第七話: はたして、それは誠実なのか
――目標である15人(正確には、番町と秀一を除いて13人だが)は、思いの外早く夏休み中に達成出来た。
とはいえ、トントン拍子に進んだわけではない。
相も変わらず同級生(というか、年齢問わず)交友関係が0な剛に、そう次々と適当な相手が見つかるわけがない。
目標達成に最も貢献したのは……やはりというか、番町であった。
『なあ、剛。残りの13人だが……もし、候補が決められずに困っているなら、俺が人選を考えていいか?』
そう、番町からの連絡が来たのは、彼の友人である秀一と、二人で童貞を卒業したあの日から、3日後のこと。
その時、剛は自室で学校の課題に集中していた。
元々、まとめてやるよりも少しずつやる性格な事に加え、『それはそれ、コレはコレ』と、異世界人からの命令と学業は別とも思っていた。
そんな剛が、前倒しで学校の課題に取り組んでいるのは……単に、女王からの課題というか、お願いをクリアする為である。
何故なら……時間を掛ければ掛けるほどに開店が遅れるばかりか、それによって夢華嬢からの心証が悪くなることを……剛は、女王よりやんわりと仄めかされたから。
もちろん、言い回しそのものは、けして剛を責めるようなモノではなかった。
女王からも、『出来るなら早急に集めてほしいけど、だからと言って、学生の本分を蔑ろにするのは違う』と、その辺りについては考慮してくれている。
おそらく、幸先よく2人を紹介した事で、夢華屋のスタッフ(つまり、夢華嬢)たちもひとまず納得してくれた……という事なのだろう。
しかし、そこで安心して夏休み明けまでは……等と思ってはいけない。
気さくな態度で接してくれているから勘違いしそうになるが、そもそも、立場も権力も圧倒的に向こうが上であり、剛は下も下……吹けば飛ぶような蟻も同然である。
そう、剛と女王たちは、けして対等な立場ではないのだ。
その気になれば即日の内に学校を辞めさせ、如何なる手段で非人道的な諸々を強制させることだって容易い……女王たちは、そういう存在なのだ。
――今、こうして己が暢気に学校の課題に励んでいられるのも、単に女王たちが対等に扱ってくれているからに他ならない。
元々が拒否権のない強制であったとはいえ、結果的にはお金が貰えただけでなく、成績も上がったのだ。おまけに……まあ、アレだ、卒業させてもらえたのも事実。
何故かは知らないが女王から気に入られているとはいえ、何時までもソレに甘えて……愛想を尽かされるのは、剛自身としても嫌ではある。
……それに、女王を含めた夢華嬢たちも、けして悪い人たちではない。
確かに、常識の違いからくる考え方の相違に面食らう事は度々ある。だが、彼女たちは彼女たちなりに筋を通すし、なにより……彼女たちは、嘘を付かない。
――少なくとも、自らの為に剛の尊厳を蔑ろにするような嘘は付かない。
それだけで、剛にとっては十分であった。
現金な話というか、女体に目が眩んでいるだけなのかもしれないが……それでも、剛はまだ誰かを信じられる事が、とても嬉しかった。
……で、だ。
話を戻すが、番町から電話が掛かって来たのは、夜の21時30分。キリの良いところまで進んだら風呂に入ろうと思っていた……そんな時であった。
何とも人様には言い難いキッカケで知り合った番町と秀一だが、アレがキッカケになったのか、番号とメルアド等々を交換してからは、色々と雑談を交えるようになった。
彼らを友人と称するかどうかは判断に迷う所だが、とりあえずは、過去のアレから来る色眼鏡で見て来ない二人の事を、剛はけっこう気に入っていた。
『もう決めているならいいんだが、まだ誰も決めていないなら……』
さて、開口一番を終えて、少しばかり自信なさげな様子で続けられたその言葉に……何でまた突然にと、剛は首を傾げた。
「いったいどうしたんだ? もしかして、また行きたいのか?」
『もちろん、それも有る。でも、それだけじゃない』
「と、言うと?」
『今後、女王さんから今回みたいな仕事を頼まれた時、ある程度味方になってくれる人が居た方が良いと思ったんだ』
「……と、言うと?」
言わんとしている事が分からない剛に対し、『別に、そこまで複雑な話じゃないんだ』番町は、そう言葉を続けた。
『お前の……そう、剛、お前の異世界人絡みの仕事だけどよ、今はまだ誰も気に留めていないが……いずれ、絶対に女子たちから敵視されるようになると思う』
「…………っ」
