黒羊

 話は昼頃まで遡る。張龍が出勤した後、黒羊は寝転がりながら昨晩の襲撃について考えを巡らせていた。

 彼らが鉤爪を目の敵にしているのは明らかであったが、当の張龍に思い当たる節が無いようだった。であるならば、直近で鉤爪とやくざ者とが大々的に激突したという線は消える。強いて言えば、先日やくざ者と思しき男たちが何人も牢屋に入れられるのを見たが、彼らは見たところ小物で、カシラ──すなわち若頭のような幹部格は交ざっていないように思われた。

 やくざ者が絡んだ上で、死人が出るような事件。酒場で用心棒をしていた頃に、そのような噂があっただろうか……?


「……阿片を吸うと、身体が焼ける」


 それは先月、酒場の客が吹聴していた与太話の一つだった。あちこちを旅してきた彼は、阿片がそんな代物ではないことを知っていたため気にも留めていなかったが、そもそも何故そんな噂が出回っているのか? この街に阿片が密かに流通し、その過程で阿片の売人か或いは中毒者が焼け死んだのではないか? その騒動に、昨晩の襲撃者と鉤爪とが関わっていたということか?

 そこまで考えて、黒羊は笑いだした。我ながら、あまりに飛躍した推理だ、と。

 しかし、そこまで突飛なことはないとしても、阿片がこの街に流通している可能性は充分にあった。倫国最大の犯罪組織、大狼連合が江城に進出し始めたとの噂を、彼は看守から聞かされていたのだ。


「もしそうなら……寝ちゃいられないな」


 寝る時に茣蓙を敷いていなかったせいで、身体が痛い。腰をさすりながら玄関の戸締りを済ませると、黒羊は街へと繰り出した。





 灼熱の太陽が照り付ける中、黒羊は表通りを少し外して、西へ向かって歩いた。張龍の家から通りを二本ほど過ぎた辺り。その界隈には張龍と出会った酒場や楊の店がある。この場所が、黒羊の鼻には臭った。

 思えば妙な話であった。やくざ者の組織は単にはみ出し者の集まりではなく、それぞれの領土において役人が手を出せない類の揉め事を仲裁する組織という意味合いも大きい。酒場の用心棒などはそのいい例である。それにも関わらず、自分が働いていたいくつかの酒場では用心棒を募ってさえいた。つまり、他がどうかは知らないが、少なくとも今彼が歩いている辺りには、土地に根付いた組織が存在しないということになる。

 粗方目星を付けると、黒羊は更に裏の方へ歩いていく。しばらく進むと、彼は目当ての建物を発見した。

 外から見る分には何かの店のようだが、見上げてみるとこの暑さにも関わらず二階の窓が閉め切られている。それは紛れもなく阿片窟であった。


「うわ、臭っさ。まあやっぱりそうだよね」


 阿片窟に入るのは久しぶりのことだった。二階で焚かれているであろう煙草と阿片の煙が階段を伝って一階にも凄まじい悪臭を漂わせている。この臭いには、今でも慣れない。

 部屋の奥に目を向けると、十四、五くらいの女が店番をしていた。


「よお、姉ちゃん。ここで阿片が吸えるって聞いたんだけど、合ってる?」

「あんまり大きな声で言うんじゃないよ。まあいいさ、一袋につき五百銭いただくよ」

「いや、別に吸いたくて来たんじゃなくてさ、会いたい奴がいるんだよ」

「はあ? 冷やかしならやめとくんだね。痛い目を見るよ」

「まあそう怒らないでよ──って言えば、分かるかな?」

「──!」


 その名を聞いた途端、女の顔色が変わった。


「あの、その、何故? 本当に、あの……」

「どうしたのさ、そんなに怖がって?」

「あたしらに……何の御用で?」

「姉ちゃんは知らなくていいよ。とにかく、あんたらの親分さんに会わせてくれるかな?」

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