何年かあとに色がなくなる世の中になるかもしれない
男は写真大賞に応募した。
生活の中で撮影できる最高の写真というテーマだ。残念ながら男の写真は箸にも棒にもかからず、受賞することなく終わった。
賞に応募したことさえ忘れかけていたとある日に電話がかかってきた。知らない番号ではあったが無意識に応答した。
「もしもし、○○編集部です」
男はそう言われてはっとした。もしかして、あの賞を主催している編集部ですか?と聞くと相手は、
「そうです。賞に関して、少しお話したいことがありまして」と答えた。
編集部から指定された喫茶店へ出向き、編集部の人間を待った。喫茶店の中に入ってきたのはスーツ姿の青年で、手持ちかばんを持つ。
就職活動をしている大学生にしか見えない。男に気づくと微笑んだ。
「すいません、おまたせしました」
「いえ、とんでもない」
「急な連絡で申し訳ありません」
男は少し期待していた。賞に関してと言われれば滑り込みで受賞したのかもしれないなと期待していたからだ。
「賞に応募していただいた写真について今回はお話がありまして」
男はニヤけるのを抑えるので必死だった。そして、相手の言葉を待つ。
「これからの世の中を鑑みると送っていただいた写真はとても魅力的な写真であると判断しました。そのご報告です」
心のなかでガッツポーズをした。やった!しかし、男はぐっと気持ちが高ぶるのを抑えて、顔に浮き出ないように冷静さを保った。
「それは大変うれしいのですが、どうしてまた評価されたのでしょうか?」
「賞の結果は先日発表されたのですが、最優秀賞の写真に関して、発表後に問題があったのです」
かばんからA4サイズほどの用紙をテーブルに置いた。そこには画像が印刷されていた。中身は大人の男女二人と子供の男女二人が写っていて、海辺で水を掛け合っているものだ。
「これが大賞ですか?へぇ、これがねぇ・・・」
男はこれが大賞になるのかよと心内で悪態をついた。しかし、生活を切り取るという考えではベストなのかもしれないなとどこか納得をした。
「そうです。生活を切り取るという点では、写真に映る4人の飾らない笑顔が高評価でした。ほぼ異論はなかった。しかし・・・・・・」
最後の言葉が濁った。
「結婚できない人のことを考慮していないじゃないかという意見が編集部に届きまして。その他に、子供ができない人を蔑ろにしているという意見も来まして」
「それは言いがかりでは?」
「いえ、時代の流れを読み取れなかった我々が悪いと思っております。ですので、この写真による賞の受賞は取り消しとなりました」
写真を手にとって見てみる。何ら代わり映えのない家族の写真、受賞できなかった他の応募者からの嫉妬やいちゃもんだろうと考えた。
「じゃあ、他の写真が大賞で、私の写真が優秀賞とかの賞に繰り上げとなったというわけですか」
「それが・・・・・・」とまた言葉が濁った。
同じように写真が出された。今度は小さな男の子が車に乗ってサングラスを掛けている。そして、カメラに向かって親指を立てて、という写真だ。
「これも子供ができないという人に考慮してないとか?」とクイズに答えるように男は言った。
「いえ、それとは違うものでして。写真に写っている車。これが国内でリコールされていて問題になっているのです。危険な車を写真に収めるなんて、というご意見でして・・・・・・」
男は呆れかかっていた。なんだよそれ、という思いでいっぱいだった。
「この写真も賞を取り消しとなりました。それ以降はどの写真が賞にふさわしいのかと再考しました。男性が一人公園で歩いている写真を選んでも、一人寂しく暮らしている人をバカにしていると批判されるのでは?とか、スポーツに励む女の子の写真だって運動ができない人のことをとか。結果的に何も選ぶことができなくなっていました」
「それは言う人も言う人ですが、編集部も少しは楯突いてもいいはずです。周りからの言葉を気にしては意味がない。うるさい言葉ばかりを気にするようなら、誰も写真を撮ろうとは考えなくなってしまいます」
男は少し怒りを混じらせた。
「私達は数年前に女性のヌードの写真を掲載したのですが、賞の問題と相まって今になって問題となっています。子供が見ることを考慮していない、女を道具としか考えていない、時代にそぐわない雑誌なんていらないとか」
「そんな中で、私の写真が時代にあっていると」
編集部の青年は軽く頷いた。
「これからの創作物は、未来からナイフが飛んでくるかもと警戒するべき時代に突入したと考えています。人を傷つけない、誰も悲しまないニュートラルなものが好まれる。ここにある写真だって何年か経つと問題だらけになるでしょう。自分のことだけで他人のことを考慮しきれないものだと断罪される。その時代に合っている写真は?となると、あなたの写真だけでした」
男はこんなにも嬉しくない褒められ方は初めてだった。
「私の写真はそんなにいいものではない」
「そんなことはありません。あれがアウトなのであれば、この世の中はお終いです」
「本当にそう思いますか?」
「あなたは未来がわかっている」
かばんからまた写真が出てきた。黒一色、無地で他の色が混ざっていることもない。男は自分が撮った写真だとわかるとどうも悲しくなった。
「おめでとうございます。大賞ですよ」
人生に、世の中に絶望して、今の人生の色である黒一色の写真を送ったのに。こんな写真が素晴らしい写真として、これからの未来を生きていくのだろうか。黒という色さえも残さない世の中になっていくとすると。
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