『その時、間違いなく一部の男子も乗っかる。その方が女ウケ良いからな。味方してもメリットの無い男子庇うよりも、女子側に付いて印象アップ狙う方が何万倍もメリットが有る……だろ?』
「…………」
『もちろん、全員がそうなるわけじゃねえ。でも、女子の大半が敵に回っているやつを庇う理由は無いし、そういうやつを苛めても、その半数の幾らかが“自業自得だ”と思うだけでも相当にマズイ……だろ?』
「…………」
言われて……剛は少しの間、何も言い返せなかった。
番町の言葉は、剛が実際に体験してきた事であったから。
事実として、名前はおろか顔すら知らない他人から、一方的に罵られた事が何度もあった。誇張抜きで、いきなり背中を蹴られて階段から転がり落ちた事もある。
そこに、正義感など無い。というより、善悪すら、関係ない。
有るのは、正義の立場に身を置ける快感を味わいたい、ただそれだけ。真偽など必要ではなく、重要なのは『悪者であるか、否か』、ただそれだけである。
故に、一度でもアイツは悪者であるとレッテルを張られれば最後、取り返しの付かない事になる。
かつて、時田剛が幼馴染の一件で張られたレッテル。少し考えれば真偽すら分からないという曖昧な話なのに、誰も彼もが剛を『悪者』だと断定した。
そうしたのは、幼馴染の優奈。そして、優奈の言葉を一方的に、それでいて、感情的に盲信した女子たちだ。
男子たちなど、ソレに比べたら取るに足らない。
所詮はメリットとデメリットを天秤に掛けて動いただけ。
デメリットが大きくなれば、そもそも関わって来ることすらしないからだ。
それは、番町自身が語ってくれた。
あの事件もそうだが、大半の男子は『剛はハメられた』と考えている。しかし、それを口にした所でメリットは0。だから、遠目に見るだけで近寄らないのだと。
――そう、考えれば……番町の言わんとしている事を、剛はようやく察した。
女子と一部の男子から一方的な理不尽を向けられるのもそうだが、それによって、そちらに属さない男子と一部女子からも拒否されるようになれば……剛の立場は、最悪になる。
それこそ、全員が結託して剛に濡れ衣を着せることだって出来る。いや、中学の時、実際にされかけた。
「……言いたい事は分かった。確かに、このままっていうのはマズイと俺も思う」
『おう、分かってくれたか。少なくとも、何か有った時の為に引き込んだ方が良いやつを……っと、返答は?』
「お願いするよ。そもそも、下手に俺から話しかけるだけでもヤバいし、こんな話を持ちかけて素直に信じてくれるやつを探すのも大変だからな」
――それに。
そう、間を置くと共に、剛はため息を零した。
「夏休み明けに、異世界側から転入生が来るんだ。転入生のみで固めたクラスが各学年に一つと、各クラスに5人ずつ編入される予定らしい」
『あっ? そうなのか?』
「お楽しみって事でサラッとしか教えてくれなかったけど、来るのは確定っぽい。おかげで、顔も名前も全く分からない人たちの相談窓口をしなくちゃならないんだよな……」
『男女の割合とか、そういうのも全然分からないわけか?』
「いちおう、女子が多くなるっていう程度には教えてくれたけど、それ以上はさっぱり分からん」
……。
……。
…………少しばかり、沈黙が間を流れて行った。
『……明日予定空いているか? 空いているならカラオケ行こうぜ、奢るから。秀一も誘うから3人で喉が枯れるまで歌おうぜ』
「……ポテト頼んでいいか?」
『ピザも付けていいぞ。よし、明日10時30分、○○駅の『マイクマン』……場所知っているか?』
「知ってる」
『そうか。それじゃあ、また明日』
「ああ、明日」
その言葉と共に、通話が切れる。
一つ、溜め息を零すと共に表示された時間を見やり……そっと、広げていた教科書などを閉じる。
次いで、大きく伸びをしてから、風呂に入ろうと着替えを……取ろうとした、その瞬間。
「……そういえば、誰かとカラオケなんて中学以来だな」
ポツリと、誰に言うでもなく、無意識の内に剛はそんな事を呟いていた。
特に、そこに意味などなかったが……不思議と、何とも言い表し難い、不思議な感覚を剛は感じていた。
……。
……。
…………それから……まあ、細々とした違い(番町たちと比べて)はあるものの概ね平和的に進み、始業式7日前の段階で15人を達成し……2学期を迎える事となった。
それは同時に、剛の電話帳とアプリには新たに13名が追加されたも同然であった。
曰く、『もし良かったら次も……』という事らしい。
