再会
「はぁ、結局収穫は無しか……」
毛夫人の言葉には、わずかな噓偽りも無かった。輔星の信徒のみならず、毛夫人の家族や友人、昨日彼女が立ち寄ったという家や店を全て当たったが、その全員が毛夫人の潔白を裏付ける証言をした。証言者は述べ二十二人にも上り、口裏を合わせていると考えるにも無理がある。
「失くし物が持ち主の手元に戻ったのは良いとしても、これじゃ振り出しだもんな……というか、何で毛さんの簪が真逆の方角で見つかったんだ?」
そもそも、毛夫人は被害者の青年のことを一切知らなかった。当然のことである。毛夫人の自宅から今回の現場まで歩いて行けば、女の足だと半刻はかかるのだ。これほど遠い家を指して『隣近所』とはとても言えない。ましてその青年は元船乗りの流れ者で、江城に住み着いたのはつい半年前のことであった。
「それにしても気になるのが阿片だな。やはり大狼連合と関係があるのか? やくざ者なら、恐らく中毒者じゃなくて売人……でもその割には阿片を買っている人間が居ないんだよな」
ともあれ、報告だけは済ませねばならない。屯所の門前まで来てみると、昨日の用心棒の姿があった。
「お勤め、ご苦労だった。もう釈放されたのだな」
「お、小龍の兄ちゃん! お疲れさん! いやあ、なんだか沢山やくざみたいなのが連れてこられてさ、牢屋が足りないからって追い出されちゃった」
「そうか……む、小龍? どうして俺の名前を?」
「看守が案外良い奴で、世間話に付き合ってくれてさ。で、そいつが兄ちゃんのことを小龍って呼んでたから、それで覚えたってワケ」
「なるほど。ところで、恩人よ。あなたの名前をまだ──」
「
「ありがとう。俺もこっちの方が気楽で良い。それにしても、黒羊か……そんな獅子のような目をしているのに、名前は案外弱そ──」
「あん?」
「……悪かった。そういえば、黒羊にはお礼と言うか、お詫びをしないといけなかったな」
「ああ、そのことなんだけど。何日か兄ちゃんの家に泊めて、飯だけ食わせてくれればいいや。この街けっこう広いし、探せば拳法の賭け試合くらいはあるだろうから」
「大鷲の前でそれを言うのか? まあいい、ちょっと上司に報告だけしてくるから、ここで待っててくれ。美味い店に連れて行ってやる」
酒を何杯も酌み交わすうちに、夜もすっかり更けた。満月に照らされながら、すっかり友となった二人が家路を行く。酒の席で、黒羊は多くのことを張龍に語って聞かせた。彼が旅の武術家だということ、実は楊の店でも用心棒をしていたこと、その他倫国を旅する道中で見聞きした奇妙な話……彼らは彼らの想像以上に馬が合った。そんな二人を、物陰から覗く者たちがいた。
「……なあ兄ちゃん、気づいてるか?」
二人が小さな辻に差し掛かったところで、黒羊が何かを嗅ぎつけた。
「……ああ、酔っていても鉤爪の端くれだ」
「一星のくせに言うじゃんか。おーい、お前ら! 一星相手に五人がかりとか、恥ずかしくないのか?」
隠れた何者かに向けて黒羊が呼びかけると、それに応えるようにして、五人の男たちが躍り出た。手に手に短刀や棍棒を持ち、見るからに臨戦態勢だ。包囲される形となった張龍と黒羊は、背中合わせに男たちと対峙する。
睨み合いの末に、暴漢たちの一人が口を開いた。
「最後にもう一度言うぞ、兄弟。カシラの仇だ、容赦はすんな! ぶっ殺せ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます