第四回 回復魔法の原理とは

   前書き


 回復魔法、怪我や病気が治って、欠損部位も治ってしまう。

 ご都合主義の塊、それが回復魔法だと私は思ってしまうわけだが、それで終わると面白くないので、どうやったら実現できるのか考えてみようと思う。


   治る仕組み


 まずは何と言っても、病気や怪我が治る仕組みを理解しておく必要がある。ただ、これは概要だけでよい。

 人のみならず、生物には必ず新陳代謝がある。実は、病気や怪我が治るのは、この新陳代謝のおかげである。

 生物の細胞は常に新しいものが作られ続けている。理由は、そうしないと死んでしまうからに他ならない。

 生物は膨大な数の細胞の塊であり、細胞の死は生物の死である。細胞は意外と簡単に死んでしまい、そう長いこと生きていられない。しかし、新しいものが作られ、入れ替わることで生物は数年から数十年生きることができる。

 この細胞の入れ替わりが新陳代謝である。

 生物の細胞は常に新しいものが作られ続けているとは言ったが、実際には細胞分裂によるもので、分裂する回数には限界がある。本当に作られ続けるのであれば、不老不死になってしまう。ただ、不老不死はこれである程度解決するのだが。

 不老不死はさておき、新しいものが作られているので、怪我や病気は治ると言って間違いない。

 怪我や病気の本質は同じで、外部的要因によって細胞が壊されているのである。

 打撲は打ち付けた、打ち付けられたところが圧迫されて細胞がつぶれ、切り傷は刃物などで細胞が切断されて等の意図しない破壊が起こっている。

 病気は、ウイルスが細胞に侵入して毒素等による細胞壁や核の破壊、寄生虫によって内臓壁に攻撃を受け、内臓壁を構成する細胞が破壊される。

 治る仕組みは至ってシンプルで、新しい細胞が壊されたところ埋めるからである。

 ウイルスを撃退する仕組みは少し違い、一般的には白血球は体に侵入してきたウイルスを攻撃するのである。寄生虫は専用の薬品で排出を促すか殺すか、手術で取り出すかする。

 手術は最後に専用の糸を使って縫い合わせるわけだが、この傷がふさがる仕組みも同じ事に過ぎない。縫い合わせる必要があるのは、新しい細胞によってつながっていくときに、断面がくっついている必要があるからである。

 事故等で、単に切断しただけなら、早く処置すると手術でつなげることができるのは、手術の最後に行う縫合と同じ理由である。かといって真っ二つに体を割られると、処置が間に合うほどの技術が今はないので無理である。

 失血性ショック死は、血液の役割を考えればわかるだろう。細胞が常に必要としているのが酸素であり、出血量が多いと酸素の供給が間に合わなくなるからと考えてよい。

 血液も作られているので、生きていられる血液量さえ残っていれば時間をかけて失った分は回復する。

 これ以上は長くなるのでこれまでとする。


   究明


 回復魔法によって回復するのは体力である。力とあるが、これは厳密にいうとエネルギーではない。ただ、エネルギーと見ることもできるが、エネルギーではない。

 体力はゲーム的にはHPと表現される。ヘルスポイント、健康度と言ったところだろうか。

 そのHPが減った状態、つまり怪我や病気になった状態、回復魔法でHPが回復するということは、怪我や病気が治るということである。

 ゲームではHPの残りがどんなに少なくなろうと、キャラクターは元気に動き回るし、所謂欠損の表現もない。しかし、現実では欠損も発生しているだろうし元気に動き回ることは不可能だ。

 この表現をする小説は多いだろうし、ここまでは説明があるし、間違っていない。

 問題はここから先である。

 回復魔法によって欠損もろとも治ったとしよう。これが前段の原理で治ったとするならば、説明しなければならないことがある。

 回復魔法による回復は考えられないほど速い。

 手術後の抜糸は大体1~2週間程度である。これは細胞分裂によって増えた細胞が傷をふさぐのにかかる期間として捉えてよい。厳密には違うのだが。

 これを一瞬で治すと言う場合、細胞分裂が急速に行われたと言ってよい。また細胞分裂もただでは行われないので、それに必要なエネルギー(厳密には栄養や酸素)も急速に失われたことになる。