現金な話だが、まあ“俺が逆の立場だったらあわよくば”と思うところなので、剛は特にその点に付いては気にしなかった。
それに、中学の時より幾らかマシとはいえ、剛に対する女子たちの印象は総じて悪い。無関心か、悪いか、その二つしかない。
なので、悪意を持って近づこうとするよりは、お零れ目当ての方がまだ、剛としてはずっと気が楽であった。
……というか、剛としても下手に露見して相手の方にまで迷惑を掛かるのは嫌である。
なので、表向きはこれまで通り空気扱いで良し、用が有るならアプリ等で連絡なり何なりしてくれれば良く……そちらの方が都合も良かった。
当然、それは番町と秀一(秀一は、別クラス)も同じであり、基本的に用が無い限りは話し掛けない、剛からも話し掛けないという事になった。
……その点については、二人から不満の声が上がったが、剛は絶対に首を縦には振らなかった。
……で、だ。
そんなわけで……始業式も無事に終わり、幾らか雰囲気が変わったクラスメイトたちを確認し、合わせて、来週には異世界からの編入生が来るという告知が成された後。
何やら学校の端(要は、非常階段があるだけの行き止まり)に足場が組み立てられ、騒音防止の幕が張られた……かと思ったら。
驚くことに、わずか一週間。
土日を挟んだ翌週には幕が外され……そこには、明らかに他と色合いが異なる真新しい校舎部分と、僅かに新品特有の臭いが漂う教室が3つ。
たった一週間の間に、校舎の増築が完了したのであった。
そうして、その日、各学年に一クラスずつ、加えて、各クラスに5人ずつ『異世界人』が編入され……一夜にして、いきなり100名強の生徒が増えたのであった。
もう、それだけでほとんどの生徒は面食らっていた。何せ、たった一週間で建物が物理的に伸びているのだ。
いくらそういった方面の知識が無かったとしても、たった一週間で校舎を増築するなんぞ不可能だっていうことぐらい、想像が付く。
それ故に、増築が完了した校舎を見て、登校した生徒たちが抱いた感想はおおよそ三つに分かれた。
一つは、純粋に常識外の事が起こって驚いただけ、それ以上でもそれ以下でもなく、対岸の火事程度に考えている者。
一つは、『異世界人』が持つ圧倒的な技術力を実感し、もしそれが自分たちに向けられたらという、恐怖を抱いた者。
そして、最後の一つは、増築された校舎を見て、『そういえば異世界から編入生が来るのだ』と思い出し、暢気に構えていた者。
この、三つであった。
だが、それも朝のHR(ホームルーム)が始まるまで。
各クラスにて編入した『異世界人たち』が自己紹介を始めた時点でほとんどの者たちは思考の外に行き、昼休みになった時にはもう、誰も気に留めてすらいなかった。
何故なら……各クラスの編入生、並びに、各学年に追加された新しいクラスの異世界人、約100人が全て……そう、一人の例外もなく。
……。
……。
…………女子、だったから。
しかも、一般的な……そう、普通の女子ではない。とはいっても、手足の数が多いとか、人肉を食らうとか、そういう意味ではない。
――一つのクラスに纏められた異世界女子は、右目の下に幾何学模様の痣。
――各クラスに編入された異世界女子は、左目の下に幾何学模様の痣。
そんな特徴が、彼女たち異世界女子には有った。
剛以外にもソレに気付いた者は多いが、そこにどのような意味があるのかは、今のところは誰も……剛も、教えられなかったので、分からない。
曰く、刺青ではなく、生まれつきどちらかに痣が出る。どちらに痣が出ているかどうかで意味合いが大きく変わるが、彼女たちの間に上下の違いはなく、対等であるとのこと。
……そして、目立つ特徴が、もう一つ。それは、異世界女子は共通して……単純明快に、容姿が良かったのだ。
しかも、単純に胸が大きいとか、そういう話ではない。全員が専門のインストラクターの指導を受けているかのように、誰もが綺麗であったのだ。
そう、まるで一定以上の容姿とスタイルを持つ美人だけを集めて来たかのように、彼女たちは一律に優れた美しさを持っていた。
コレには、あっという間に学校中の生徒たちが一斉に沸騰した。
教師陣も詳細を聞かされていなかった(いわゆる、事後承諾)らしく、多少なり動揺していたのだから……生徒たちの反応も、窺い知れるだろう。
しかも……そう、しかも、しかも、しかも、だ。
新しいクラスに固められた異世界女子とは別に、何よりも生徒たちを沸騰させたのは、各クラスに編入された異世界女子たちの存在。
