第一話: 愛の終わり、無茶振りの始まり?
※胸糞的な描写有り、注意要
……。
……。
…………と、まあ、そんな感じで一つの関係が木っ端みじんに壊れたわけだが……そんなのは、世間一般からすればそこらを転がっている石ころ程度の価値すらもない話であった。
所詮は60億後半にも達する人々が蠢く星の、とある島国に住まう1億人以上の人口が密集する中で、都道府県に分けられた47の内の中の……二人一組の間に起こった、小さな小さな色恋沙汰である。
それも、掃いて捨てても次々押し寄せてくるぐらいにありふれた、片方の浮気が原因で起こった破局。
面白い面白くない以前に、もはや手垢が付き過ぎて話題に挙げることすら難しい……ありふれた話でしかなかった。
だから、そこで話は終わるはず……であった。
しかし、現実は、終わるはずだったのが終わらなかった。
始まりが何時からなのか……それは、当事者である剛には分からなかった。
ただ、クラスメイトから向けられる冷たい眼差しに気付き、己が置かれようとしている異変を察した時にはもう……遅かった。
――『浮気した男』。
それが、知らぬ間に与えられていた己の肩書きであった。
何もかもが、理解の範疇を越えていた。何故なら、浮気をしたのは己ではなく優奈の方で、自分は浮気をされた方だと、誰よりも剛自身が理解していたからだ。
そもそも、剛は優奈と別れた事を他人に話した覚えはない。なのに、どうしてそれが第三者に広まっているのだろうか。
誰かに話せば少しは気が紛れるのだろうが、これは己だけでなく、優奈の私的な部分でもある。なので、剛は事情を説明した両親以外には、全て胸に秘めていた。
両親が……いや、違う。では、優奈の両親が……それも、違う。優奈が口を滑らせたとしても、事実が真逆として伝わるのは……明らかにおかしい。
そうして、困惑するしかない剛……を、他所に。
事態は、さらに思いも知らぬ方向へと進んだ。
――『時田剛は、浮気しただけでなく、妊娠した幼馴染を見捨てた屑野郎』
根も葉もないデタラメを前にどうしたものかと考えている間に、気付けばそんな肩書きまで付けられていた。
それを、担任の教師から真っ向から尋ねられた時……遅ればせながら、剛は事態の深刻さを理解した。
――意味が分からない、というのが剛の本音であった。
身に覚えの有無を考える以前に、そもそも剛は童貞である。
優奈とはそういう行為をしていないし……強いて該当する人物を挙げるとするなら……あの男だろうか。
――というか、当の優奈が一番分かっているはずだ。
そう思った剛だが……不思議な事に、ある意味では降って湧いたこの事件の中心人物であり、誰よりも事実を知っているはず優奈が……学校に出てこない。
連絡先は……別れの電話の際、区切りをつける形で全部削除してしまったから、無理だ。覚えていたから何度か電話をしたが、通話拒否されている。
なので、仕方がない。
汚物を見るかのような眼差しに辟易しながらも女子たちに尋ねれば……緊急避妊薬を飲んだせいで体調を崩して休んでいると言われた。
――少なからず、ショックであった。
そういう行為をしていたのだから、子供が出来るのは自然の流れだ。中学生とはいえ、身体に異常もなく月経が来ているのであれば、やることやれば孕んでも不思議ではない。
しかし、言い換えるのであれば……恋人であった己ではなく、その相手には身体を開いていたという事実が生々しく具現化したも同じ。付け加えるのであれば、その男に対して……優奈は避妊をしなかった事になる。
……正直、辛かった。
出来ることなら、語りたくなどなかった……が、この状況でそんな寝言を言っている場合ではない。
だからこそ、剛はありのままを伝えた。
何せ、一から十まで、何もかもが事実無根。身に覚えのあることならまだしも、存在しない罪を背負って悦に浸れるような性癖を持ち合わせてはいない。
幸運……というか、教師陣は中立(あるいは、蓋をして誤魔化したかったのかもしれない)に物事を見てくれる者ばかりであった。
しかし……納得しなかったのが、女子たち……特に、優奈と仲の良いクラスメイトであった。
剛の言い分など、端から聞く気はない。『剛は悪人であり糞野郎』という結論が有って、そこからスタートしている。
だから、いくら剛を始めとして教師たちが説明しても、『言い訳をするな』で終わってしまう。
当事者である優奈が表に出て説明すれば解決する話だが、その当人が体調不良を理由に学校に来ない。連絡を取ろうにも、今はまだ……と家族からは言葉を濁され、上手くいかない。
ある意味では巻き込まれる形になった学校側だが、非常に繊細な問題であるが故に表立っては動けない。当人が出てこない以上は、学校側が取れる手段など高が知れているのだ。
それでも、まだ生徒たちは理性的であった。女子たちの印象は最悪の一言であったが、一部では『木本さんが出てこない限りは……』という体で静観していた者がいたからだ。
……けれども、だ。
その静観という行為は、裏を返せば、剛が悪いのだという結論が出れば……あっという間にひっくり返る程度の話であって。
騒動が始まってから、2週間後……ようやく学校に姿を見せた優奈が、挨拶もそこそこに女子たちから詰め寄られ、発端となっている妊娠云々について尋ねられた……その瞬間。
――木本優奈は、涙を流して返答を避けたのだ。
そう、何も言わなかった。肯定もせず、否定もせず、何も答えなかった。人前でそう易々と口に出せる問題ではないから、優奈の反応も当然といえば当然だったのだろう。
だが……この状況において、少なくとも、剛にとっては最悪かつ信じ難い事であった。
原因や背景など、何の関係もない。泣いている女が被害者で、その相手の男は加害者である。
文字に起こせば馬鹿馬鹿しい事だと思うだろうが、その状況に直面した際、大半の者が反射的にそう思いこむ。
ああ、こいつが悪い事をやったのか……と。
事実、優奈が涙を見せた……その瞬間。明らかに女子たち……いや、クラスメイトから向けられる視線の色が変わったことを、剛は察した。
けれども、そんな事よりも。
いや、それ自体は非常に辛いことではあるが、それ以上に剛の胸中に有ったのは……優奈に対する失望感であった。
――裏切られた。
それが、幼馴染への……思い出の彼女と同じ姿をした女に対して、剛が思った事であった。
そう、剛は優奈を信頼していた。
男女の仲……恋愛というカテゴリーでは不義をされはしたが、それはあくまで恋愛という世界での話。
剛は、優奈の性格を知っている。
清廉潔白というわけではないが、恥を恥と知る性格であり、そういう不義に対しては嫌悪感を露わにする……そういう人であると……思っていた。
だが、二度に渡って裏切られ……剛は、己が間違っていた事を悟った。
理由など、もはや意味はない。
木本優奈という名の幼馴染は、己の為に幼馴染を犠牲にした。
自分の立場を守る為に、幼馴染を……仮にも恋人であった時田剛を、一方的に、濡れ衣を着せたうえで、徹底的に切り捨てたのだ。
――スーッと、己の中で何かが冷めてゆく感覚を剛は覚えた。
その時、剛は木本さんが……一瞬ばかりこちらを見たような気がしたが……今の剛にとっては、もう、どうでもいい事でしかなかった。
……。
……。
…………その日から、更に月日が経っても……結局、優奈は何も語らなかった。
状況に気付いて言い出せなくなったのか、言えない理由があるのか、それは剛には分からないし、知りたいとも思わない。
剛にとって、愛した木本優奈はこの世にはいない。
そして、『娘を傷物に!』と一方的に憤慨して自宅に突撃してきた隣の家の人達も、同様だ。
時田剛にとって、木本優奈と彼女に味方する者たちはみな、そこらを転がっている石ころと同程度の存在でしかなくなっていた。
しかし……そんな剛の内心とは違い、現実は彼を放ってはおかない。
心の整理が上手くつけられない内に、時間だけが過ぎていく。その間にも、剛を取り巻く状況は日に日に悪化してゆく。
いわゆる、集団心理というやつなのだろう。
平時であれば鼻で笑われる噂も、悪人だと認定された相手に対しては際限なく真実であると判断されてゆく。
無視は当たり前に行われた。
意図的に机を離されるだけでなく、プリント用紙なども剛が触れた物に対して露骨に嫌悪感を示すばかりか、はっきりと聞こえる陰口を叩く者も現れる。
男子たちは……もう、剛からは距離を取っている。
クラスメイトとはいえ、彼らも男であり思春期だ。異性のクラスメイトを敵に回してまで、剛を助けようとする者は……皆無であった。
いや、それどころか……女子たちへのアピールの為に、率先して剛を悪者に仕立て上げようとする男子すらいた。口裏を合わせ、剛に冤罪を被せる者もいた。