 これによる不都合は、細胞分裂をどのようにはやめたのか、細胞分裂の限界回数が減っていることと、エネルギーが失われていることである。

 エネルギーは魔力や魔素|(マナ)で補えて、分裂速度は部分的な時間経過を早めたとでも言えばよい。別の問題も出てくるが、それはそれとしよう。

 残っているのが特大級の問題で、細胞分裂の限界回数が減っていると言うのは、即ち、寿命が縮んでいるということである。

 つまり、回復魔法を使いすぎると細胞分裂が限界を迎えて早死にするということであり、回復魔法が存在する世界の生物は寿命が短いということになる。

 使わなければ今すぐ死ぬと言うよりはましかもしれないが、それはキャラクターの話で物語全体としての、設定的な話ではこれを逃してはいけない。

 先ほど、別の問題と言ったが、時間経過を部分的にはやめることで細胞分裂を早めると言う場合、これは寿命にもつながり、将来的に早めた部分に何かしらの不都合、慢性的な痛みや癌の発生も考えられることが問題となる。

 また、エネルギーが代用できなければ、体に蓄えられている栄養を使うことになる。酸素は空気から持ってきさえすればいいが、栄養はそうはいかない。近くにある食べ物や植物、生物から取ると言うのなら、細胞が消費するレベルまで分解、変換する必要がある。

 一言回復魔法と言っても、かなり複雑にならざるを得ない。

 よくある表現として、失った血は戻らないと言う表現、この表現がされている小説は大体欠損部位は治らない。

 血液は細胞(血球)と水分(血漿)なので、これまでの説明では戻らない訳ないよなと感じないだろうか。

 血漿にはたんぱく質、脂質、糖類、無機塩類が含まれているので、戻らないのは恐らくこの部分であろう。

 細胞分裂に必要なエネルギーが代用できた場合、ある程度、血漿に必要な栄養素も代用できるはずである。

 しかし、戻らないと言うのであれば、どこから細胞分裂に必要なエネルギーを持ってきたのかが不明になってしまう。なので、細胞が消費するレベルまで分解、変換したとするのならば、血漿に必要な栄養素も変換できるはずである。

 堂々巡りになってしまった。

 因みに、欠損部位が戻らない理由は簡単で、細胞分裂を促しているだけなので、体の設計図たるDNAを読み取っているわけではない。なので、欠損部位を再構成してあげる必要があるので、それだけの知識(筋組織、血管、皮膚組織、骨、関節等)がないと無理なわけである。

 で、これを利用すると、血が戻らないのは、血液まで戻せるような回復魔法は開発されていないということができる。

 そして、将来的に血を戻すことができる回復魔法が開発可能であるともいえるだろう。

 むろんこれは、魔法の階級に応用することもできる。


   蘇生


 回復魔法の最大で最後となるのは死者蘇生の魔法である。

 地球の科学力、医術においての死と言うは、段階的な物であるのは知っているだろうか。

 どういうことかと言うと、心臓が止まったからと言って人は死なない。限界はあるのだが再び心臓が動き出せば、生きていられるのである。また、脳死も同じで、脳が機能しなくなったからと言っても、心臓が動いていて栄養が供給できていれば体は生き続ける。

 なんなら人工心臓もある。

 ただ、脳はどうにもならない。精神活動は脳によるものではあるが、完全に模せたとしても、本当にそれは自分なのか、本当にそれはその人なのかと言う命題が付きまとうからである。

 今のところ、魂や意識の存在は科学的に証明(計測)されたとは聞いたことがない。

 しかし、催眠療法家のマイケル・ニュートン氏は独自の手法によって前世の記憶を引き出すことに成功しており、前世の記憶を持つ者が存在していることからも、非物質科学と言う分野においては存在が肯定されている。

 また、量子論においても好意的に迎えられている。量子論を簡単に説明すると、観測するまで状態は分からず、観測することで確定すると言うものである。

 観測するということはそこに意識が介在していることになるので、魂そのものや、意識と言うのは計測できなくてもそこあるということを言っている。また、魂の存在は観測するまで否定することも肯定することもないということである。

