気付かないまま……視線を装置に向けて、誰に言うでもなくそんなことを呟く紅亜の横顔を前にして――。



「おっす、朝から仲睦まじいな」



 ――瞬間、舌の中頃まで出かかっていた言葉を、寸でのところで呑み込む。振り返れば、番町と秀一が居た。



 二人の視線は、剛と紅亜……というよりも、その後ろにある建物へと向けられている。どちらが次いでなのかは、考えるまでもない事だろう。


 とりあえず、二人に挨拶を返し……簡潔に、室内に設置された『キーコくん』がどのようなモノなのかを説明する。


 剛もそうだが、『キーコくん』のような食べ物を精製する装置なんぞ始めてみる。しかも、原料は必要無し、ペダルをこぐだけという理解を端から放棄したような装置だ。


 いちおう、『異世界の物だから……』というので納得はするが……それでも、話を聞いた二人は、酷く奇妙な生物を目にした通りすがりのような眼差しを建物へ向けた。



「え……飲み物が出るの?」



 ポツリと零した秀一の言葉。暗に、『異世界人の感性って……』であるのは、少し考えれば察せられるぐらいには困惑の色が滲み出ていた。



 ……まあ、気持ちは分かる。内心にて、剛も頷く。



 アレが異世界人にとって気にするような事でないのは、紅亜の反応からも察せられる。むしろ、私も使って良いのかなと期待している節すら見受けられる。


 仮に、あの中にフルーツでも入れてミキサーにするのであれば、まだ分かる。そうでなくとも発電とか、そういう類であるならば、理屈として納得も出来る。


 だが……原料無しで食品が出来上がるというのは、もはやSFだ。正直、どんな物質で構成されているのか分からないから、よくそんなモノ食べられるよな、という感想しか出てこない。



(そうだよな、紅亜もそうだけど、女王たちもみんな異世界人なんだよなあ……)



 異世界人という存在自体がSFだけれども、見た目が見た目なのでその印象は薄かったが……改めて、剛は『異世界』の異次元的な科学力の高さに溜息を零すしかなかった。





 ――そうして、放課後。


 HR(ホームルームホームルーム)の後、部活に下校にと散り散りになるはずの生徒たちが、一人も席を立たずに視線を前に向ける中……剛は、教壇に立っていた。



 生まれて初めて……そう、本当の意味で教壇に立った剛は、しかし、その時点から言葉が出せなかった。



 授業中の時とは、根本から違う。アレは視線の半分が黒板に向き、残った半分も剛を見ているとは限らなかった。剛も、彼ら彼女らに背を向けていた。


 けれども、今回は違う。全員の視線が剛へと向けられ、剛は彼ら彼女らの視線を真っ向から受け止めざるを得なかった。



 ――理由は、ただ一つ。女王よりお願いされた話を、自らの口で説明する為だ。



 教師たちから連絡事項の一つとして終わらせる方が楽ではあるが、そうすると、軽く扱われる可能性が高い。実際、剛が逆の立場なら、軽く受け止めて気にも留めなかっただろう。


 言ってしまえば、剛は当事者であり、クラスメイトの皆は部外者である。


 だからこそ、直接言わなければ『俺たち私たちは関係ないから』という言い訳で逃げられてしまう。これまでならそれでも良かっただろうが、今回は……そうも言ってはいられない。



 わざわざ、『クラスメイト全員の力で頑張れ』と女王から忠告を残したぐらいだ。



 おそらく、本当にそうしないと間に合わないのだろう。剛1人……番町と秀一の力を借りても、ほぼほぼ不可能なぐらいには。


 実際、昼休みの時に番町たち3人に相談した時も、クラスメイトを巻き込む為に直接お願いした方がいい、その方が真剣に受け止めてくれるだろう……と言われた。


 おかげで、剛はこうして教壇に立っている。


 何か言われたわけでもなければ、睨まれているわけでもない。ただ、30名以上の人間から見られているだけ。ただ、それだけ。



(め、滅茶苦茶緊張する……!)