いったい何を……単に、編入女子たちは大らか過ぎたのだ。
彼女たちは、例外なくコミュニケーションに長けていた。また、非常にスキンシップが親密かつ激しく、そこに一切の区別をしなかった。
おかげで、編入してから3週間近くが経つ頃にもなると……男子たちと各クラスに編入された異世界女子たちは仲良くなり、あっという間にこちらの空気に馴染んだのであった。
……。
……。
…………なので、剛は油断していた。
各クラスの異世界女子もそうだが、各学年の新しい教室にて纏められた各学年32名ずつの異世界女子たちも、こちらに馴染んで来ているのを見ていたから、油断していた。
何度か様子を見に行ったが、特に問題らしい問題は確認出来ず、事情を知っている彼女たちも剛に対してフレンドリーに挨拶を返すだけで、それ以上は何もなかったから、油断していた。
女王より言われていたとはいえ、剛も同じ高校生である。
初日は何時でも相談に乗れるように気を張ってはいたが、3日、5日、7日と時が過ぎて、月が替わる頃にもなれば……すっかり、緊張も解けていた。
だからこそ……昼食を終えた後の、昼休み。
基本的には教室内では空気に徹している剛の下に、「剛くん、ちょっといいかな?」珍しく話し掛けてきたのは……件の、左目の下に幾何学的な痣(刺青とは、違うらしい)を持つ『編入女子』であった。
――通称、『みっちゃん』
本名はしっかり有るらしいが、こっちの人達には非常に発音しにくいうえに長ったらしいので、略してそう呼べと学校に認めさせている、冗談のような実話を持つ女子である。
当然……という言い方も何だが、彼女もまた他の異世界女子と同じく、大そうな美人である。どれぐらいかと言えば、常に男子が1人2人は視線を送っているぐらいには。
……で、そんな彼女は、まるで一昔前の漫画に出て来そうなギャルの見た目をしている。
髪色は金髪(地毛らしい)で、薄らとアイシャドーを入れている。普通に考えれば校則違反なところだが、彼女は気にした様子もなく……派手なネイルで、ちょいちょいと手招き(?)された。
……首を傾げながらも席から立ち上がれば、彼女は両手で輪を作り……なるほどと察した剛は、そこへ耳を近付けた。
――君に相談したいって子がいるんだけど。
こしょこしょと、囁かれたその言葉に、ついに来たかと剛は思った。
周囲の男子より向けられる嫉妬混じりの視線を横目に、剛は彼女に案内されるがまま屋上へ……出入り口前の、小さなフロアにて佇む、異世界女子を視界に収めた。
その女子の痣は、右目の下に有った。
それだけで、その女子が一クラスにて纏められた、通称『纏め女子』であることに剛は察し……さて、と気を引き締めながら、彼女の前に立った。
……改めて見やったその女子は、他の異世界女子と同様に、非常に整った容姿をしていた。
黒以外の髪色の異世界女子は珍しくないが、眼前の彼女の髪色は黒。長さはショートカットで、どことなく勝気そうな雰囲気を感じ取れる。
おそらく……スポーツでもやっているのだろう。そんな印象を剛は覚えた。
基本的に色白な子が多い他の異世界女子に比べて、日に焼けている。けれども、非常に綺麗な焼け方をしており、まるでそう見えるように焼いたのかと思ったぐらいであった。
……そんな彼女は、焼けた顔でもはっきり分かるぐらいに頬を紅潮させて、剛を見つめている。
いや、それだけではない。よく見れば足元もそうだが、肩も僅かばかり震えている。よほど緊張しているのか、呼吸すら震えているのが剛にも聞き取れるぐらいであった。
(ちょっと待て、そんな緊張する程の事を相談されても困るんだけど……)
それを見て……剛が抱いた感想は、眼前の彼女が語る相談内容……それが己へともたらす、大きな負担に関してであった。
何と言っても、初対面である。
そう、一度ぐらい顔を合わせた事があるかもしれないが、そもそも、名前すら知らない相手。加えて、異性だ。
いったい、女王たちからどのような説明をされているのだろうか……少々気になるが、まずはそれよりも、だ。
「えっと……相談って、なにかな?」
ちらり、と。
一瞬ばかり、彼女の視線が逸れた。けれども、次の瞬間には、それ以上に強く剛を見つめ……思わず、身構える剛に対して。
「あの、私、
「あ、そう……えっと、俺は時田剛。それで、相談って?」
「――一目惚れしました」
ぽつり、と。それでいて、はっきりと聞き取れる声で……そう、呟いた。
……。
……。
…………?????