 無論、今私がこうして書いていることも、これを読んでいる読者も、意識がなければそれは行われていないということである。

 計測されないからと言って、科学は切り捨てるようなことはしない。なので、小説に魂を出したからと言って、私は非科学的とは言わない。これを言う人が無知なだけである。同じ理由で幽霊の存在、死後の世界も否定しない。

 さて、魂や意識が非物質科学として存在が肯定されているので、魂や意識を引き戻すことができれば、本当にそれはと言う命題は消えてしまう。

 問題は魂とは何であるか、ということになるが、これ以上は本筋から離れてしまうので、後の課題としよう。

 でだ、どこまでを蘇生できる範囲とするか、で前述の科学や医療における死の定義との対比が起こる。

 究極はその人のすべてのDNAさえ残っていれば体が再構築でき、魂や意識を再構築した体に戻すことであろう。

 この場合、その人の設計図であるDNAが一つでも、欠片でも消失し、魂や意識が消失した時がその人の死ということになる。

 これは、地球の医術を凌駕する技術である。医術、医療と言っているが、これも科学分野の生物学の範疇である。なので、魔法によって科学が飛躍的に向上している案件でもある。


   生ける屍


 死者蘇生において、魂や意識を戻せなかった場合、生きた屍の誕生である。

 魂や意識がないので、理性はなく生体活動に必要な行動しかとらないと考えられる。この為、人の形をした生物と言う方が正しいであろう。生きてはいるが人と言うには無理があるので屍と表現した。

 この表現はネクロマンシーにつながる。

 キョンシー、ゾンビ、ミイラ、スケルトンなどに代表される動く屍である。これらは体の再構築は失敗したが、魂や意識を戻す、宿らせることに成功している。

 リビングアーマーやリビングウッドは、魂や意識を物に宿らせている例と言える。

 また、細胞分裂には回数制限があるので、制限を迎えて死んだ者を無理やり蘇らせた場合、細胞は死にゆくだけなので、いずれゾンビやスケルトンになってしまう。

 このことからも、回復魔法の究極である死者蘇生はネクロマンシーにつながるということが言えるのである。


   不老不死


 初めの方で、不老不死の解決と言った。

 これは回復魔法で細胞分裂の回数制限をも回復でき、死者蘇生を遅延発動できれば可能である。

 死者蘇生の遅延発動は魂と体のリンクが切れた時でよい。その為には発動に必要な魔力をどこからか持ってくる必要はあるが、魔力が貯蔵できればいいだけの話なので難しい話ではない。充電池の応用である。

 問題は細胞分裂の制限回復である。

 と言っても、実は2009年のノーベル医学生理学賞にヒントがある。この年受賞したのは、「寿命のカギを握るテロメアとテロメラーゼ酵素の仕組みの発見」だ。

 DNAを含む染色体の端にはテロメアと言う部分があり、細胞分裂によって短くなっていく。テロメアは、テロメラーゼ酵素によって長さを変えられ、テロメラーゼ酵素が十分に存在する細胞においてはヘイフリック限界(細胞分裂限界)が存在しないことが分かっている。

 つまり、テロメラーゼ酵素によってテロメアを修復し続けると言う回復魔法であれば、不老は達成される。

 ということは、現代ではすでに不老は可能かと思いきや、机上の空論に過ぎない。と言うのも、膨大な数の細胞一つ一つは顕微鏡で覗かないと目視できないほどに小さいので、十分な量のテロメラーゼ酵素を行き渡らせる技術がまだないからである。


   後書き


 割とガン無視で論じてきたのだが、結局魂って何ぞ、と言う疑問が残ったであろう。これまでの話は主眼を魔法に関することに置いてきた。

 とは言え、一先ず、今回をもって魔法に関することは締めくくりにしたいと思う。

 解説してほしい魔法のことがあれば、是非コメントしてほしい。順次書き上げて、この章に追加していく。

 次回からは新章となる。

 異世界生物についてである。第一回はスライム、最弱と書かれる彼らは、時として最強の存在となる。そんなスライムの生物学的解剖を目指す。

 熱エネルギーと物質の類似性と同じように魂に関しても、世界観、世界システムとして解説したほうがよいと思っているので、気になる方はまだお待ちいただきたい。

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