 それが、物凄い事なのだと……剛は、知った。


 正直、この類の緊張は初めてで、重力が迷子になったかのように足元が震えるが……一つ息を吐いて、覚悟をする。


 せっかく、教師たちの(そうしなくとも、既に異世界側から通達が有ったようだが……)協力も得ているのだ。


 いざとなれば異世界人からの強制という体で話を押し通そう……そう結論を出した剛は、一つ咳をしてから……改めて、話を始めた。



 内容は……特に特筆するべきところはない。女王の話を要約して、簡潔に伝えるだけだ。



 普段のクラスメイトたちなら多少なり声は上がっただろうが、同級生の剛が教壇に立ち、ムードメーカー的な立ち位置のみっちゃんたち編入女子が、真剣な眼差しだったからなのか。


 途中、何度か声を詰まらせながらも……剛は最後まで話を終え、クラスメイト達は黙って話を聞き終え……何事も無く、用件の説明は終わったのであった。


 ……で、だ。



「――強制はしない。けれども、出来る限り手伝ってほしい。どれくらいの期間になるかは分からないけれど……」



 その言葉と共に、剛は頭を下げた。


 当然……という言い方は何だが、クラスメイト達の反応はバラバラであった。しかし、辛うじて……それらは三つに分ける事が出来た。


 一つは、『何で俺ら私らが?』という感じの反発の雰囲気を出している者たち。男女の割合は、女子の方が少し多く、彼ら彼女らは露骨に嫌そうに顔をしかめていた。



 ……気持ちは、理解出来る。



 実質、剛の言う事は、放課後の自由時間(あと、労力も)を差し出せと言っているようなモノだ。異世界との付き合いなど無い者たちからすれば、何で自分がと思って当然だろう。