それ故に……剛は針のむしろといっても過言ではない日々を過ごす事となった。
そのうえ、卒業してもなお……剛の悪夢は終わらない。
目指していた志望校には同じ中学の子が大勢行くと分かっていたから、同じレベルの、遠い場所にある別の高校へと進学したのだが……そこにも、居た。
しかも、その子は大そう口が軽い子で……最初の3ヵ月は、まだそうでもなかったが……夏休みを迎える段階では、もう、事実無根の悪評がクラスはおろか学年にまで広がっていて。
――1年を終え、2年への進級を控えた二週間程度の休みに突入した頃にはもう。
名前はおろか、顔すら知らない女子たちに目の仇にされているばかりか、男子たちからも遠巻きにされるという……中学の時と同じ状況に陥っていた。
……ああ、だが。
……だが、しかし。
たった一つだけ、中学の時と違う事が起こった。
それは、何時ものように自室で目覚めた、朝6時20分。
日課のジョギングの為に掛けられた目覚ましを止め、欠伸を零しながらベッドから足を下ろした剛が……何気なく視線を向けた、その時。
「――ハロー、時田剛くん」
見慣れた自室の風景に……見慣れない人物が居た。
その人物とは、女であった。しかも、只の女ではない。20年と生きていない剛の目から見ても、『生まれて初めて』と断言出来てしまうぐらいの美貌の女である。
そのうえ、スタイルも凄まじい。温かそうだが身体のラインが丸わかりのセーターのせいで、己の顔を包み込めるぐらいに大きなバストから下の魅惑的なラインが、ばっちりと剛の目に映った。
「…………?」
……でも、起きたばかりで頭が稼働しきれていない剛は、寝ぼけた頭で首を傾げるしか出来なかったのだが……まあ、そこはいい。
「ハロー、時田剛くん」
経緯は何であれ、剛が男で、相手が女であれ……異変が起こっているのは、間違いのない事実であった。
「ハロー、ハロハロハロ、ハロー、時田剛くん」
「……え、誰ですか?」
続けられる、再三の挨拶。
さすがに血も巡って状況を理解出来るようになった剛は、思わず身を引いて……壁に当たった衝撃のおかげか、ハッと、不自然な点に意識が向いた。
己の知り合いではないのは、確実だ。かといって、家に尋ねてきた両親の知り合いという線も薄いし、そもそもこんな時間に両親が部屋へと通すわけがない。
ならば強盗……いや、変だ。
家は貧乏というわけではないが特別に裕福というわけでもない。金目の物を盗むのであれば、子供の部屋ではなく両親の……だいたい、子供が起きても平然としている理由もない。
「――あっ、ちょいお待ち」
「むぅぅ!?」
とにかく、ここを逃げ出さなくては――と思って動こうとした剛だが、出来なかった。
それよりも早く女が指を鳴らした――直後、ジョギング用に置いてあったタオルが独りでに動き出して、剛の唇を塞いだのだ。
剛からすれば、視界の端で何かが動いた――と思った直後に、だ。「――っ!?」辛うじて己の唇を塞いだのがタオルであるのは分かったが……そこまでであった。
何故なら、外れないのだ。まるで接着剤で固定されているかのように、タオルを引き剥がせない。
当然、引き千切ることも……いや、むしろ、力を入れれば入れるほどに、食い込みがきつくなっているようにすら思えた。
「――動かないで、落ち着きなさい」
そして、身体の抵抗もまた……女のその一言で、出来なくなった。
だらん、と、剛の意志に反して勝手に力が抜ける。けれども、完全にではない。普通に座る程度には力が入るが、身動きするには難しい程度の……絶妙な加減であった。
……何者なのかは分からない。しかし、眼前の女が常人ではない存在であるのは……剛にも分かった。
「抵抗せず、大人しく話を聞いてくれるなら自由にするけど……どうする?」
尋ねられた剛は、息を整えながら……考える。
……目的が何なのかは分からないが、下手に逆らわない方がいい。自分の行動によっては、両親に矛先が向かうかもしれない。
そう結論を出した剛は、一つ頷く。「じゃあ、これで自由よ」直後、女が指を鳴らした途端、まるでスイッチを切り替えたかのように身体の感覚が戻された。
「……お姉さん、何者?」
軽く身体を動かしつつ(同時に、女からは欠片も目線を外さず)駄目元で尋ねてみれば、「女で、異世界人よ」思いの外、あっさり返答が成された。
……。
……。
…………いや、待て……『異世界人』?