「なんて?」
思わず、剛は聞き返した。聞こえなかったわけではない。ただ、理解する事が出来なかったからだ。
新手の……そう、趣味の悪い冗談か悪戯かと、率直に思った剛は悪くないだろう。
何せ、眼前の少女は美人だ。どう低く見ても、10人見れば9人は美人だと判断するレベルの美貌だ。
そんな美人が、己に一目惚れする?
――ありえない。
それが、剛が瞬間的に抱いた結論であった。
平々凡々な男に一目ぼれする美少女なんてのは、漫画の世界の話である。現実に起こり得たとしても、それは容姿を凌駕する優れた点を持っている場合に尽きる。
例外は、彼女の性癖と合致しているぐらいだが……そんなのは、それこそ世界中を探せば見つかる……といった程度の話。
番町のような高ルックスならともかく、平均の域を出ない己に……思わず、視線が冷たくなるのを剛は抑えられなかった。
「――あ、あの、疑う気持ちは分かります! 初対面の相手に、いきなりこんなこと言われて悪戯だと思う気持ちも分かります!」
けれども……明らかに頭がパンクしている様子で釈明をする、その姿に……もしかすると本当なのかも、と、思わなくもない。
しかし、木本優奈という前例を経験している剛に……素直に信じろというのも、無理な話だろう。
「す、好きです! めっちゃ大好きです!」
顔中……それどころか、制服より飛び出している手足に薄らと汗が出ているぐらいに緊張している。
「彼氏彼女の関係になりたいです! お付き合いしている相手が居なかったら、私を彼女にしてください!」
絆されたわけではない。それだけは、違う。
しかし……これが演技であるかどうかは別として、だ。
「彼女が無理なら、お友達から……お友達からでもいいんで!」
真剣な……そう、少なくとも、剛から見れば本気の告白にしか見えない……そんな彼女に対して。
――別の女性を理由にして断るのは……どうにも、不誠実な気がしてならなかった。
彼女に、落ち度は無い。彼女はまだ、己に対して悪い事は何もしていない。そう、彼女は敵ではない。
そんな彼女に、断る為のもっともらしい嘘をでっち上げるのは……正直、自分もアイツラと同じ存在になりそうで、嫌であった。
「……その、俺が言うのも何様って話だけど」
「え、いえ、そんなことは……」
「正直、今はまだ……誰かに恋するとか、そういう気持ちにはなれないんだ」
「……はい」
「でも、ソレを理由にして断るのは、どうも違う気がする。だから、その……物凄く勝手な言い分であるのは分かっているけど――」
だからこそ、剛は……どう言い表せればいいのか分からない感情を、何とか胸中に抑え込みながら。
「まずは……お友達から。凄く酷い事を言っていると思うけど……まずはそこからで、いいかな?」
何とか……それだけを絞り出した。
それが、間違っているかどうかは分からない。
「――絶対、夢中にさせますから!」
でも、それでも、嬉しそうに笑う眼前の女子……クレアと名乗った彼女を見て、剛は……何と己は卑怯なやつになったのだと、恥じ入る気持ちでいっぱいであった。
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