 もう一つは、『まあ、面倒だけど……』という感じの、不満はあるけど手伝おうかなという雰囲気を出している者たち。全体的に、これが一番人数が多い。


 その中には、番町を始めとして、『出来る限りは手伝う』といった様子の者たちも居る。男女の割合は、男子の方が少し多かった。


 そして、最後の三つ目は……みっちゃんを始めとした、編入女子たちである。


 彼女たちの反応は、その前の二つとは違って……真剣な眼差しであった。彼女たちは互いに顔を見合わせ、瞬きを繰り返してはいたが……けして、冷めた眼差しではなかった。



「――それ、バイト代とか出るの?」



 そんな中で、最初に疑問を投げたのは……嫌そうに顔をしかめていたグループの者であり、少しばかり制服を着崩している男子であった。



「……いや、出ないと思う。バイト代を出すつもりなら、最初から明言しているはずだから」

「は? それじゃあタダ働きしろってこと? これからずっと?何で俺らが?」

「それは……向こうの人達の指示としか……」

「お前が窓口みたいなもんなんだろ? だったら、お前がそこらへんを調整するのが筋だろ」

「そう言われても、俺だって好きでやっているわけじゃないぞ」

「そんなん知るか、お前の問題だろ。俺らまで巻き込むんじゃねーよ」



 その言葉と共に、彼は席を立つ。それを見て、彼と同じ考えの者たちが立ち上がり……ぞろぞろと、教室を出て行こうと……した、その時。



「――あ、みっちゃん、これから遊びに行こうぜ、カラオケの割引券貰ったんだ」



 唐突に足を止めた彼は、くるりと振り返ってみっちゃんを呼んだ。自然と、クラスの視線がみっちゃんへと向けられる。


 みっちゃんは――誰隔てなく態度を変えない異世界女子だ。


 女子の一部からキモいとかヲタクだとか馬鹿にされている男子に対しても優しく、相手がイケメンだろうがブサメンだろうが、同じ笑顔を向ける女子だ。



「行くわけないじゃん」



 だからこそ……明らかに気分を害した様子でキッパリ断った、その姿に……誰もが驚いて言葉を失った。



「は、え……あ、ごめん、カラオケ嫌いだった?」



 動揺を、隠しきれない。言葉尻が、少しばかり震えていた。


 それは、遊びに誘った当人も……その後ろで成り行きを見ていた彼のグループたちも例外ではなく、ギクリと肩を震わせた。



「カラオケは好きだよ。でも、あんたは嫌い。ただ、それだけ」



 けれども、みっちゃんは構わずズバッと切り捨てた。「え、あ、そ、そう……」あまりに直接的な言葉に、言われた男子は……視線をさ迷わせる事しか出来なかった。



 ――ウザッ、なにアイツ。



 その中で、ポツリと……その男子の後ろの方に居る女子が呟いた。それは意外と教室内に響いて……溜め息と共に、みっちゃんは席を立った。



「ちょ、みっちゃん!」



 それを見て、思わず剛は声を掛けた。けれども、みっちゃんは気にした様子もなく、ひらひらと手を振って誤魔化すと……彼の前に立った。



「な、何だよ」

「――退いて」

「お、おう」



 強くも無く、弱くも無く、大きくも小さくも無い。


 しかし、有無を言わさない不思議な迫力がソコにはあって……気圧されたのか、彼は道を開けるかのように廊下へと後ずさった。




 ――直後、みっちゃんは無言のままに……扉を閉めた。




 ……。


 ……。


 …………は?



 思わず、剛は目を瞬かせた。


 それはクラスメイトたちも例外ではなく、唯一、他の編入女子だけが、『良くやった』と言わんばかりに指を立てていた。



 ――一拍遅れて、ずどん、と。扉が外より蹴られた――けれども、それだけであった。



 蹴った直後に、教室内に教師が居る事を思い出したのか、それとも、廊下の向こうで行き交いしている他の生徒たちの視線を気にしたのか。


 あるいは、女子相手に暴力はマズイと思ったのか。


 理由は定かではないが、それっきりだ。一瞬ばかり、扉の向こうが騒がしくなったが……すぐに、遠ざかって行った。



 ……。


 ……。


 …………えっ、と。



「あのさ、『キーコくん』なんだけど……一つ聞いていいかな?」

「え、あ、う、うん、なに?」



 今の、触れない方がいい……そう判断したのは、剛だけではないだろう。


 にっこりと、何時ものように笑みを浮かべるみっちゃんの姿に……番町すらも、ちょっと腰が引けていた……と。



「私の知っている『キーコくん』って、基本的に男性以外が使うのはよろしくないって話だけど、こっちに設置されたソレは女が使ってもOKなの?」

「え? そうなの?」



 初耳な話に、思わず剛は目を瞬かせた。けれども、みっちゃんは冗談とは言わなかった。



「私は何回か飲んだことあるけど、女が使って出来たやつって、げろマズなんだよね。何か、ペダルをこぐ強さとか体重の加減とか、その辺が影響しているとか」

「へえ、そうなんだ……」

「まあ、最新式だったら違うのかもしれないけど、少なくとも、私が知っているやつより旧式は……そこんとこ、どう?」

「正直、型落ちかどうかなんて全く分からない」

「まあ、そうだよね」

「ああ、でも、紅亜さんは型落ちかもって……」

「ん~、じゃあ型落ちっぽいね。とりあえず、実物見ないと分からないかな」

「……協力してくれるのか?」



 その言葉に、剛は思わずといった様子で尋ねた。



「出来る限りはね。剛っちも無理やりやらされている立場だし、私たちの事でもあるし……知らぬ存ぜぬっていうのは、厚顔無恥ってやつでしょ」



 対して、みっちゃんはそう言って笑みを浮かべ……チラリと、番町を見つめる。


 ハッと、我に返った番町は……苦笑と共に、おもむろに席を立つと。



「――じゃあ、手が空いているやつは見に行くとしますか」



 そう言って……場の空気を動かしたのであった。



 ……。


 ……。


 …………ただ一人。



(剛っち……その呼ばれ方はなんか……)



 いつの間にか、微妙な呼び名が付けられている事に気付いた、時田剛、その本人の内心を除いて。





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