想定していた可能性から外れて、斜め上。異世界という言葉をテレビ等で見聞きはしていたが、まさかの実物の登場に思わず、性質の悪い嘘かと剛は顔をしかめた。
何せ、『異世界人』だ。
つい最近になって、ようやく都心のごく一部でその姿が目撃されるようになったぐらいで、剛にとってはテレビにも滅多に映らない……遠い世界の者たちでしかない。
書籍などで販売されてはいるが、世間一般の感覚としては、アニメや漫画本の設定集に近しい。剛も同意見であり、そんな政治的にも超VIP的な存在が……どうして、こんな場所にいるのだろうか?
「あ、その顔は信じていないわね」
「そりゃあ、そうでしょう」
この世界の絶対的支配者という地位に就く『異世界の者たち』というのは、年齢相応に疎い剛でも分かっていることだ。
剛も幼い頃に、異世界人のやり方に反発を持って行動した者たちが次々に処罰されてゆくのをテレビなどで見た記憶がある。
だから、今ではよほどの命知らず以外には、異世界人を自称する者はいない。何せ、向こうは最低でも200年近くは科学力が進んでいる世界らしいのだ。
近所に住む、二言目には政府への汚い悪口を零す人ですら、『異世界』への悪口だけは絶対に零さないのだから……なおのこと、剛が疑うのも当然であった。
「まあ、分かるけどね」
「……はい?」
「何を勘違いしているかは知らないけれど、異世界人っていったって大半の人達はあなた達とそう見た目が変わらないのよ」
「…………」
「そもそも、貴方を拘束しているソレはどうやったって話でしょ。むしろ、異世界人以外の何だと思ったのよ」
「……いや、それは」
言われて、女の全身を見やる。
見れば見るほど……であり、堪らず熱くなった頬を摩りながら、「……あ、悪魔、とか?」素直に思った事を答えた。
我ながら、なんと馬鹿らしい答えだと思ったが……驚いた事に、眼前の美女の反応は、剛が思っていたのとは違った。
言うなれば、虚を突かれた……というやつだろうか。
ぽかんと目を見開いている姿もそうだが、何と言えばいいのか……半開きになった唇が、間抜けだ。
呆気に取られているその姿に、「え、まさか、大当たりなんですか?」気付けば剛は肩の力を抜いていた。
「……ああ、いや、うん、当たってはいないけど……外れてもいないって感じかな。的の中心には当たったけど、パネルを打ち抜けなかったって感じかな」
「何だそれ?」
「意外と良い線行っているってことだよ。うんうん、良いね良いね、幸先良さそうでお姉さんは安心したよ。これなら御願い事もばっちり行けそうだね」
「……ばっちりって、そういえば貴女は何で此処に居るんですか?」
そもそもの、疑問。
自分で口にして、今更ながら遅すぎる質問だなと思いつつも、とにかく答えてほしいと促せば。
「それはね、君に仕事をして欲しいの。色々と理由があって、現地の人の協力が必要でね」
「はぁ、そうなんですか」
「具体的には、こっちの世界で風俗店を開くから、君にはそこのオーナーに就いてもらいます」
「……はっ?」
予想外云々以前に、夢にも思わないであろう話が続いて……堪らず、剛は己が正気であるかどうかを疑う事となった。
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